act.9-6 GAME
今日、集まるような話はしていない。
けれど、アリア以外のメンバーは案外つるんでちょくちょく会っている様子があった為、祈るように足を運んだのだけれども。
「…あの…、ノア?私には一応、婚約者がいるのだけれど…」
こんな時だけ婚約者の名を利用するのはどうかとも思いつつ、アリアは目の前で妖しい微笑みを浮かべているノアへと困ったような目を向ける。
「"一応"?」
そんな揚げ足を取るようなこと、いちいちしてくれなくていいと思うのに。
「アンタたちお貴族様に当たり前のように婚約者がいることなんて知ってるよ。あの厄介な婚約者。見せつけてくれて、マジでムカついたし」
「え…?」
「オレがいることわかっててアンタにキスしてた」
「ーーっ!?」
それが、いつのことを言っているのかはわからないけれど、どちらにしても"身に覚え"というものはありすぎるから、アリアは驚きに目を見張ると同時に真っ赤になる。
誰かに見られていることに気づいていても、その程度のこと、シオンは気にしたりはしないだろう。
けれど、アリアは。そんなところを見られていたのだとしたら、恥ずかしくて堪らない。
「オレとしてみれば、もっとちゃんとした声が聞きたいんだけど?」
声、に拘るところは"ゲーム"そのまま、音楽家のノアらしい。
"ゲーム"の中での"ノアルート"の艶事は、"啼かせること"に焦点を当てたものだった。とにかく焦らして"イイ声"を……。と、そこまで考えて、アリアはそれを振り切るように頭の中で首を振る。
(なに考えて…!)
「えと…、だから…、ノア…?」
他の男とのキスシーンで漏れ聞こえた声くらいで満足できるわけがないと、誘うような瞳を向けられて、アリアはどぎまぎと言葉を詰まらせる。
"1"と"2"の"ゲーム"を通して、アリアの"一推しキャラ"はZEROとシオンに違いないが、それでも大好きだった"ゲームキャラ"に迫られてしまえば、うっかりときめいてしまうのはどうしようもない。
「いいじゃん。オレとイイコトしよ?」
「っ!ノア…ッ」
耳元に口を寄せられて、ひっそりと意味ありげに囁かれると反射的に顔に熱が籠ってしまう。
そうでなくともこんな風に真っ向から口説かれた経験などないから、どうしたらいいのかわからずに本当に困ってしまう。
(…ちゃんとシャノンが真相を暴いたのに……っ!)
しかも、その結末は、"ゲーム"よりもよほど感動的だったのに。
それなのに、なぜ。どうしてこうなってしまったのかと、アリアは本気で頭を悩ませる。
アリアとシオンの婚約関係は有名だ。それを知っていてそこに割って入ろうとするような人間など普通はいない。
「ちゃんと、イイ声で啼かせてあげるから」
「ーーっ」
"2"の"対象者"たちは全体的に手が早い。シオンのような強引さはないけれど、それでも"攻略後"は甘い台詞と仕草で惑わせてくることに余念がないことが特徴だ。
「だから…」
「こんなことのためにお前を"仲間"と認めたわけじゃないんだが?」
完全に周りの存在を無視して続けられる口説き文句に、さすがに業を煮やしたギルバートが苛立たし気な声を上げる。
ここは、いつもの溜まり場。ジャレッドの仕事場だ。
「オレはこの為なんだけど?」
先日のサイラスの一件についての緊急会議だというにも関わらず、ノアは涼しげにギルバートの警告を受け流す。
「コレがいる以上オレがアンタらを売るようなことはないから、その代償としては安いもんだと思わない?」
コレと粗雑にアリアのことを示しつつ、それが却って艶めいた単語にも聞こえるから、本当に質が悪い。
「見逃してよ」
「だとしても、終わってからにしてくれ」
本気で苛々し始めたギルバートの様子を見て取って、ノアは「やれやれ」と大袈裟に肩を落とす。
「出禁にされても困るしね」
くるりとギルバートの方へと向き直ったノアの姿に、アリアはほっと吐息をつく。
本当に。"攻略対象者"から自分が迫られるなど、どうしていいかわからない。
(私はシャノンとのアレコレが見たいのに…!)
アリアがそんな心の叫びを上げる中。
「で?サイラスはなんだって?」
アラスターの、至極冷静な瞳がアリアへと向けられた。
「…サイラスをこっちに引き込めないか?」
アリアから話を聞いたアラスターは、しばし無言で考えを巡らせた後、思案するような顔でそう告げた。
サイラスが"仲間"となる理由こそ異なれど、結局大まかには"ゲーム"通りの流れになるのかと、アリアは複雑な気持ちになる。
「もし、俺がサイラスの立場だったとしたら、どちらに転んでもいいように細工する」
高位魔族の討伐に貢献したという功績。
さらには、国が本気で追跡して辿り着くことの叶わなかった犯罪者の正体を暴いたともなれば、その功績は二倍になる。
危ない橋を渡ってはいるものの、双方にいい顔をしておけば、それが成功した際の手柄は二重取りだ。
「…完全には信用できないな」
魔族討伐と、ZEROの確保と。両方を同時に成立させることが可能である以上、油断はできない。
噂を流す、というあの脅しが実行されることがないことだけはわかるけれど。
「…やっぱり俺が視るのが一番確実だと思うんだけど」
「……それは最終手段だ」
悩ましげな表情をするアラスターに、存外にあっさりとシャノンが提案するが、アラスターは苦虫を噛み潰したような微妙な空気を醸し出す。
「そんな過保護にならなくていーし。俺は案外大丈夫だ」
信用しろよ。と苦笑するシャノンに、アラスターは益々渋い顔になる。
できる限り、シャノンにその能力を使わせたくない。アラスターがそう思ってしまうのは、これまでその能力(ちから
)の為に苦しんできたシャノンを一番近くで見守ってきた立場としては当然の願いだろう。
それでも。
「…オレは、安全を取りたい」
「…そう、よね……」
確実な道があるのなら、それを選ばない理由はない。
難しい顔で洩らされたギルバートの呟きに、アリアも悩みながら同意する。
シャノンには本当に申し訳ないと思うけれど、少しでも危険の可能性というものは排除した方がいい。
「いいぜ?視んできても」
「シャノン」
「だから大丈夫だって。信用しろよ」
咎めるようなアラスターの視線に、シャノンは仕方ないなと苦笑する。
幼い頃からの唯一の親友が自分を大切にしてくれていることは嬉しいけれど、シャノンは自分の意思で、この能力に向き合っていくことを決めたのだから。
「……だったら、俺も一緒に行く」
どこまでも心配性なアラスターに、さすがにそれは拒否することなく、シャノンはふと考え込む仕草になる。
「…いっそ、この際、この状況を逆手に取るとかできないか?」
「?」
「つまりは、魔族討伐に目を向けておいて、その隙に次の宝玉を手に入れる、とか」
シャノンも頭脳派二人に負けず劣らずの優等生だ。
「モノは考えよう。ピンチの時こそチャンスにも繋がる」
前向きに物事を捉え始めたシャノンは、同意を求めてギルバートと視線を向ける。
「…それは悪くないな」
「だろ?」
どこか不敵に笑うシャノンは、さすが"主人公"のオーラを醸し出していて、逆境を覆す力を備えているように見えた。
「まぁ、とりあえずは、サイラスの真意を探ってから、だな」
こちらに引き込めるならばそれが一番いい。と、結果的に"ゲーム"と同じような展開になっていくことに、アリアはなんとも言えない心地悪さを感じていた。