act.9-9 GAME
今回、この件に関して言えば、アリアは完全に蚊帳の外だった。
双方から情報だけは伝わってくるものの、アリア自身は本当に、自分自身でも驚くほど全くなにもしていない。
していなさすぎて、もしかしたらシオン辺りは却ってアリアがなにか企んでいるのではないかと勘繰ってしまうのではないかと心配になってしまうほど、本当に他人任せだった。
(……実際、できることはなにもないし……)
後は寝るだけ、という状態で、ベッドに身を投げたアリアは考えを巡らせる。
リデラのことに関しては、"ゲーム"の記憶など全く役に立ちはしない。ただ、それでも、アリアにしかできないことはある。
国側と、ZERO側と。両方の情報が手に入れられるのはアリアだけだ。
その上で、アリアは「動かない」という選択肢を取った。……今は、まだ。
そもそも、かなりのズレが生じてしまったとはいえ、"シナリオ"はすでに"2"の"ゲーム"へと移行している。
この件に関しては、できる限りシャノンに――、"2"の"キャラクター"たちに任せておきたいというのは、最初からアリアが思っていたことでもある。
とはいえ、中途半端に首を突っ込んだまま他人任せにするわけにもいかないから、「動かない」という選択肢は本当に今だけだ。
シオンの言うように、アリアが動いてサイラスの身に危険が及ぶようなことだけはあってはならない。
(……せっかく、信じてくれているのに……)
校内で、時折目が合うようになったサイラスが、その度にくすっ、という意味ありげな視線を向けてくることを思い出し、アリアはこれからのことを整理すべく目を閉じる。
シャノンとアラスターは、あの後も何度かサイラスと接触を試みていた。
もちろんそれは、シャノンの特殊能力を使ってサイラスの真意を知るためだ。
『ゲームを、しようか』
サイラスは、そう言ったという。
『チャンスをやる』
くすり、と、挑発的に向けられたその笑みに、表面上の言葉と真意を読み取らなければならない。
『ソルム家の秘宝を無事に手に入れることができたなら、その"お仲間ごっこ"に付き合ってやってもいい』
嘘ではない、その言葉。
その、真意は?
『その時は、どんな協力でもしてやるよ』
サイラスが"仲間"になる条件。
そこに含まれた意図。
『お前らの実力と運を見せてくれ』
投げられた挑戦状。
シャノンは、それを正しく視む。
『上手くいきそう?』
ZEROを売ることで名を上げることを提案した女は、くすくすと愉しげな笑みを漏らしていた。
女――、リデラの目的こそ、本当は一番の謎に満ちている。
ZEROを捕まえさせることによって、女にどんな利益があるというのか。
『"仲間"にならないかと誘われた』
家に帰り、着替えるサイラスの様子を眺めながら、リデラは「まぁ」と大袈裟に驚いてみせる。
『それで、どうするの?』
口元に手を遣り、にっこりと笑んだ瞳。
『とりあえずは考えさせてくれと保留にした』
『まぁ、なぜ?』
相手を試すような眼差しを向けながら、リデラはサイラスへと近づく。
『アクア家の令嬢がいるからには、アクア家がターゲットになるのは最後だろう』
リデラの問いには直接には答えない。
サイラスも頭が回る。ギルバートの考えを正確に見抜いてくる。
つまり、次のターゲットは、ソルム家かアーエール家。
それならば。
『ちょうどソルム家の人間から誘いを受けている』
種は撒いた。と策士の笑みを浮かべ、自分の肩へと手を滑らせてくる女へとチラリと視線を投げる。
『次のターゲットをソルム家にさせてそこで捕まえてみせる』
ソルム家――、つまり、ルークからの誘いはZERO捕縛の作戦を立てる為の下調べにちょうどいいと不敵に笑いながら、サイラスは肩口に立てられた女の歯に僅かに顔をしかめてみせる。
多少の食事には目を瞑る。
魔族にとって、魔力の高い人間の血肉は嗜好品。血はワインのようなもの。
『一緒に来るか?』
その真意は。
ソルム家へとリデラを誘い込み、そこで討伐させる為のもの。
『ソルム家はポーション作りの中枢だ。興味あるだろう?』
挑発するように笑う。
ソルム家の次男、ルークから接触があったということは、そういうことなのだと理解している。
自分の役目は、その日、リデラを連れていくこと。
餌として、ソルム家の魔法回復ポーションはとても魅力的だ。それは、魔族にとっても食事の一つになる。
まさかその場で強奪するようなことはないだろうが、いつか、なんらかの形で手に入れたいとは思うかもしれない。
『せっかくのお誘いだけれど、どうしようかしら?』
リデラにも、警戒心というものはある。
ZEROの元にいる少女は、ソルム家と同じ公爵家の人間なのだから。
どこで自分の正体に気づかれるかわからない。
『まぁ、好きにすればいい』
サイラスは、無理にとは誘わない。
そちらの方が、女の興味を惹くであろうことがわかるから。
『もういいだろう』
『あん』
不快そうに引き剥がせば、女の不満そうな声が上がる。
こんなことでもなければ、一瞬たりとも同じ空間にいたいと思わない。
なぜか、女とは真逆な、色気もなにもない少女の顔が浮かんだ。
『……オレはもう、諦めないと決めたんだ』
野心を滲ませたサイラスへと一瞬驚いたように目を見張り、それからリデラは酷く愉しそうにくすくす笑う。
『だから、協力してあげる、って言ったでしょう……?』
快楽主義の女の考えまでは視めないけれど、リデラがサイラスへの同行を決めたことだけがわかれば充分だ。
サイラスは、リデラを、騙す。
ZERO捕縛の為の情報収集と偽って、ソルム家へと女を誘き寄せる。
ZEROを、騙す。
"仲間"になる為の条件は、それを餌に次のターゲットをソルム家にさせること。そこで、ZEROを捕縛する。
国をも、騙す。
リデラが宝玉を盗んだ犯人ではないことを知っていて、それを胸に黙したまま。
そして、自分をも騙している。
そのことに、サイラス本人は気づかぬまま。
……その、真意は……?
『……あの捻くれた思考回路、どうにかならないのかよ』
シャノンから洩らされた、酷く疲れたような吐息。
『視んでる本音すら複雑すぎて頭が痛くなってくる』
額に手を遣り、そう吐き出された溜め息は、本当に頭痛を覚えているようだった。
『全部、諦めないことにしたらしい』
全部、とはなんなのか。
『……アンタまたなにやってんだよ……』
なぜか向けられた恨めしそうな瞳。
『……無自覚とか、マジで面倒なんだけど』
シャノンがなにを言いたいのか、アリアには理解できなかったけれど。
『……一緒にいなくても、アイツはすでに"仲間"だよ』
告げられたその言葉に、その場にいる全員の目が驚愕に見張られていた。
*****
「で?結局どーいうことなわけ?」
足をぶらぶらと揺らしながら、ノアが不服気に視線を周りへと巡らせた。
「オレにはお前らの言ってることが一つも……、いや、一つ以外理解できないんだけど」
優秀な頭脳を持つ三人は理解しているらしい内容は、けれどノアはもちろん、アリアにも意味がわからない。
表と裏と。
話の内容が複雑すぎる。
つまりは、どういうことなのか。
「……あっちこっち騙してるけど、シンプルにアイツがやろうとしてることは、アラスターの当初の推理通りだよ」
結論だけ簡単に話して貰えないかと困ったように眉を引き下げたアリアへと、小さく苦笑したギルバートが口を開く。
サイラスがしようとしていることは、自分が有能であることを認めさせること。
その為に。
高位魔族であるリデラ討伐への積極的な協力。
そして、国でさえ尻尾を捕まえることができずにいるZEROの捕縛。
その、手柄の二重取りを企んでいることには間違いない。
ただ。
「だけど、結局はオレたちのことは売れない、ってことでしょ?」
唯一そこだけはわかったと溜め息を洩らすノアへと、アリアはますます意味がわからないという表情になる。
深層心理を正しく視むことのできるシャノンだからこそ知ることのできたその矛盾。つまり、サイラス自身もそのことにはまだ気づいていないらしいということもわかったけれど。
それが、アリアにはわからない。
「アイツがオレらに辿り着いた理由はわかったし、リデラ討伐後はアルに記憶を消して貰おうかとも思ったが、まぁ、保留だな」
やれやれ、と肩を竦めて空を仰ぐギルバートへと、アリアは未だ理解不能な顔を向ける。
リデラがこちらの正体を知っていて"誰か"にその情報を流す危険性があるというのなら、討伐自体はこちらとしても大歓迎だ。だから、都合の悪いサイラスの記憶を消すのはその後だというギルバートの発言は理解できる。けれど、ギルバートが「保留」とした理由はわからない。
確かにシャノンは、サイラスはすでに"仲間"同然だと言っていたけれど……。
「……どういうこと?」
優秀な三人の思考回路についていけずに申し訳なさそうに口に開ければ、なぜかノアからジトリとした目を向けられる。
「……アンタでしょ」
ノアは、一つだけ理解できた、と言っていた。
アリアは、一つもわからないけれど。
「原因はアンタ。いい加減にしてくんない?」
「……えと……、ノア……?」
なぜ自分が責められなければならないのかわからないアリアは、困惑に瞳を揺らめかせる。
確かに、そもそもサイラスにこんな行動を取らせる原因を作ってしまったのはアリアなのだけれども。
「利用できると思われてる。……まぁ、現時点では思い込ませてる?」
「……それは……、身分だけは高いけれど……」
最初からサイラスは一貫して言っていた。
アリアを妻として手に入れることができるのならば、それは利用価値があると。
だが。
「……うん。そのまま一生気づかなくていいから」
つまりは、アリアに恩を売っておく方が後々得だと考えたのだろうかと、半分くらいは納得したかのように小首を捻るアリアへと、ノアから呆れたような声色が洩らされる。
「余計なことはしなくていいから」
この話はこれで終わりとばかりにしっしっと話題を何処かへ追いやる素振りをみせて、ノアはきょとんと瞳を瞬かせている少女へと溜め息を吐き出した。
本当に、あっちにこっちにいい加減にして欲しい。
そんなに次から次へと無意識に男をたらし込んで、一体なにがしたいのか。
邪魔な人間がこれ以上増えるのは、本当に止めて欲しい。
邪魔者は、厄介なあの婚約者一人で充分だ。
サイラスは、見知らぬZEROだけであればとっくに国に売っている。売れないのは、そこにこの少女がいるからだ。
だから、無意識にでも、ZEROに都合のいい動きをしてしまっている。
「……頭痛いんだけど」
「だ、大丈夫……?」
額を抑えて大きな溜め息を吐き出すノアへと、アリアが慌てた様子で心配そうな瞳を向けてくる。
そんな少女に、ノアは本当にわかっていないと、恨めし気な双眸を返していた。