act.9-5 GAME
あの一瞬でシャノンが視み取れた情報は極一部だ。
ただ、最も知りたかった重要事項。
ーーなぜ、サイラスが自分達へと辿り着いたのか。
その答えは、しっかりシャノンが引き出していた。
『あの女の影がある』
シャノンが口にした"女"の正体は。
神出鬼没、目的不明、愉快犯らしき魔族の"リデラ"。
リデラがサイラスに近づき、ZEROの正体に関しての入れ知恵をした。
リデラがなにを考えているのか今回もわからないが、前回リデラのお楽しみを邪魔したことへの仕返しのつもりだろうか。
『…あの女は何者だ』
知っている情報があるならば明らかにしろ、と、互いの存在を知っていたらしいアルカナへと、ギルバートの厳しい目が向けられた。
『俺様と同じく"外れ者"だ』
それにアルカナは事も無げに溜め息混じりの答えを返した。
『魔王の復活にも興味がなく、その配下につくことも良しとしていない』
淡々と語られるソレは、嘘ではないだろう。
"契約"で、アルカナは主であるギルバートには虚偽ができないことになっている。
『ただ、自分の享楽のためだけに、自由に生きている』
なぜ、"外れ者"になったのか。もはや"ゲーム"から逸脱しすぎた"現実"に、アリアもその答えはわからない。
『俺様が知っていることはこれくらいだ。ただ古い顔見知りなだけで、それ以上でも以下でもない』
元々闇に生きる者たちは、従属関係はあったとしても、人間同士のような"友情関係"は存在しない。
アルカナの言葉に嘘偽りはないだろう。
そう思えば、"ゲーム"の展開から外れすぎた"シナリオ"に、アリアはこれからどう行動すればいいのかわからない。
そして。
『アイツの話は矛盾してる』
さすが"探偵"アラスターは、その頭脳明晰な分析力でそう言った。
怪盗団を捕まえて手柄を立てるのが目的なら、次の犯行を行うまで泳がせておいた方がいい。
にも関わらず、わざわざ自分が知っていることを知らせに来て、「噂を流す」とはどういうことなのか。
明確な証拠もない。
疑われたところで自分達が動くのを止めてしまえば真実は闇に埋もれたまま。
疑われて動きが止まった、イコール、犯人、という無茶な方程式は成立しないだろう。
ただ、一つだけ確かなことは、サイラスが自分の能力を両親や兄たちに認めさせる為に動いている、ということだけ。
けれど。
(…魔族と関わっただなんて、それがバレたら後継者どころの話じゃなくなる…)
リデラの力を借りて、ZEROを捕まえて。けれど、そこに魔族の存在があることを知られたら最後、貴族としての立場すら危ぶまれることになる。
絶対に露見しないという自信があるのか。それとも。
『矛盾してる』
核心をついたアラスターの真剣な瞳を思い出す。
『会いに来い』
全ては、そう囁いたサイラスの思惑の中に隠されている。
*****
三年生の教室は、校舎の最上階に並んでいる。
一年半以上この学園に通っていて、最上級生が生活する場に足を踏み入れたのは初めてだ。
会いに来いとは言われたものの、その接触の仕方がわからない。仕方なく、確実に会えるであろう方法を選んだのだが、多くの部屋が並ぶ中、サイラスの教室を知るはずもないアリアは一つずつ中を覗いていくしかない。
やはり誰かに聞いた後に出直そうかとうろうろしていたアリアは、不意に腕を取られた感覚にそちらを振り返っていた。
「来たな」
くすっ、と意味深な笑みを洩らし、そのままサイラスはそっとアリアを誰もいない生徒会室の方へと促してくる。
そうしてアリアが無言で部屋の中へと姿を消したその直後。
「…アリア?」
その見覚えのある後ろ姿に、同じ階に在籍する従兄が首を傾げていたことには、もちろん気づくことはなかった。
「…私に、なんの用ですか」
室内に足を踏み入れてすぐ。アリアはその場から動くことなく警戒の目をサイラスへと向けていた。
「オレの妻に、と言わなかったか?」
くすり、と笑みを刻むサイラスは、アリアの反応を楽しんでいる節が見て取れる。
「それが本気でないことくらいわかります」
冗談にしても質が悪いと、アリアはサイラスの顔を睨み上げる。
自分がどちらかと言えば「嫌われている」類いの人間であることくらいは、今までの遣り取りから自覚している。
それが一体、なんの目的で。
「政略結婚が当たり前の貴族社会で、本気かどうか、そこに愛があるかどうかなんてどうでもいいだろ」
それは至極最もな意見で、アリアに反論の余地はない。
そう考えると自分は本当に恵まれているのだと、こんな時に実感させられる。
一見冷たそうに見えて情熱的な愛を囁いてくるシオンのことを思い出せば、目の前のサイラスには物悲しさを覚えるだけだった。
「アンタは利用価値がある。それだけで理由としては充分だろ?」
そんなことに利用していい女じゃないと、そう怒りを滲ませていたシオンの言葉を思い出す。
そう思って貰えることは、とても。すごく、幸せなことだと思えた。
「オレに会いに来た、ってことは、それが答えなんじゃないのか?」
じりじりと後方へと詰め寄られ、壁際まで追い込まれる。
「私は…っ」
真実を知りに来ただけだ。
サイラスが一体なにをしようとしているのか、あの言動からはなにも読み取れない。
最終手段としては、もう一度シャノンにサイラスへと接触して貰うこと。心配するアリアに対し、シャノン本人はむしろやる気さえ見せていた。
「"仲間"の為に自分を差し出す決心をしたわけじゃなく?」
「…な、ん……っ」
アリアの顔の両脇に手をついて、至近距離から顔を覗き込まれる。
「そこに愛がなくても抱くくらいできる。男は簡単だな」
ただ欲を処理する為の道具だと言わんばかりの冷たい言葉が胸に刺さる。
ーー『愛してる』
こんな時なのに、掠れた低い囁きが頭の奥に甦る。
強引だけれど、シオンはサイラスとは違う。
シオンの手は、いつだってアリアに優しかった。
「やめ……っ」
髪に触れてきた指先に、魔法を使ってこの場から逃れようか、本気でそんな考えが頭に浮かんだ。
瞬間。
ーー「リデラとかいう魔族がオレのところにいる。引き付けておくからどうにかしろ」
耳元で、聞こえるか聞こえないか程度の囁きを早口で告げられて、アリアは驚愕に目を見張る。
ーー「どこで見られているかわからない。今後こちらからはなにも情報は与えられない。全て察しろ」
いいな?と、確認のように鋭い瞳を向けられて、アリアは告げられた言葉のその内容に混乱する。
つまり、目的は。
ZERO、ではなく。
魔族である、リデラを討伐すること。
そして、その結果得られる"手柄"。
頭のいいサイラスならば、魔族と手を組むことの危険性など最初からわかっていたはずなのだ。
自分が囮になると。
サイラスはそう言っている。
と。
「…そこでなにをしているのかな」
ガラリッ、と、不意に開けられた扉とその声に、アリアはびくりと肩を震わせる。
「……リオ、様……」
今のアリアは、壁際まで追い詰められ、サイラスに覆い被されているような状態だ。
この状況で誤解だと主張したところで信じて貰えるはずもない。
「アリアは僕の大切な従妹だ。離してくれるかな?」
声色は穏やかながらも強制力のあるその笑顔に、さすがに皇太子にまで反抗的な態度を取れるはずもなく、サイラスは無言でアリアを解放する。
「アリア」
こっちにおいで。と微笑むリオの表情はとても柔らかい。
「リオ様…っ、その……っ」
「うん?」
アリアをみつめるその瞳は優しくて、アリアが被害者であることを疑っていないけれど。
「…どういうつもりかな?」
アリアを庇うようにしてサイラスへと向けられた視線は、仄かにぴりりとした空気が漂う。
「あの…っ、リオ様…っ、違うんです……っ!」
「…アリア?」
サイラスの言動の数々は確かに冷たくアリアを刺したけれど、少なくともその半分は演技だったことがわかれば、リオにサイラスを誤解しないで欲しいと思う。
サイラスはとても優秀だ。それを、リオにも認めて貰えたらと願う。
庇われた腕に触れ、必死に弁解を始めたアリアにリオが不思議そうな眼差しを注ぐ中、サイラスは特になんの言い訳もすることなく礼儀正しく頭を下げる。
「…失礼します」
アリアが「違う」と主張するならその話に耳を傾けようと、リオは複雑そうな表情でその後ろ姿を見送っていた。
すぐ隣に佇むアリアをじ…、と一通り観察し、異常がないことを確認すると、リオは努めて冷静にアリアへと問いかける。
「なにがあったか聞いても?」
「…そ、れは……」
どう見ても上級魔族であろうリデラが関わってきている以上、この件に関して隠し立てするつもりはない。むしろ、リオたちを頼らざるを得ないレベルの問題だ。
とはいえ、まだ頭が混乱していて、なにをどう、どこまで説明したらいいのかわからない。
うっかり、ギルバートたちのことまで口を滑らせるわけにはいかないのだから。
「…生徒会室は、学園の中にいくつかある特殊教室の一つだ。こんなところに誘い込まれること自体があまり普通とは言えないんだけどね…」
国の直属機関であるこの魔法学校は、学園自体に結界が張り巡らされている。そしてその中でも、所謂職員室などをはじめとした特別部屋は、また別の特殊な結界で守られているという。
外へと情報が漏れないような、特別仕様。
「…だから……」
だから、サイラスはわざわざ生徒会室までアリアを誘ったのかと、アリアは一人納得する。
どこから情報が漏れるかわからない。サイラスはそれを心配していた。懐に入っていると思ったサイラスが裏切り者だとリデラが知れば、命が危うくなることは間違いないだろう。サイラスは、それだけ危ない橋を渡っている。慎重に慎重を重ねるのは当たり前だ。
その上で、自分を信用してくれたサイラスに、応えないわけにはいかない。
「…アリア?」
「リオ様」
中でなにが起ころうと、周りには気づかれない特殊空間。この学園内では普通はありえないその危険性を指摘したつもりが、むしろなにか附に落ちた様子を見せる少女に戸惑いの眼差しを向けるリオへと、アリアは真っ直ぐな瞳を向ける。
「大事な、お話があります」
魔族、というだけで討伐対象になることに理不尽さを感じないかと言えば嘘にはなる。
それでも、彼女が、人助けのために動いているとは思えない。
「信頼できる人を集めて、情報が漏れない場所を提供して頂けませんか?」
つまりは、いつものメンバーで相談を。と。
アリア一人ではなにもできない。上級魔族の対応には、国の上層部ー、つまりは皇太子であるリオの判断が必要になってくる。
彼女が貴族であるサイラスの近くにいる以上、公に動くことも不可能だ。
「…私もちょっと、混乱していて…。明日、お話できればと思うのですが」
話すべきことと、胸の内に秘めておかなければならないこと。それをきちんと整理しなければ、うっかりZEROのことまで口を滑らせてしまうかもしれない。
「…わかった」
真剣なアリアの表情に、リオはコクリと首を縦に振る。
「明日、王宮で」
「はい」
同時に、ギルバートとアラスターの二人の頭脳派にも判断を仰がなければならないと、アリアは頭が痛くなるのを感じていた。