act.9-7 GAME
王宮に集まったのは、師団長として忙しくしているルーカスを除くいつもの面子。隣にルイスを従えて、リオは優雅な微笑みを浮かべる。
「今日は僕からじゃなく、アリアから話があるらしいんだけど」
「アリアから?」
いつものようにリオから話があると思っていたユーリを始めとした全員の視線が一度に自分へと向けられて、アリアは一瞬たじろいでしまう。
こんな風に意識を集中されてしまうと、それだけで緊張感が身体に走る。このメンバーをいつも涼しく纏めているリオはやはり凄いと思い知らされる。
「その……、行方を追っていたリデラのことなんですが……」
話すべきことと胸に留めておくこと。頭の中でもう一度確認しながらアリアはおずおずと口を開く。
アリアの口から"リデラ"の名前が出た瞬間、室内へと緊張の糸が走ったのがわかって、アリアは無意識に膝に置いた指先へと力を込める。
「……今、サイラス様の近くにいるそうです」
室内へと、一瞬落ちた驚愕の間。
「……サイラス、というのは、サイラス・ソルダードのことか?」
「伯爵家の?」
確認を取るかのように向けられるルイスとセオドアの疑問符の一方で、ユーリだけは「誰それ?」と難しそうな顔になる。
生徒会役員ということでそれなりに校内で有名であったとしても、学年も違えば社交界に縁もないユーリがその名前だけで人物像へと辿り着けるはずもない。けれどそれをゆっくり説明している場面でもないから、ユーリは大人しく周りの反応を窺っていた。
「……なぜ、アリアがそれを?」
「サイラス様本人から直接。本当はリオ様に伝えられたらよかったのかもしれませんけど……」
なぜ、その役目に自分が選ばれたのかは、アリアにもよくわからない。できる限り皇太子であるリオに近い存在に、ということなのかもしれないし、"ZERO"のことでちょうどよかった、ということなのかもしれない。ただ、どちらにせよ答えが出るものでもないから、正直に「私も詳しい事情までは」と付け足して、あの時告げられた言葉を口にする。
「どこで見られているかわからない、とか……」
「……あぁ、だから……」
アリアのその説明に、二人の遣り取りを知っているリオだけが、だから生徒会室だったのかと納得の頷きを見せていた。
とはいえ、あそこまでのパフォーマンスが必要なのかどうかに関しては疑念が残るけれど。
「そちらの魔族に関しては、公爵家の秘宝を奪取した嫌疑もかけられています。討伐に動きますか?」
「そうだね……。とはいえ目的がわからない以上、できればもう少し情報が欲しいところだけど」
裏賭博の現場と、ステラの父親の元。目撃情報だけはあっても、リデラの目的は不明なまま。イグニス家の件で秘宝奪取の犯人疑惑がリデラに向いていることだけはアリアたちにとっては喜ばしいことだけれど、実際になにを考えているのかはアリアにもわからない。
アルカナの話から推測すれば、ただの愉快犯、ということになるのかもしれないけれど。
それ以外になにか知っていることは?とリオに顔を向けられて、アリアは困ったように微笑する。
「……私も、サイラス様に頼まれただけでそれ以上のことは……」
サイラスの目的は、恐らく手柄を立てること。
協力するから討伐しろ、と、そう望んでいることには違いない。
残りは「察しろ」と、それだけだ。
「……オレもアリアも顔が割れている。おおっぴらに動けばすぐに気づかれる」
情報収集は重要だ。けれどそれを相手に気づかれることだけは避けなければならない。
だから今回自分は動けないと告げるシオンは、遠回しにアリアへ向かって「お前は絶対に動くな」とプレッシャーをかけてくる。
小さなミスが他人の命取りにも繋がるから、それはアリアに対して最大の脅しだろう。
「……セオドアもその可能性はありますね」
顔が知られているというのなら、もしかしたらイグニス家で操られた可能性のあるセオドアも同様だと視線を投げ、ルイスは小さく嘆息する。
「なぜ伯爵家のサイラスの元にいるのかはわかりませんが……」
秘宝を狙うしても何故、と浮かぶ疑問符は、当然のものだろう。……真実は、全く別物なのだから。
そうして消去法で自然と向けられた全員の視線に、ルークが驚いたように目を見張る。
「……オレ……、っスか……っ!?」
と、突然白羽の矢が突き刺さった自分自身を指差して、ルークは「無理無理無理!」とぶんぶんと顔の前で手を大きく振る。
「オレ、ソルダード家と援交ないっスよ!?」
元々、サイラスと仲を深めてソルダード家と縁あるイグニス家への侵入を計ろうとしたのは"ゲーム"の中でのZEROだったけれど。
もはや、そんな"ゲーム"設定などなんの意味もなくなっている。
「潜入捜査とか、オレ、できないッスよ……っ!」
「……オレに手伝えることがあれば」
「ユーリ……」
本気で焦るルークの横で、自分もなにか役に立てればとユーリがぽつりと声をかけるが、ルークの不安が拭われることはない。
「……サイラス様自身は協力は惜しまないと思いますが、それを気づかれた時は……」
「そうだね、そこは慎重に動かないと」
一番危険な橋を渡っているのはサイラス自身だ。
ハイリスクハイリターンと、"ゲーム"内の策士・サイラスなら可笑しそうに笑うかもしれないけれど。
サイラスの心配をするアリアにリオも深く頷いて、ぐるりと視線を巡らせる。
「ソルダード家に危険が及ばないことを最優先で、最終的にはリデラ討伐に動きたいと思うけど」
どうしようか?と作戦会議は始まった。
*****
「オレ、無理だって……」
大役を任されてしまったルークは、本気で項垂れていた。
背後にいる魔族相手にこちらの思惑を気づかせず、相手の意図を的確に読んで動くなどという高度な真似が、自分にできるはずもない。
そんな繊細な駆け引きが必要とされる任務は、本来であれば優秀な先輩たちの役目だというのに。
シオンもセオドアも、今回は動けない。
「オレに手伝えることがあればなんでもするから……!」
「ユーリ……」
隣から真剣に向けられる瞳が、唯一ルークの救いかもしれない。
他の人たちが動けないおかげで、ユーリはこうしてルークに付いてきてくれている。
こんな時に不謹慎だが、それだけは少し嬉しいかもしれない。
「……で?サイラスってどんなヤツ?」
声を潜めたせいで超至近距離まで寄ってくるユーリに、思わず顔へと熱がこもりそうになるのを誤魔化しながら、ルークは少しだけ呆れたような目を向ける。
「超有名な生徒会役員だぞ……?」
「知らないものは知らない。興味ないし」
二人で物陰に隠れてこそこそと、サイラスが通りかかるのを待つ。
別段、今日は接触するつもりはない。ただ、ユーリがどんなヤツだか知りたいというから、こうして顔だけでも教えてやろうと待機していただけだった。
「ユーリらしいよ」
学園の憧れでもあり有名人でもある生徒会役員をして「興味ない」の一言で切って捨てるユーリへと、ルークは「らしすぎる
」と苦笑いを貼り付ける。
権力や地位に全く興味のないユーリだ。生徒会役員だからといって特別視したりしないだろう。
とはいえ、ユーリを取り巻く環境は、ある意味生徒会役員以上に注目を集める面々が揃っているのだけれど。
「あっ、来た」
凛とした空気を纏って颯爽と現れたダークブルーの髪の生徒に、ルークは物陰へ隠れると視線だけでユーリへとサイラスを指し示す。
放課後、帰路に着くサイラスがここを通るかどうかは賭けだったが、どうやら運はルークに味方してくれたようだった。
「……なんか、一癖ありそうなタイプ」
「だろー?」
途端、なんとも言えない表情で顔をしかめたユーリへと、ルークは大きく同意する。
選ばれた生徒会役員というだけで、自分より一歩も二歩も上をいく切れ者だということだけは間違いない。
自分が駆け引きが苦手なタイプであることは自覚している。そんな自分が、上手の先輩相手にどう立ち回れというのか。
と。
「……お前たち公爵家の人間は、揃いも揃って覗きが趣味なのか?」
「!」
ルークたちの視界を通りすぎたはずの人間の声がすぐ傍で聞こえて、ルークとユーリは反射的に振り返る。
振り返り、
「揃って……?」
「あの女といい婚約者といい、いつもこそこそと」
問われた内容が気になって、思わずその単語を反芻したルークへと、少しだけ苛立たし気に顔をしかめたサイラスの姿が目に入る。
「あの女……?」
「アクア家のご令嬢だ」
こちらはユーリの問いかけに、「知り合いだろう?」と嫌そうに瞳を向ける。
そして。
「脅しも効かない図太い神経はいっそ尊敬に値するけどな」
はっ、と相手を小馬鹿にしたようなその声色に、その瞬間、ユーリはサイラスを"敵"認定していた。
「……アリアになにかしたら許さないからな」
「ユ、ユーリ!」
もはや仮にも先輩という目上の人間相手に丁寧語も忘れて睨み付けるユーリへと、ルークは慌てて声をかける。
これから自分たちにはしなくてはならない"超重要任務"があるというのに、ここで喧嘩を売ってどうするのか。
けれど。
「お前も友人は選んだ方がいいぞ」
「……は?」
公爵家の人間として、こんな態度を取る友人は傍に置かない方がいいとも取れるその忠告に、今度はルークの方がぷち切れる。
「ユーリを馬鹿にすんな」
こんな一瞬で、ユーリのなにがわかるというのか。
そもそも、最初にけしかけてきたのはそちらの方だ。なんなら売られた喧嘩は買ってやる。
「なにも知らないくせに、お前にそんなこと言われたくないんだよ……!」
もはや、相手が先輩だとか、これから自分が懐に入らなければならない任務の対象者だとか、そんなことはすっかり頭から抜け落ちていた。
「アンタなんかより、ユーリの方が万倍もすげーヤツなんだよ……!」
後悔は先に立たず。
その言葉に照れたように顔を赤くしながらも仲裁に入ってきたユーリと、ルークはその数分後、顔を真っ青にするのだった。
青褪めて、二人で顔を寄せ合った。
「や……っ、ちゃった……!」
ユーリの瞳があまりの動揺に揺らいでいた。
「ルーク……、どうしよう!?」
「ユ、ユーリ……」
もはや、任務を遂行するなどというレベルの話ではない。
すでに大失敗。始める前から終わっている。
「……お前たちは一体なにをしてるんだ」
「「シオン(先輩)……!」」
そうして泣きついたシオンから呆れた溜め息を洩らされて、二人は縋るような目を向ける。
「だって……!」
「仕方ないじゃないッスか……!」
ユーリとルークと。交互に言い訳じみた説明をされても、シオンから同意を得られる気配はない。
アリアに関してのみで言えば、シオンも相当沸点は低いはずなのに、今回ばかりは二人へ呆れた態度を取るばかりだった。
「……別に簡単なことだろう」
肩を落とし、助けを求めてきた二人へと、シオンは至極冷静に状況を分析する。
「謝罪したいからとかなんとか理由をつけて家に招けばいいだけの話だ」
むしろ、相手の顔色を窺いながらこそこそと懐に入るような真似をするよりも、嘘や駆け引きが苦手なこの二人には、今回のこの失態が招いてしまった結果の方がずっと手っ取り早くて良かったかもしれない。
「公爵家の人間からの誘いを、あちらだってそう無下には断れないだろう」
少しずつ友好を深めて近づく予定が、予期せぬ事態で一足飛びで目的地に辿り着いてしまったことが凶と出るのか吉と出るのか。
それは、誰にもわからない。