act.9-3 GAME
街中へ一人で買い物に行くこと自体は極々普通のことだ。
公爵令嬢が一人で歩いていたからといって、そこまで特別扱いをされるようなこともない。
王都はとても平穏で治安がいい。アリアを温かく迎え入れてくれるくらいにはとても気安く優しかった。
とはいえ、アリアが望む望まないに関わらず、公爵令嬢であるアリアの存在は目立ってしまう。"あちらの世界"でいうところの"芸能人"扱いだろうか。
その為、ジャレッドの仕事場に足を運ぶ際には、細心の注意を払って周りの視線がないかどうか確かめながら訪れなければならない。
人の口には戸を立てられない。街中へ行くこと自体に不審はなくとも、万が一その行き先をシオンに知られた時には確実に疑われてしまう。
だから、アリアが参加する会合の回数は必要最小限にして欲しいと思ったりもするのだけれど。
「……ノア?」
「いらっしゃーい」
扉を空けて瞳へと飛び込んできたその姿に、アリアは驚いたように瞳を瞬かせる。
「…どうしてノアが」
"ゲーム"の中ではノアも確かにZEROの仲間だったけれど、この"現実"ではそうはなっていない。今日は"怪盗団"としての集まりだ。部外者であるはずのノアが、なぜここにいるのだろう。
「なんだよ、その邪魔者扱い」
明らかに動揺しているアリアの反応に、ノアの不満気な瞳が向けられる。
先に来ていたシャノンは相変わらず無関心だが、アラスターは苦笑いを張り付けている。そして、そんなノアの隣では、ギルバートが諦めたような溜め息を吐き出していた。
「アンタに会いに来たに決まってるだろ」
「…私に?」
意味ありげに口元をにやりと引き上げたノアの台詞に、アリアはパチパチと瞬きを繰り返す。
「………アンタ、その鈍さ、美徳だと思ったら大間違いだからな?」
それにノアは大袈裟なほど大きく「やれやれ」と肩を落とし。
「オレ、ちゃんと言ったはずだけど?」
ーー『アンタの啼く声が聴いてみたい』
「え……」
くすっ、と。空気を震わせる艶めいた笑いに、アリアは時を止めていた。
(……冗談、じゃ……?)
またいいようにからかわれているのではないのかと、アリアは動揺に瞳を揺らめかせる。
けれど。
「はいはい。そーゆーことは後にしてくんない?」
呆れたように吐息を洩らしたギルバートがノアの前へと腕を差し入れて、ノアから不満の声が上がっていた。
「なんだよギルバート。邪魔する気か?」
「邪魔なのはお前だ」
"怪盗団"としての話し合いの場にノアがいたら、進む相談も纏まらない。
が。
「え。お前も参戦すんの?」
「勝手に乱入してきたのはお前だろ」
面白そうに目を丸くするノアへと、ギルバートは「そういう意味じゃない」と苦々しく眉を寄せる。
一体どういう経緯でノアが同席しているのかはわからないが、この状況はギルバートにも予定外の出来事だったらしいことだけは二人の会話から見てとれて、アリアもまた困ったように首を傾ける。
このままノアがここに居座るつもりであれば、今日の集まりにはなんの意味もない。また後日だろうかと帰ることも考えて。
「…お客さんだ」
ココン…ッ、と、小さなノック音の後に難しい顔をして現れたジャレッドに、ギルバートの眉根があからさまに不機嫌にしかめられていた。
「は?これ以上一体誰が…」
まだ扉近くにいたアリアはすぐ隣に立った影へと振り返り、その見知った顔をみつめて目を大きく見開いた。
「お前…」
「アンタは…」
記憶力のいいアラスターとシャノンもまた、驚いたように息を飲む。
「……サイラス、様」
なんとも言えないその場の空気に、ジャレッドが「お前たちに用があるの一点張りでよ」と言い訳のような声を上げるが、そんな訴えは誰の耳にも届いていない。
「…知り合い、か?」
状況がわからずに全員の顔を順々に見回していくノアの隣で、ギルバートもまたシャノンとアラスター、アリアへと目を向ける。
"ゲーム"の中で、イグニス家潜入の手助けをしてくれるはずのサイラスが"仲間"になるのは最後の最後。そしてこの"現実"では、もはやサイラスを引き込む理由はない。
その結果、ギルバートの情報網にサイラスの存在は入っていなかったようで、窺うようなギルバートの視線に、アラスターとアリアはゆっくりと其々の関係性を口にする。
「俺らはこの前喧嘩の助っ人に入って」
「……学校の先輩なの」
なぜだかものすごく申し訳ない気持ちになって肩身を狭くするアリアへと、ギルバートは疲れたように空を仰ぐ。
「またアンタかよ……」
いろいろ持ち込んでくるのは。と、額を手で覆ったギルバートから視線を外し、アリアは呆然とサイラスをみつめていた。
「どうしてここに…」
一体、なにをしに来たのか。
一体、なにが目的で。
なぜ、この場所を知っているのか。
「へー?ここが怪盗団の溜まり場ってわけ?」
あれだけ注意を払っていたつもりにも関わらず、アリアをつけてきたようなことを匂わせて、サイラスはくすりと笑っていた。
バレンタイン記念SSを活動報告に掲載させて頂きました。