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act.9-1 GAME

グラスを片手に、穏やかな表情で談笑しているサイラスへと、アリアはチラリと視線を投げていた。

笑顔を貼り付けたその綺麗な顔がとても胡散臭いものに見えるのは、きっとアリアくらいに違いない。

内に秘めた願望を抑え付け、取り澄ました顔をして。ずっと、そうして生きてきた。

イグニス家の秘宝を手に入れてしまった今、ギルバートがサイラスに接触する意味はない。"主人公"であるシャノンとは初対面を済ませてはいるものの、"ゲーム"の流れ通り、アラスターがサイラスを怪盗団に誘うことになるのかもわからない。"ゲーム"の中でも、サイラスは他の対象者を制覇した後でなければ攻略できない"隠れ対象者"だ。

大きく変わってしまったこの"現実"で、どうすればシャノンがサイラスを救う流れになるのかわからない。それが、アリアには不安だった。

命の危険があるわけではない。

もしかしたら、なにもしなくても流れ行く時間が解決してくれるものなのかもしれない。

それでも。救えるものは救ってあげたいと思う。

と。

バチ…ッ!と。まさに音が鳴るとしたならばそんな音を響かせて、サイラスとアリア、二人の視線がかち合った。

途端、サイラスの顔が不快そうに歪められ、それでもすぐにその視線は逸らされる。

(…確実に嫌われてるわよね…?)

今まで二度ほど最悪のタイミングでの出会い方をしてきたとは思うものの、そこまで邪険にされるようななにを自分がしただろうかと、アリアは頭の中に疑問符を浮かばせる。

確かにサイラスは、"ゲーム"の中でも上級貴族全般を嫌っているような描写はあったけれど。

「…アリア?」

どうした。と向けられる訝しげな瞳に、アリアは隣に立つシオンへと意識を戻す。

「…あ…。ごめんなさい」

ちょっと、ぼーっとしちゃって。と慌てて取り繕えば、シオンからは呆れたような吐息が洩らされる。

「…お前は本当に…」

すぐに注意力散漫になるアリアに付き合わされるシオンには、本当に申し訳ないという思いでいっぱいだ。

「久しぶりのダンスパーティーなのにね」

今日は、年に何度か開かれる、王宮でのダンスパーティーだった。上級貴族が揃う催し物には、もちろん、ユーリを除くいつものメンバーが参加している。

もう何度も参加している王宮のイベントには慣れたものだが、花々を渡り歩く蝶のようにあちらこちらで笑顔を振り撒いているリリアンとは違い、アリアは相変わらずシオンの隣で壁の華と化していた。

とはいえ、アリアとシオンと交流を深めたいと足を運ぶ貴族は後を断つことはなく、先ほどサイラスの二人の兄から挨拶を受けたばかりだった。その為、ついつい注意がそちらへと逸れてしまったのだけれど。

と、ふいにダンスホール内に流れていた生演奏の曲調が変わり、人々が言葉を交わすざわめきが消えていく。

「ほら、踊るぞ」

当然のように差し出された左手。

その手に掌を重ねて、アリアはシオンに促されるままにドレスの裾を翻していた。





*****





化粧室でお色直しを終えたアリアは、ダンスホールへ戻る途中で、気になる後ろ姿を見つけてその後を追いかけていた。

途中途中で出会う警備兵へと軽く頭を下げながら、小さなバルコニーの手摺に背中を預けて煙草へと火をつけたサイラスの姿が目に入る。

ここまで追いかけてきたからといってなにをしようと思っていたわけでもなく、バルコニーの影になったサイラスを覗き込み、いろいろと思い直してその場から立ち去ろうと背中を向けかけた時。

「…アンタは覗きが趣味なのか?」

完全な死角から声だけがかけられて、アリアは覚悟を決めてバルコニーへと足を踏み出していた。

「…お邪魔したら悪いと思ったので」

恐らくは一人で息抜きをしていたのであろうことを思うと、その邪魔をしてしまったことは素直に申し訳ないと思う。

王宮での催し物は途中で席を立って休憩を入れることのできる場所はいくつか用意されているが、煙草を吸おうと思うと外の空気に触れる場所でなければならない。別段煙草自体は禁止されていないから、問題行動というわけでもない。…最も、こんな場所で煙草を吸おうとする貴族はかなり少ないであろうことは確かだけれども。

「…戻らないんですか?」

特に会話を弾ませる話題も見つからず、アリアは所在なさげにおずおずと顔を上げる。

「どうせ兄貴たちが上手くやってるだろ」

白い煙を空へと吐き出して、サイラスは興味なさげに吐き捨てる。

その言葉に、先ほど挨拶を交わしたサイラスの兄二人のことを思い出し、アリアはそういえばと口を開いていた。

「さっきご挨拶させて頂きましたけど、素敵なお兄様方ですね」

社交辞令ではあるけれど、それはお世辞ではなく本音だった。

美形なサイラスの兄だけあって、人目を引く容姿をしていて「優秀な兄二人」という"設定"も頷ける、精錬された所作。わざと(・・・)粗雑さを装っているサイラスも、よくよく見れば基本的な所作を心得ていることがわかる。

けれど、アリアのその柔らかな微笑みに途端ぴくりと反応したサイラスの様子を見て取って、しまった、と一瞬で後悔する。

「…サ、サイラス様も、とても優秀で才能のある方だと聞いていますけど…っ」

慌てて取り繕ったものの、それにますますサイラスの表情が険しいものになっていって、アリアは自分の失言を自覚する。

兄二人の有能さは認めつつ、二人の存在そのものは、サイラスにとってのコンプレックスだ。必要とされていない自分。その象徴。

ソルダート家に相応しい振る舞いと成績を求められる一方で、決して出すぎた真似をしてはいけない。

「…それ、兄貴たちが?」

「え…、あ、はい」

"ゲーム"の知識で、サイラスが兄二人よりも優秀であることは知っているけれど、まさかここでそれを口にするわけにもいかない。

だから、先ほど挨拶をされた際に「優秀な弟」と言っていたことを思い出し、アリアはなにか墓穴を掘らないかと冷や冷やしながらこくりと頷く。

アリアがサイラスの一学年下に在籍していることを知っている兄二人が、生徒会に所属する弟のこと知っているかと話題に出していたのだ。

「出来のいい後継者の長男と、そのサポート兼万一の保険の次男。妹は政略結婚には最高の道具。必要とされていないオレは、出る杭打たれないように大人しくしてるだけだけどな」

優秀すぎれば疎まれる。だから程よく手を抜いて生きてきた。生徒会に所属する「優秀な弟」。けれど「会長」ではなく「会計」という立場を選んだのも、それが"ちょうどいい"地位だったからだ。

三番目の子供は政略結婚に使える娘が欲しかった、と、そう言った幼い頃の両親の言葉は、今もサイラスの心に傷を残している。

「…そんな、こと…」

嘲るように皮肉ったサイラスの歪んだ笑みに、アリアは返す言葉が見つからずに口ごもる。

ここにいるのがシャノンとアラスターであれば。男同士、そして伯爵と子爵という立場上、腹を割った会話もできるのに。

「この前から、なにか物言いたげにオレを見てるだろ」

口を閉ざして俯いたアリアを眺め、サイラスは不快な気持ちを露にする。

この少女と最初に言葉を交わしたあの時から、苛々した感情が胸に渦巻くのを感じていた。

"ソルダート家の三男"の仮面を被り続けている自分。

それなのに、なぜかこの少女には取り繕えない。

真っ直ぐ自分を見つめてくるその瞳に、全てを見透かされている気がして。

不安定に揺れるその瞳が、なにか(・・・)をサイラスに訴えている。

「お優しい公爵令嬢様は、オレに同情してくれてるわけ」

苛々して、傷つけてやりたくなる。

高貴な血筋に確かな身分。約束された明るい未来。

疑うことを知らないその瞳を、曇らせてやりたくなる。

「そんなんじゃ…っ、あ…っ!」

バルコニーの物陰に引き込んで、勢いのまま壁へと押し付けた。

痛みに歪んだその顔の横に腕をついて、近距離からその顔を覗き込む。

「だったら、あの婚約者と別れてアンタがオレの妻になるか?」

「な、にを…」

一体なにを言っているのかと戸惑いに揺れる瞳に、サイラスはただ冷笑を口許に浮かべてみせる。

「公爵家の令嬢が妻にでもなれば、さすがのあの父親も、オレを後継者にと考えるかもしれないしな」

くっ、と皮肉気に口の端を引き上げて、サイラスは嘲笑にも似た囁きをその耳元へと放っていた。

「オレのことを可哀想(・・・)だと思うならそれくらいのことしてみせろよ」

そしたらアンタのことを信用(・・)してやってもいい。と、耳元に落とされたその囁きに、アリアは大きく目を見張る。

アリアの知る(・・)サイラスは、決して性格が悪いわけではない。

ただ、恐らくは、どうにもならない自分の立場が嫌いなだけ。

いなくても困らない存在。

兄二人よりも優秀にも関わらず、それを隠して生きていかなければならない悔しさ。

確かにアリアを手に入れれば、サイラスの父親の目は三男へと初めて向けられるかもしれない。

略奪愛にウェントゥス家に喧嘩を売ったと激怒されるか、それを差し引いても公爵家の令嬢の身分は利用できると判断されるのか。

だが。


「ソイツに触れるな」


足元へと影が差し、怒気の孕んだ聞き慣れた低音が空気を響かせた。

総合ポイント2000超記念SSを活動報告に掲載させて頂いておりますが、もやもやしたくない方はお控え頂ければと思いますm(_ _)m

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