御伽話
王宮を離れることが難しいリオに呼び出されたのは、いつもの見慣れた面子だった。
「目撃証言がね、あったんだよ」
集まった全員の顔を見回して告げられたその言葉に、アリアは思わずドキリと胸を高鳴らせてしまっていた。
目撃証言、というのは一体なんのことか。
そんなことは、わざわざ聞かなくともわかっている。
「正しくは、もう以前に報告されていたものが今頃になって線として繋がった、というか、ね」
「以前に?」
ぴくり、と眉を動かしたセオドアは、今や"天敵"となった相手の情報に険しい空気を滲ませる。
不意を突かれて出し抜かれた。今やその悔しさだけがセオドアの中に在る。
「ヘイスティングズから受けた王都襲撃の際、謎の人物が魔物を狩っていたという報告が上がっていた」
リオの言葉を引き継いで、その隣でルイスが表情を変えることなく淡々と説明する。
「その容貌から推測するに、"ZERO"である可能性が高い」
「"ZERO"が、魔物を…?」
実際にZEROと相対したことはなく、話でしか知らないその人物に、ユーリが眉を潜めて疑問符を投げかける。
公爵家の家宝を盗み出した人物と聞けば"悪人"だと捉えがちだが、闇に属するモノを討伐していたというのなら、"悪い人"ではないのではないかと、そんな矛盾が胸に浮かぶ。
尤も、この件に関してはユーリは全く関わっていない為、一人で勝手に結論を出すわけにもいかないのだけれど。
それでも。なんとなく。小さな違和感というものがユーリの心に漣を立てていた。
「それに、時々あるんだよね」
う~ん、と顎に指先をやり、リオを挟んでルイスとは反対側に腰かけていたルーカスが、意味ありげに口を開く。
「魔族らしきものが出たと報告を受けて向かうと、すでに討伐された後だったりとか」
人間で言うところの魔族の"死"は"消滅"だから、"死体"という形でその証拠が残っているわけではない。ただ、周りからの目撃証言やその場に残された魔法の痕跡から確かに魔族が出現していたということだけはわかるから、"何者か"が先回りしていたということになる。
「…それが、"ZERO"の仕業だって言うんですか?」
ルーカスの説明を受け、ルークが顔を潜めてリオとルイスの見解を窺い見る。
「どうしてそんなことをする必要が?」
五つの宝玉を集めた時に一体なにが起きるのか。それを知らない者からすれば、公爵家から秘宝を盗む理由さえよくわからない。
それでも"怪盗"の真似事をする"愉快犯"だとでも思えば無理矢理納得することはできるものの、闇の者を狩って回る理由がそれの何処に繋がるのかはわからない。…もちろん、アリアはその理由を知っているけれど。
宝玉を集めようとしているのはアルカナの意思。
そして、闇の者を狩っているのはギルバートの復讐劇。
両親を殺した犯人が闇の者だと唆されているギルバートは、仇を討つ為、犯人の情報を得る為に、アルカナと共に闇の者を殲滅して回っている。
元々アルカナは、闇の者すら支配下に置くことを目的として動いている。そこには、闇の者の頂点に立つ魔王でさえも含まれる。
ーーそして、恐らくは、最終的には人間も。
「闇の者を狩り、公爵家から秘宝を盗み出し。ZEROの目的は一体なんなんだろう…?」
考え込むような仕草をしたルーカスのその疑問の声に、答えを返せる者はいなかった。
*****
「…リオ様」
なにか物言いたげに、最後まで残る空気を出していたアリアのその雰囲気を察したらしいリオがルイスさえ人払いして、二人きりとなった部屋の中。
「ん?」
優しく向けられたその瞳に、アリアはおずおずと口を開いていた。
「…リオ様は…。全ての宝玉を集めた時、なにが起きるのかご存知なんですか?」
そもそも、"なにかが起こる"ということさえ古い時代から伝えられていない。五つの宝玉が王宮の宝物庫などではなく、どのような過程で各々の公爵家へと渡り、保管されるようになったのか。そして、なぜその理由が正しく語り継がれていないのか。"ゲーム"の中でもそこまでのことは語られていない。
だから、"なにかが起こる"ということを知っているらしきアリアの発言は不審に当たるものだったが、ここまでくればそれは誰もがもしかしてと思うことでもあったから、リオはそれを深く追及することなく「いや…」と首を振っていた。
「ボクも過去の文献を調べたり、お祖父様に聞いてみたりはしたんだけど、ね…」
同じ前王の血を引く少女。
けれど彼女は"王族"ではない為、自分が幼い頃から知っていても聞かされていない話は山ほどあるだろう。別段口外が禁止されていることでもないから、もしかしたら子守唄代わりに母親に聞かされたことがあるかもしれない"昔話"を、リオは目の前の少女に語ることを決めていた。
「…お伽噺がね、あるんだよ」
向けられる綺麗な瞳に、リオの表情がやんわりと色づいた。
「幼い頃、寝る前に聞かされていたお伽噺」
君にだけ、教えてあげる。と悪戯っぽく微笑んで、リオは同じ血を引く少女を見遣る。
「昔々、まだこの世界に妖精が存在していた頃の物語」
この世界の"魔法"は、隣り合う世界に存在する妖精界から、精霊の力を借りて具現化しているものだと言われている。
妖精の存在は、誰も見たことはない。
それでも伝説に近い言い伝えでは、かつてこの世界は妖精と共に在ったとも言われている。
だから。
「精霊王と王女が恋に落ち、けれど結ばれることのなかった悲恋の物語」
そんな恋物語が本当にあったとしても、おかしくはないのかもしれない。
驚いた様子で僅かに睫毛を震わせるアリアへと、リオは静かな瞳を向ける。
「その時、精霊王は王女に自分の魂の一部でもある宝玉を手渡し、もう二度と二つの世界を行き来ができないように封印したという」
昔々の物語。
ただのお伽噺なのか、史実に基づいた創作なのかさえわからない、人の口による伝承。
「…でも、この話は矛盾ばかりだから」
出てくる宝玉も一つだけ。
「真実に脚色をした物語だとしても、どこまでが本当なのかはわからない」
そう言って、リオはアリアに微笑みかける。
「アリアは、どう思う?」
アリアが知っていることは、五つの宝玉を集めた後に、妖精界への扉が開かれるということだけ。
遠い昔にあったかもしれない出来事までは知識外だ。
けれど。
「…リオ様は…、妖精の存在を信じますか?」
確かに可愛らしく小さな生き物が存在することだけは、知っている。
そして、彼らが助けを求めていることを。
酷く純粋に小首を傾げられたその問いかけに、リオは少しだけ驚いた表情になる。
それでもすぐにその表情は優しいものになり、くすり、という小さな笑みが零れ落ちた。
「いたら素敵だな、と思うよ?」
「私も、そう思います」
ふんわりと花のように微笑う少女に、不意に胸のざわめきを感じる。
「…アリア」
この少女が、なにか不思議な力を持ち合わせていることにはなんとなく気づいている。
そして、いつだって誰かの為に駆け出すことを厭わない性格だということも。
だから。
「…忘れていないよね?」
祈るように少女をみつめる。
「もう二度と、あんな思いはしたくない」
どうか、と。
リオは、胸に沸く不安に、強く、強く願っていた。