act.9-4 GAME
「…っ!」
興味深げに室内を見回したサイラスの言葉に、ほんの一瞬、緊張感が走り抜けた。
「怪盗団?」
きょとん、と目を丸くするノアが部外者であることを知っているかのように、くすりと洩らされた冷笑。
「公爵家の家宝を狙う大罪人」
そうしてアリアの顔を真っ直ぐ見据え、サイラスは皮肉気に口の端を引き上げていた。
「まさか当事者である公爵家の御令嬢が関与してるなんて誰も思わないよな」
「っ」
もはや全てを知っているらしきサイラスの発言に、アリアはギルバートへと視線を投げる。
この"怪盗団"のリーダーはギルバートだ。
緊急時の判断は、全てギルバートに委ねられている。
「…"ZERO"の話はオレらも知ってる。どうしてそれがオレたちだってことになるんだ?」
あくまで他人事のようにさらりと疑問を投げかけたギルバートへと、サイラスはくすりとどこか楽しそうな笑みを洩らす。
「それは極秘事項だ」
「…証拠でもあるのかよ」
獲物を追い詰めた捕食者のように、絶対的優位な立場であることを醸し出して笑うサイラスに、シャノンの向かいに座るアラスターから声が上がる。
ここにいるメンバーが公爵家から家宝を盗み出した犯人だなどということは、国内随一の調査力を持つ国上層部の機関ですらまだその尻尾を掴めていない状態だ。
それを、一個人のサイラスが一人で出し抜けるはずもない。
「証拠?それはなにも」
確信的に追い詰めようとしてくるくせに、肝心なところは肩を竦めて誤魔化すサイラスに、アラスターはぴくりと眉を不快そうに反応させる。
「だったら、」
「証拠なんてなくたって、お前たちが怪しいと少し噂を流してやればいい。監視の目が光ればお前たちも動けなくなるだろう?」
「……っ」
例え捕まるようなことがなくとも、警戒されること自体が致命傷だ。
サイラスの言う通り、「怪しい」という噂が流れた時点でもう身動き取れなくなる。
国の上層部からの監視の目を掻い潜って公爵家へと忍び込めるほど、警備体制は甘くはない。
サイラスの意味深な笑いに一瞬息を飲むギルバートの一方で、アラスターだけはなにか考え込むような仕草を見せる。
そうしてそんな中、ずっと事態を見守っていたアルカナが、ギルバートへと、にゃぁ~、と鳴き声を上げていた。
『…記憶を消すにも、根本がわからなければ意味がないぞ』
今、ここで、自分達の記憶を消したとしても、自分達へと辿り着いた原因がわからなければ同じことの繰り返しだ。
どうする、と向けられるアルカナの視線にギルバートが判断に迷う中、サイラスの瞳が意味ありげにアルカナに向けられていたことに気づく者はいなかった。
「……なにが目的だ」
「目的?…そうだな。自分を認めて貰うための手柄が欲しくなった、と言えばわかるか?」
チラ、と向けられるその視線に、アリアは大きく目を見張る。
(…ま、さか……)
"ゲーム"でも、シャノンに背中を押されたサイラスは、最後の方でソルダード家の後継者に一番相応しいのは自分だと認めさせてみせると策士な顔を見せていた。
もし、サイラスが、周りの人間たちから認めて貰えるような大きな功績を得ようとしているのなら。
「煽ったのはアンタだ。皮肉にもな」
くっ、と口の端を引き上げたサイラスの冷笑に、アリアは身体から体温が消えていくのを感じていた。
(…私の、せい……?)
本来はアラスターが怪盗団への加入を誘い、シャノンがサイラスを一刀両断する。
けれどアリアが、サイラスとおかしな形で接触してしまったから。
「…三日。噂を流すまでの猶予をやる。それまでに自分たちの身の振り方を考えておくんだな」
そうしてそれだけを言い置いて踵を返そうとするサイラスに、動揺で身体を震わせたアリアを視界の端に捉えながら、ギルバートが凍てつくような視線を向ける。
「…待てよ」
なんだ、と、無言で向けられる余裕の双眸。
「アンタのその目的。なにか代用案があればそれで満足するのか?」
「…代用案?」
サイラスの真の目的は、ZEROの正体を暴いて捕まえることではない。国が全力で動いても見つからない正体不明な怪盗の姿を暴くことにより、自分の有能さを知らしめること、名前を売ることだ。
だから。
その意図を察したサイラスは、「あぁ」とおかしそうな笑みを洩らし。
「例えば、そこの公爵令嬢がオレの妻になる、とか?」
「…な…っ!?」
皮肉気にアリアへと向けられたその視線に、ここに来て初めてずっと黙していたシャノンと、それからノアとがぴくりと眉根を反応させていた。
と。
(……え?)
アリアは、まだ扉付近。サイラスの一番近くにいた。
ふいにサイラスがアリアの方へと近寄ったのに、アリアは驚いたように目を見張る。
「な、に……、………っ!」
そのまま前回と同じように強い力で壁へと押し付けられて、その勢いに顔が歪む。
「な、にを……」
ーー「学校で。一人で会いに来い」
アリアだけに聞こえるように告げられた囁き。
アリアが大きく目を見張る中、案外と短気なシャノンが席を立つ。
「離せ…っ!」
そうして、アリアからサイラスを引き離そうとするかのように、その腕を強く掴む。
自らサイラスと接触を図ったシャノンのその行動は、対象者の心理を視むことを決意したシャノンの意志の現れでもあった。
「……っ!?」
その瞬間、シャノンは一体なにを知ったのか。
驚愕に目を見張るシャノンの動揺など気づく様子もなく、サイラスはシャノンの手を振り払う。
「…じゃあな」
チラリ、と、意味深な笑みを口元に刻んでアリアへと視線を投げ、サイラスは音もなく優雅にその場を立ち去った。
その姿が扉の向こうに消え、閉められた扉を無言でみつめ続けること十数秒。
「……なにが視えた?」
シャノンの行動の意味を察したアラスターが、ゆっくりシャノンの反応を伺った。
「……あの女の影がある」
忌み嫌う己の能力を自ら使うことを決めたシャノンに、アラスターがその様子を窺うような視線を送る中、シャノンは難しげな表情になる。
「あの女?」
「…あぁ」
そして、続けて口を開こうとして、そこでノアの存在を思い出したかのように、そのまま唇を引き結ぶ。
部外者のノアの前で、これ以上を話すわけにはいかない。
だが。
「…アンタら、なにしてんの?」
そんなシャノンの反応の意味を察したのか、ノアが「ふ~ん?」と意味ありげな笑みを浮かべる。
「オレも混ぜてよ」
「…は?」
ニヤ、と可笑しげに刻まれた口元の笑みに、シャノンの眉根がぴくりと潜められる。
シャノンは案外、不意打ちに弱い。
そうしてノアは、今自分で口にしたアイディアに満足気に頷いて、それからニヤリとアリアへ顔を向けていた。
「仲間に入れば定期的にこうしてアンタに会えるわけだし」
それに。と、益々妖しい色気を醸し出し、ノアは唇を舌で舐め取った。
「あの婚約者にも秘密事、なんて、最高だね」
自分の存在に気づいていて、その上で見せつけてきたあの瞬間の出来事を思い出す。
これくらいの仕返しは、してやらないと気が済まない。
あの婚約者は、ここにいるアリアのことを知らない。
つまりは。
「邪魔されずにアンタを口説ける」
「ーーっ!」
くすっ、と。さすが"ゲーム"の"対象者"とも言える妖しい色香を纏わせて向けられる意味深な瞳に、アリアは大きく目を見張る。
「で?アンタたちはなに楽しいことしてんの?」
結果、"仲間"に入ることになったノアの姿に、これも一種の"ゲーム"の強制力かと、アリアは動揺を隠せずにいた。