願い
壁に背を預け、こちらを睨むようにして見つめてくる綺麗な少年に、ギルバートは苛立たしげな視線を返していた。
「…なにか用か?」
ギルバートの自宅前。考えるまでもなく自分を待っていたのであろう少年ー、シャノンは、そのままの体勢を崩すことなく顔だけをギルバートへと向けていた。
「アンタは…」
そのまま家へと入りかねないギルバートの横顔に、シャノンはぐっと握った拳に力を込める。
「アイツがあんな風に傷ついても、それでも目的の為には仕方がない、って言えるのかよ」
少女が、ずっと苦しんでいたのは知っている。
だから、少しでもその痛みを軽くさせてやることができたらと、それだけの理由でギルバートへと"仲間"になることを望んだ。
それを、ギルバートが気づいていないわけはない。
そしてその「傷」は、今回明確な形となって少女を襲った。
しかも、それは、"仲間"の手によって。
態度に現すつもりもないし、口にするつもりもないけれど、シャノンはアルカナの異質さに気づいている。
視るつもりはないけれど、それでも伝わってくる不気味さ。
表層がドロドロと蠢いて、深層心理に辿り着けない。そんな気味の悪さがあの魔物にはある。
「…お前になにがわかる」
「わかって欲しいなら今すぐ視んでやろうか?」
「っ」
悔しげに呟かれた言葉に挑発的な視線を返せば、ギルバートが一瞬舌打ちにも似た苛立ちを露にした。
「俺は、アンタの収集癖には興味ない」
ここで"怪盗行為"のことを口にするわけにもいかないから、伝わるであろう別の言葉を選びながらシャノンは淡々と口にする。
こんな犯罪行為、あの少女の精神に触れなければ絶対に手を出すことなんてなかった。
シャノンからしてみれば、宝玉を集めることなどどうでもいい。
「アンタもなにかに苦しんでるのはわかる」
視なくとも、それくらいのことは理解できる。
視みたいとは、今のところは思わない。
勝手に人の領分に土足で踏み込むことは失礼だと認識しているし、明確な拒絶がギルバートからは見て取れる。
「でも、それは、アイツを犠牲にしてまで手に入れなきゃならないものか?」
板挟みに苦しむ少女の心を踏み台にして。
白い腕に流れた赤い液体。
物理的な痛みへの悲鳴ではなく、いつか軋んだ心への悲鳴が響いてくるのではないかと思うとじっとしてなどいられない。
「どうしてそんなに平気な顔をしてら」
れるんだよ。という言の葉は。
「平気なわけないだろ…っ!」
ガン…ッ!と壁へと叩きつけられたギルバートの拳によって遮られていた。
そして、その衝撃にお互いハッとして、なんとも気まずい空気が辺りを満たす。
「…悪い」
「…いや…、こっちこそ」
目を足の先へと逸らしたギルバートの苛立ちを察し、シャノンは冷静さを取り戻す。
案外と短気な自分は、つい視野が狭まってしまっていたけれど。
「…そうだよな、忘れてた」
大事なことを、思い出す。
「アイツが望んでるってことは、意味はあるはずなんだ」
あの少女は、自ら望んでギルバートへと協力している。
決して脅されたわけでも、買収されたわけでもなく。
どんなに苦しい思いをしようとも、そこから逃げ出そうとしないのは、それだけの理由があるからだ。
「アンタが罪悪感に苛まれる必要はない」
前言撤回し、シャノンは深い吐息を吐き出した。
「必要だから、動いてる」
あの少女は。
だから、方向を間違えてはいけない。
ようするに自分の望みは。
「傷つけるな」
苦しいならば寄り添える。
涙を溢すならば掬ってやることはできる。
けれど、心のキズは。
「…わかってる」
どうしてこうもあの少女に心振り回されなければならないのかと、ギルバートは唇を噛み締めていた。