胸の痛み
ーー『もしかして、シオンのヤツも知っているのか?』
その言葉が、いつまでも頭の奥に残っている。
もし、シオンが。アリアのしていることを知ったら。
止める、のだろうか。
咎める、のだろうか。
ーー『俺は、お前を信じてるからな』
もしかしたら、セオドアと同じように。
否。
ーー『お前が望むことなら、全力で叶えてやる』
本当は、頭の何処かではわかっている。
ただ、それに気づかないように目を瞑っていただけで。
シオンは。
もし、アリアが望むなら、叶えてみせるだろう。
シオンならば、もっと上手く手に入れてみせるのかもしれない。
でも、それは。
(…すごく、怖い……)
ふるりと震えた身体を抱き締める。
ただでさえ、"運命"に逆らって生きている。
"シナリオ"を変えてきたことに、後悔はないけれど。
けれど、もし。
万が一。
罰、を。受けるようなことがあるのなら。
それは、アリア一人で充分だ、と思うのだ。
全ては、アリアが勝手にやったこと。
(巻き込めない……)
セオドアも。シオンも。
もしかしたら、ルークやリオだって。
話せばアリアの願いを叶えてくれるのかもしれない。
でも、それができないのは。
恐い、からだ。
なにに対してそんなに恐れを抱くのかわからないけれど。
ただ、すごく、怖かった。
*****
いつもより大分遅く教室へと足を踏み入れた時、すでに来ていたセオドアと目が合った。
ぎくり、と。セオドアの身体が強ばったのがわかる。
ーー『頭、冷やすから』
そう言ったセオドアの背中を見送ったのは一昨日のこと。
休日だった昨日、わざわざこちらから話を持ち出すのもおかしなことで、セオドアからも連絡はなにもなかった。
だからといって、それを理由に学校を休むわけにもいかない。
もちろん、セオドアもそうだろう。
だから。
ーー『…なかったことにしてあげなよ』
静かに告げられた言葉が甦る。
なにも、なかったかのように。
本当に、それでいいのだろうか。
ーー『だったら、そうしてあげなよ』
その言葉に背中を押され、アリアは小さな笑みを浮かべた。
「…セオドア」
刹那、セオドアの身構えるような空気が伝わってきたけれど。
「おはよう」
いつも通り、柔らかな微笑みを向ければ、ほんの一瞬だけ目を見張った後、セオドアはほっとしたように静かな吐息を漏らしていた。
「…おはよう、アリア」
近づいたアリアに、いつも通りの穏やかな瞳が向けられる。
「遅刻ぎりぎりだぞ」
ぽんぽん、と優しく叩かれる頭。
それは、これまでと変わらず優しいもの。
なにも、なかったふり。
気づかなかったふり。
それが、一番いいというのなら。
もう、忘れる。
「少しだけ寝坊しちゃって」
これまでと、変わらぬ関係を。
それを、望まれているのなら。
「朝御飯はちゃんと食べたのか?」
「食べたわよっ」
兄が妹を甘やかすように向けられる慈愛に満ちた声色に、拗ねたような瞳を返す。
「もうっ、すぐ子供扱いなんだから…っ」
ツキン…ッ、と。
少しだけ主張した胸の痛みには気づかないふりをした。
セオドア編(?)は一度ここで保留になります。