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act.9-2 GAME

「離せ」

鋭い瞳と絶対零度のオーラを放つシオンへと顔を向け、サイラスはそれに怯むことなくおかしげな笑みを口許に刻み付ける。

「恐い婚約者殿のお出ましだな」

フッ、と嫌味のような吐息を吐き出して、壁へと縫い付けたアリアの拘束を緩くする。

それに知らずほっと肩の力を抜いたアリアは、すぐにシオンの手元へと回収されていた。

「婚約者同士、揃いも揃って覗きが趣味か?」

随分と高尚な御趣味で。と皮肉るサイラスの冷たい視線に、アリアはなぜ自分がそこまで敵意を向けられなければならないのかわからず動揺する。

伯爵であるソルダート家の人間として、常日頃から表面上はその肩書きに相応しい姿を取り繕っているはずなのに。

「コイツを侮辱するような真似は許さない」

「不敬罪で突き出すか?」

シオンの刺すような視線を受けても動じることなく不遜な態度で薄い笑みを浮かべるサイラスは、さすが"ゲーム"の"対象者"といったところだろうか。

「本当に腹立たしいな」

自分よりも身分の高い二人をみつめ、サイラスは苛立たし気に口元を歪ませる。

「身分がなんだ?ただその家に生まれてきただけのことがそんなに偉いか?誰もが身一つでなにも持たずに生まれてくるのに、そこにどれだけの差がある?生まれた順序や場所で全てが決まるなんておかしいだろ」

それは正しくサイラスの本音そのものに違いない。

三番目の息子に生まれたというだけで、いてもいなくてもいい存在として扱われる自分。これで才能がなければ諦められたのかもしれない。ただ、なんの運命の悪戯か、サイラスは兄二人よりも優秀だった。むしろ、それを上手く隠せるほどに。

もしかしたらそこには、「次男」だというにも関わらず、次期当主として認められているシオンに対する嫉妬もあるのかもしれない。

別段この世界は長子承継が決まっているわけではない。次代を誰が担うのかは、その家々の判断に委ねられている。ただ、サイラスの家では代々長男が家を継いできた。それだけのこと。

「その通りだと思います」

「…っ」

「私も、そう思います」

シオンの隣で守られながら、それでもあっさりサイラスの意見を肯定したアリアへと、サイラスは驚いたような目を向ける。

"1"の"ゲーム"の"主人公"であるユーリが一般人という"設定"だった為か、アリアの周りにいる公爵家の人間たちは、王族を除けば一番高い身分だというにも関わらず、それを鼻をかけるような真似は全くしていない。もしかしたらそれは、高い身分ゆえの余裕(・・)が成せることなのかもしれないが、アリア的には"中世ヨーロッパ"風の身分制度は"ゲームスタッフ"の単純な"萌え"と好みからできただけの、ただの建前なのではないかと思ってしまうほどだ。

身分制度は確かに存在しているものの、そこまでの支配関係を感じたことは、少なくともアリアにはまだなかった。

それでも。

"公爵家の令嬢"として生きてきて、この世界のことは理解して馴染んではいるけれど、それでも身分制度などなかった"あちらの世界"の記憶を持つ身としては、思うところが全くないわけでもない。

ただ、この世界には、"あちらの世界"にはない、決定的な差というものが存在する。

「だからって、そういう貴方だって伯爵家の人間には違いないじゃないですか」

五大公爵家に次ぐ地位は侯爵家。そして伯爵家はその下に位置するが、それだって充分なほど高い身分だ。

完全なる"実力主義"の世界であればと悔しく思うサイラスの気持ちはわからなくもないが、この世界にその考えは通じない。

なぜなら。この世界には"魔法"が存在してしまうから。

「それだけのことがわかっているなら、貴方は身分関係なく下の人々を助けてあげて下さい」

ユーリのように突然変異で生まれる存在もあるけれど、一般的には身分が高い人間ほど魔法力は高い。それはどうしようもない"現実"だ。

だから、万が一の時は。身を守る術を持たない人々の為に自分たち貴族は存在しているのだと思う。

「アリア」

「シオンだってそうでしょう?もし私が公爵令嬢でもなく、魔力もない普通の家の娘だったら…。そんな理由でシオンは私のことを判断しないでしょう?」

なにを言っているんだと向けられる瞳に、アリアは真っ直ぐ視線を返す。

それはもう、"ゲーム"が開始した当初から。"主人公(ユーリ)"を選ぶシオンのことを知っていたから、疑ったことのない事実。

身分などで人のことを判断したりしない。シオンはそういう人だと、いつか誰かにも主張した。

そして、アリアはそんな単純な考えから口にした言葉だったが、それを言われたシオンは少しだけ驚いたように目を見張る。

それは、シオンから向けられる愛情(・・)を、一欠片も疑っていないという、逆説的な愛の告白にも思えて。

「ちゃんと、貴方のことを認めてくれる人はいると思います」

アリアは、知っている(・・・・・)

自分のことを認めてくれる仲間(・・)ができて、少しずつサイラスがその心を溶かしていくことを。

最終的には、ソルダート家の当主を()ぎ取ってしまうのではないかと思わせる策士になっていくことを。

「…コイツはこういうヤツだ」

その華奢な肩を抱き寄せて、シオンはその手に力を込める。

こういう、アリアの無意識の本音と信頼が、堪らなくシオンの心を掴んで離さなくする。

だから。

「…コイツをただの出世の道具にするつもりなら許さない」

この少女を好きだから手に入れたいというのならばまだわかる。

けれど、それが自分の目的のためにというのなら。

「コイツはそんなことに利用していい女じゃない」

「シオン…」

アリアの体をその場から立ち去る方向へと促して、シオンは最後にくすりという挑発的な笑みを刻む。

「最も、お前なんかに渡さないがな」





「シ、シオン…ッ、待っ…」

肩を抱いたまま屈むようにして降りてきた唇に、アリアは慌てたように身を退いた。

ここは、ダンスホールへと続く廊下の一角だ。来客者たちの気配はないとはいえ、王宮警護の警備兵たちの目は光っている。

例え直接目に触れることはなくても、アリアたちの気配だけは意識に捉えられている。

「今更だろう」

逃げを打つアリアの顎を捕らえ、シオンはくすりと可笑しそうな笑みを溢す。

「オレがお前に溺れていることは、もう何年も前から国中が知っていることだ」

それこそ、それが真実になる前から。

当初は否定することも面倒で放っておいたが、今となってはその噂が広まってくれて良かったと思うほどにはこの少女に狂わされている。

公然と、自分のモノだと主張できる愉悦。

「…ん……っ」

有無を言わさず唇を塞がれて、すぐに潜り込んできたシオンの熱に胸が喘ぐ。

「ん、ぅ…っ、んん……っ」

奥深くまで潜り込み、満足いくまでその唇を味わって。

「誰にも、渡さない」

この少女は、少しでも目を離すと鳥のように飛んでいってしまうから。

告げられたその囁きに、ふるりと華奢な身体が震えた。





*****





ダンスパーティー終了後の、王宮からの帰りがけ。

「手伝ってあげましょうか?」

一体今まで何処にいたのか、音もなく現れたいやに魅惑的な女の声に、サイラスは眉を潜めていた。

「後継者になるお手伝い。してあげましょうか?」

「…アンタが?」

真っ赤に濡れた唇を妖艶に引き上げて唄うように笑う女を上から下まで眺め遣る。

自分の魅力をわかっているのだろう。豊満な身体のラインを主張するかのようなタイトな黒い服。滲み出すオーラは壮絶な色香を放っているが、くすくす笑うその姿は妖しいことこの上ない。

「えぇ」

「アンタなんかになにができるとも思えないが」

「あら酷い。これでも結構優秀なのよ?」

口元に添えた指先には、これまた真っ赤な爪先が存在を主張する。

「……見返りは?」

彼女が何者なのかは知らないが、ただの「人助け」や「ボランティア」などではないだろう。

なにを企んでいるのかと厳しい視線を向けるサイラスに、女はくすくすと耳障りにも思える笑みを溢す。

「なにも?」

するっ、と慣れた仕草でサイラスの胸元へと手を滑らせて、誘いかけるかのように甘く囁く。

「ただ、"楽しませて"欲しいだけ」

貴方のお家に連れていって下さる?と、ねだるように向けられる瞳にサイラスはクスリという笑みを溢す。

「…だったらまずはお手並み拝見させて貰おうか」

自分自身を解放しても、いいのだろうか。

サイラスの優秀な頭が、目まぐるしく動き出していた。

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