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act.8-2 Jewel of the soil ~土の宝玉~

 攻撃的、とも言えた"風"と"火"の試練。

 その一方、同じように各々(おのおの)の属性魔法が大きく必要とされることは変わらずとも、"土"と"水"は雰囲気的には穏やかだ。

 母なる大地。生命の源である水。

 前者が男性的なものであるのなら、後者は女性的、とでも言うのだろうか。

 空へと伸びた枝々の間から陽の光が差し込む、幻想的な樹海の中。

 木漏れ日に輝く原生林を、足早に進んでいく。

「……相変わらず理解に苦しむ世界だな」

「オレたちじゃ一生知り得ることのない世界だ」

 その美しさに目を奪われつつ、アラスターとギルバートが互いに苦笑を漏らしている。

 二人はもちろんのこと、こんなことでもなければ、本来アリアでさえ一生足を踏み入れることのない異次元だ。

 恐らくは、"妖精界"に近い世界なのではないかと思うが、アリアの"記憶"によれば、時間の流れは"妖精界"とは真逆だ。

 "妖精界"は、そちらで過ごした一時間が、アリアたちの世界では一日くらいの計算だったから。

「……大丈夫か?」

 道なき道を進むのは、思った以上に苦労する。

 自らも足元の悪さに顔をしかめながら窺ってくるシャノンへと、アリアは柔らかく微笑み返す。

「やっぱりシャノン(エース)は優しいわね」

 それにシャノンは僅かに目を見開くと、少しだけ照れくさそうに「そんなんじゃない」とアリアから視線を反らしていた。

 人付き合い自体は苦手なシャノンだが、人を思いやることのできる優しさは、自分が傷ついてきた分、人一倍持っている。

 やはり"主人公(シャノン)"は強いことを実感しつつ、アリアは先を歩くギルバートへと顔を上げていた。

「……ほら」

 かなりの段差がある緑の道に、ギルバートがアリアへと手を差し伸べてくる。

「ありがとう」

 ギルバートはギルバートで、基本紳士的だったりもする。卒のない紳士な子爵・ギルバートもまた、ギルバートの一部分ではあるのだから。

シャノン(エース)も」

 ギルバートに引き上げられるような形で段差を登り、アリアはシャノンの方へと振り返る。そして、振り返り、ギルバートと同じようにシャノンの方へと手を差し伸べて。

「……それはなんか違わないか?」

 隣から、苦笑いのような突っ込みが入れられる。

「え?」

「それはアンタの役目じゃないだろ」

「……二人(・・)ですればいいじゃない」

 確かに男性(ギルバート)より非力な女性(アリア)がシャノンを引き上げるのは厳しいかもしれないけれど。ついつい無意識に差し出してしまった手に、アリアはギルバートへと少しだけ拗ねたような目を向ける。

「……ったく。ほらよ」

 そうして差し出された二つの手。

 それを見つめて、シャノンの瞳が大きく見開かれる。

「どうした?」

シャノン(エース)?」

 戸惑いに揺れる瞳に、不思議そうな声が二つ。

「……な、んで……」

 まさか、忘れているのか、と、声が震えた。

 そうでなければ、怖く(・・)ないのか、と。

シャノン(エース)

 ぽん、と背後から肩を叩かれ、全てを見透かしたアラスターの苦笑いにも似た微笑みが向けられる。

 その瞳が「大丈夫だ」と告げて、くいっ、と上げられた顎が早くその手を取るように促してくる。

「……」

 なにかに気づいたように困った表情で微笑む少女に、少しだけ悩んでから、恐る恐る両方(・・)の手を取った。

 不意打ちでなければ忌まわしい能力のコントロールは可能だから、二人の内心を()んだりなどしない。

 けれど。

 特になにも感じられないギルバートと、その一方で、ふわっ、とその瞬間胸を満たしていった温もりに、シャノンは唇を噛み締める。

「……なんでアンタはそんなに嬉しそうなんだよ」

「だって、シャノンが手を取ってくれたから」

 怖いはずなのに応えてくれた。と嬉しそうに微笑む少女に、怖いのはそっちの方だろうと口にできないのはなぜなのか。

「別に、勝手に()んだりしないだろ?」

 その気ならばとっくに自分の過去(こと)など()んでるだろうとギルバートは苦笑する。

「これからも絶対に()むなよ?」

 ただし、そう注文することは忘れない。

「私は、困らないし」

 ()まれても。と眉根を落として微笑む少女は本当に質が悪いと、思わず舌打ちしたくなってくる。

 ()むつもりなど全くないにも関わらず、少女から流れてくる気配はとても温かく穏やかだ。

 その言葉に嘘偽りがないことがわかるから、どうしたらいいのかわからない。

「……だからアンタは、感情垂れ流しにすんの止めろ……!」

 本当に気にしていないから、無警戒で無防備で、勝手に流れ込んでくる。これは、シャノン一人のせいじゃない。

「た、垂れ流し、って……」

「……本当に無意識なのかよ、それ……」

 もちろんわざとでないことはわかるけれど、全く自覚のなさそうなその反応に、シャノンはがっくり肩を落とす。

「……勘弁しろよ……」

 暖かな気持ちばかりが伝わって、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。

 他人(ひと)に触れることが怖いことを知っていたのに、安易に手を差し出してしまって。ごめんなさい、と謝罪する感情と、それにも関わらずシャノンが手を取ってくれたことに、それ以上の喜びを感じていることが伝わってくる。

シャノン(エース)

 最後にシャノンの隣に立ったアラスターからも、ぽんぽんと頭を軽く叩かれて、シャノンは泣きそうな表情(かお)になる。


 ――『……知ってた』

 ずっと隠していたことを告げたシャノンに返されたその言葉に、どれほど驚かされただろう。

 ――『ずっと、お前が自分から話してくれるのを待ってた』

 もうずっと。生まれた時から一緒にいる幼馴染み。

 知っていて、待っていてくれた。それに、どれほど救われたかわからない。

 ――『……まぁ、彼女(・・)の為、ってのはちょっと複雑だけどな』

 その彼女(・・)は、アラスターと同じ。触れることにも、触れられることにも一切の迷いがない。


「いい仲間(・・)ができたよな」

 ギルバートとアリアを眺めてアラスターは笑った。

 ZEROの仲間になりたいと言われて、最初はどこか否定的だったけれど。

 今は、この選択肢は間違っていなかったと思える。

 まだ、不安は残るけれど。

 それでも、この優しく繊細な幼馴染みは、今、真っ直ぐ前を向いて歩いているから。

 強くなったと、そう思う。


 ――『シャノンはそんなに弱くない。強い子よ』


 少女の、その宣言通りに。


「さっさと攻略しますかね」

 ぽんぽんとその背を叩いてその先へと促して。

 見上げてきた大きな瞳と視線が合うと、どちらからともなく笑い合った。





「……まさに、母なる大地、って感じだな……」

 実際に目の前に(そび)え立っているのは、現実ではあり得ないほどの巨大な一つの樹木。

 地面へと下ろされているその根も一つ一つがとても太く、アラスターの感嘆通りまさに「大地」を感じさせている。

 頭上高くから細い線のように降り注ぐ太陽の光に目を凝らし、ギルバートもまたその神秘的な光景に息を飲んでいた。

「……穴が空いてるな」

「秘宝はその中か?」

 もしこれが普通の木であったなら、その中でリスかなにかか隠れて暮らしていそうな、ぽっかりと空いた穴。

 けれど目の前の巨大の樹木には不自然に空いたその穴に、アラスターが確認のようにアリアへと視線を投げてくる。

「……ギルバート(ZERO)

 コクリと頷き、ギルバートへと顔を向ける。

「わかってる」

 一刻の時間も惜しい。

「手伝ってくれ」

 真剣なその瞳に、全員の気持ちが一つになる。

 求められるのは、母なる大地への祈りと感謝。そして、大地の怒り(・・)さえ鎮めるほどの土属性の魔力。

(お願い……!)

 ギルバートを中心に、アリアの強い光魔法と土魔法をその樹木に降り注ぐように展開する。

 と……。

 ゴゴゴゴゴ……ッ!と大地が揺れ、木の根からぴしぴしという音が聞こえてくる。

「……な、んだ……?」

「大丈夫……!」

 突然の出来事に驚く面々へ、この展開を知る(・・)アリアは、冷静に語りかける。

「これを、鎮めないと……!」

 母なる大地の、癒しと怒り。その両方を受け止めることが土の宝玉の試練だ。

ギルバート(ZERO)……!」

「……く……っ……」

 目を見開いたギルバートの蟀谷(こめかみ)へと、小さな汗が浮かぶ。

 片手を前へと突き出して、全てを従わせるような強い光の込められた瞳で大地を睨む。

 ギルバートの闇色の瞳の中に、ほんの一瞬、金色(・・)の炎が灯る。

「――鎮まれ……っ!」

 いつかと同じ、その光景。

 魔力行使の際に変わる瞳の色は、その者の属性魔法に左右される。

 命じるように大きく振るわれた腕に、ギルバートから膨大な魔力が解き放たれる。

 そうして、ぴた……っ、と、大地を揺るがすその震動が治まったその後には。

 巨大な樹木の穴のその奥から、土色に光輝く秘宝が姿を現していた。





 *****





「……アリア……?」

 珍しくも今回は大人しくしているはずの少女の気配――正しくは魔石の波動を感じた気がして、シオンは視線を巡らせた。

 額に、意識を集中する。

 同じ敷地内に在るような気がした気配。

 けれど今は、きちんとアクア家の方で感じることができている。

 瞬間移動でも(・・・・・・)しない限り(・・・・・)、そんなことはありえない。

「……気のせい、か……」

 さすがに今回ばかりは大人しくしていることに安堵して、シオンは慌ただしい気配を漂わせ始めたソルム家に、訝しげに顔を潜めていた。

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