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act.10-2 Jewel of the fire ~火の宝玉~

「おかしな術を使うようだが、次期公爵家当主の魔力(ちから)をなめて貰っては困る」

魔力を宿した右手を軽く広げながら、一歩二歩とセオドアが歩みを進ませ、全員の顔に緊張感が滲み出る。

セオドアのその台詞から、眠らされる直前にアリアと会っていた記憶はきちんと消去されているらしいことが見て取れるが、眠りへと誘う魔力(ちから)はそれに抗うセオドアの方が勝っていたらしいことを知る。

セオドアがここへ現れたタイミングから計算すると、セオドアが眠りについていた時間は本当に僅かなものだったに違いない。

「ここまでだな」

逃すつもりはない。と、全員捕まえてみせるから覚悟しろとでも言いたげに鋭い視線を向けてくるセオドアへと、アリアは心なし身体を後方へと引き下げる。

(…どうしたら…!?)

嫌な汗が背筋を伝う。

ここでセオドアと闘うなど、アリアにできるはずもない。

けれど。

ひたり、と、唯一女性だと思われる侵入者(・・・)を見据えたセオドアの瞳が、一瞬、驚愕に見開かれる。


「……アリア?」


「……っ!」

呆然と。信じられないものを見るかのような瞳と声色で口にされたその名前に、アリアもまた大きく目を見張る。

「……アリア…、だろ…?」

あまりの動揺に発動しかけていた魔力さえ掌から霧散させ、セオドアは確認するかのように少女の姿を上から下まで眺め遣る。

正体がわからないよう変装をしてはいるが、その金髪と華奢な身体。そのラインが全てを物語っている。

自分が、少女を。

見間違える、はずもない。

「…そんな格好してたって、わからないわけないだろ」

どれだけの付き合いだと思ってるんだ。と苦笑いして、セオドアは警戒を解いた様子でアリアの傍まで歩いてくる。

「…まさかお前が犯人だったとはな」

まるで悪戯を見つけてしまったくらいの軽さで苦笑して目の前で立ち止まったセオドアへと、アリアは動揺に瞳を揺らめかせる。

(…どうしよう…!?)

まさかこんなにあっさりと正体が割れてしまうなどとは思わず、アリアの頭は混乱する。

完全に確信しているセオドアを前に、とても誤魔化せるとは思えない。

「…お前が犯人なら、まぁ、仕方ないか」

「……セオ、ドア……」

観念したかのようにこちらの名前を口にしてきた侵入者(アリア)へと、セオドアは優しい眼差しを向ける。

宝玉が隠された異空間へと渡るためには、強力な光魔法が必要とされる。それこそ、一般人が持ち得るはずもない、公爵家(・・・)レベル(・・・)魔力(ちから)だ。

ユーリのような特殊な例もある。"ZERO"の姿は大勢の目に晒されている。まさか身内(・・)に犯人がいるとはさすがに思えないであろう上層部は、恐らく何処かに埋もれた人材(・・)がいるのではないかと躍起になっていたはずだ。

だが、その一味(・・)の中に公爵令嬢がいるともなれば、全てに納得がいってしまう。

他でもないこの少女が協力者(・・・)なら。彼女の婚約者の家であるウェントゥス家から秘宝を盗み出すことなど容易だろう。

「…そいつらは何者だ?」

少女と共にいる、彼女の周りの人間関係からは導き出せない"仲間"の正体へと、セオドアは眉根を潜めてアリアを見遣る。

「いいように騙されてる…、わけじゃないよな?」

アリアに限って、そんなことはない、と思う。

こんな大それたことをするというのなら、それはアリア自身の意志から来ているものでなければ、少女が動くはずもない。

それがわかるからこそ疑念も湧く。

一体、なにが目的なのか、と。

「……その…っ、それは…っ」

チラリとアリア以外の三人へと視線を走らせて窺ってくるセオドアへと、アリアは困惑の声を上げる。

頭の中は完全に困惑していて、なにをどう言ったらいいのかわからない。

そして、敵意を完全に消したセオドアが、アリアをどうするつもりなのかも。

が。

視界の端で、小さな黒い影が動いたのを察し、アリアはハッと顔を上げる。

「…ダメ……ッ!」

「アルッ!?」

アリアが制止の声を上げてセオドアの前へと一歩足を踏み出すのと、ギルバート(ZERO)が驚愕に目を見張ったのはほぼ同時の出来事だった。

カッと目を見開いたアルカナの口から闇色をした霧のようなものが放たれて、アリアは咄嗟に光の盾を展開させる。

シュワァ…ッ!と、一瞬にして熱湯が蒸発する時のような感覚と音が響いて、アリアは前へ突き出した腕へと鋭い痛みが走っていくのに顔をしかめていた。

「アリアッ!」

明らかにセオドアを狙って放たれた闇の攻撃魔法はアリアの光魔法によって相殺されたが、その直後にアリアの腕から流れ落ちた数本の赤い液体に、セオドアは驚いたように目を見張った後に、アリアへと傷を負わせた得体の知れない小さな生き物を睨み付ける。

ピリッと空気を震わせたセオドアからは、明確な敵意が滲む。

『知られたなら消すしかないだろう』

「アルッ!なにしてる…っ!」

威嚇するかのように立ち上がった尻尾を震わせるアルカナへと、それを咎めるギルバート(ZERO)の声が上げられる。

それ以上の行為を制止するかのように手を出したギルバート(ZERO)の後ろからセオドアへと敵意を向けるアルカナと、自分を庇ったせいとはいえ、平気で"仲間"へと刃を向けた得体の知れない猫を睨み付ける二人の視線が交錯する。

けれど、毛を逆撫でつつもそれ以上の攻撃を止められている猫へと警戒心はそのままに、セオドアはアリアを優先することを選んでいた。

「…俺のせいで……」

大丈夫か?と悔しげに顔を歪ませて、セオドアはアリアの腕へと手を翳すと回復魔法を紡ぎ出す。

ほんの少しでも気をつけていれば、防げない攻撃ではなかったはずだ。

それを、つい。アリアを前にして気を抜いてしまっていた。

アリアが自分を攻撃することはないとしても、彼ら(・・)もそうだとは限らないのだから。

「…お前は女の子なんだから、身体に傷を作るなよ…」

いくらアリアが回復魔法に長けていて、少しくらいの傷であれば跡形もないほど綺麗に治せるからとはいえ、相変わらず無茶を重ねる少女へと、セオドアは苦しげに声をかける。

あれほど守りたいと思っていたのに。

目の前で、大切な少女へとまた(・・)傷をつけさせてしまった現実に唇を噛み締める。

しかも、自分を守るためなど、そんなこと、あってはならないはずなのに。

「アリア…」

傷口が全て綺麗に塞がったのを確認してから掌を外し、セオドアは再びぴりりとした緊張感を張り付けて、チラリと()へと視線を投げる。

「…アイツは"敵"、か?」

"仲間"の"正体"が知れたのだ。口封じには「消してしまう」ことが一番手っ取り早い方法だ。だが、仮にもセオドアはアリアの知り合いで。

それを不意打ちで。なんの迷いもなく実行できる人間がどれだけいるだろうか。

しかも、闇魔法を操ったこの得体の知れない()は、どう見ても人間ではないのだから。

ざわりとざわめく本能のようなものが告げる。

ーー危険だ、と。

「…そ、れは……」

真剣な瞳を向けてくるセオドアへと、アリアは一瞬口ごもる。

アルカナは"2"の"ゲーム"の中における"ラスボス"だ。そして、ギルバート(ZERO)の両親を殺した仇でもある。

アリアにとっては明確な"敵"で、最後には倒さなければならない強大な存在。

けれど「敵か」と尋ねられて、今はそれを肯定できない。

ーー今は、まだ。

ギルバート(ZERO)は、アルカナをまだ疑ったりしていない。

「…なにが目的だ?」

そのまま真摯な瞳で言葉に詰まって俯くアリアを見下ろして、セオドアはしばし沈黙する。

「…アリア」

それからややあって、大きく落とされた肩。

目を瞑り、なにか考えるかのような仕草を見せた後、セオドアは苦笑いを浮かべていた。

「…お前たちじゃ、ウチの宝玉を手に入れるのは重荷だろ」

ここにいるアリア以外のメンバーがどれほどの魔法力を備えているのかセオドアにはわからないが、少なくとも王家の血筋を色濃く継ぐ、アクア家の正当な令嬢であるアリアでさえイグニス家の宝玉を手に入れることは困難であろうことだけはわかる。

「…セオドア……?」

静かに火口近くまで歩み寄り、獰猛な炎を吐き出すマグマ溜りを覗き込んだセオドアの背中へと、アリアの戸惑うような瞳が向けられる。

前へと突き出された両手。

セオドアの瞳が紅く染まり、火口から紅蓮の炎が立ち上る。

「なにが……っ!」

熱風に顔を覆う。

獰猛な(ほむら)が牙を向け、火山の噴火を思わせる爆発が大地を震わせた。

「ーーっ!」

空までをも唸らせ、立ち上った灼熱の岩石が上空へと吹き荒れる。

天へと吹き上がった真っ赤なマグマが、そのままアリアたちの元へと降り注ぐ…、と思いきや、大地へと落ちるその前に、黄金を思わせる紅い光がその場を満たしていた。

「…セオ、ドア…?」

大地の怒りを収めたセオドアの手へと現れた、紅い宝玉。

「…それ……」

アリアたちが求めている秘宝の一つ、火の宝玉を前にして、アリアの瞳が動揺に揺れ動く。

セオドアが、なんのためにそれを手にしたのか。

手の中に在るイグニス家の家宝を見つめ、セオドアはふっ、と小さな微笑を溢す。

「…セオドア……?」

アリアの前まで歩み寄り、静かに差し出された掌。

アリアの瞳に、宝玉の紅い輝きが映り込む。

「…これが必要、なんだろ?」

持っていけばいい。と、小さく口にされた囁きに、アリアの瞳が驚愕に見開かれる。

「お前がどうしても必要だというのなら必要(そう)なんだろう」

一つ貸しだな。と笑うセオドアの表情はとても涼やかだ。

そんなセオドアの顔をみつめ、アリアは混乱する。

当主が代々守ってきたとされている家宝。それを、どうしてこんなに簡単にアリアへと譲ってくれようとするのだろう。

紅く輝く宝玉とセオドアの顔を交互に見遣り、アリアは差し出されるそれに手を伸ばせずにただただ困惑の色を浮かばせる。

「もしかして、シオンのヤツも知っているのか?」

そして、ふと小さく苦笑したセオドアからの問いかけに、アリアは反射的に首を横に振る。

ウェントゥス家から宝玉を盗み出した過程は完璧だった。

シオンに気づかれているとは思えない。まさか、勘づいている…、などということも。

「…そうか」

そんなアリアの反応に、セオドアは小さく息を吐く。

もしかしたら、シオンも自分と同じようにアリアへと宝玉を差し出した可能性もあるかもしれないとも思ったが、それであればこんなところにアリアが一人でいるはずもない。

シオンであれば、必ずアリアの傍にいて、きっともっと上手くやる(・・・・・・・・)に違いない。

「どう、して……」

「…いらないのか?」

宝玉をみつめて固まったまま、動く様子を見せないアリアへと、セオドアは困ったように眉根を引き下げる。

「俺は、お前を信じてるからな」

少女が五つの宝玉全てを手に入れようとしているのなら、そこには並々ならぬ事情があるはずだ。

全ての宝玉を手にした時、一体なにが起きるのか。

家宝を守ることを義務付けられた公爵家当主でさえ、その先のことは知らない。

けれど、この少女なら。

全て知った上(・・・・・・)で、行動しているのではないかと思う。

ならばきっと、それは必要なことに違いない。

「セオドア…」

「俺の独断だ。気にするな」

慈愛に満ちた瞳で苦笑され、アリアは差し出された宝玉へと悩むように手を伸ばす。

本来それを守るべき者から手渡され、どうしたらいいのかわからない。

けれど、手に入れないわけにはいかないから。

差し出した掌へとコロリと輝いた宝玉に、アリアはきゅっと唇を噛み締める。

大切な幼馴染みを、こんなことに巻き込むわけにはいない、と思った。

自ら共犯者になるなど、優しいセオドアにさせるわけにはいかない。

だから。

「…アルカナ。お願いがあるのだけれど」

本当は頼りたくはない。借りを作りたくはない。

しかもこの化け物(アルカナ)は、先ほどセオドアの命さえ取ろうとしたのに。

それでも。


ーー記憶を奪って。


声にすることなく視線だけで訴えたその言葉は、アルカナへと正しく伝わったらしい。

『ヤツの、ここでの記憶を全部消せばいいんだな?』

にゃ~ぉ、と鳴くアルカナの言葉は、セオドアには伝わらない。

確認を取ってくるアルカナへと一つ静かに頷けば、アルカナはそのまま主人(・・)へ許可を求めて振り向いた。

「…いいだろう」

そもそもアルカナは、記憶を消すという手段があるにも関わらず、セオドアへと問答無用の攻撃魔法を放っていた。

いくらセオドアがアリアへと協力の態度を見せたとしても、ギルバート(ZERO)からしてみればなるべく正体が割れる危険性を犯したくないというのが本音だろう。

記憶を消してそれで済むというのなら、これ以上の最善策はない。

「…セオドア……」

別段、気を引くつもりだったわけではない。

ただ、本当に申し訳なくて。

ここでの記憶を失くしても、否、失くしてしまうからこそ、セオドアには大切な家宝を奪われてしまったという罪の意識だけが残される。

それでも、どうしても"共犯者"にだけはできなくて。

「アリア…?なにを…っ」

思わずその手を取ったアリアへと戸惑うようなセオドアの瞳が向けられて、直後、頭の上へとトン…ッ、と乗った黒い影に、セオドアは警戒を現して声を上げる。

「なにをする気で…っ」

「ごめんなさい…」

泣きそうに歪んだ瞳で謝ると、直後、セオドアの身体がふらりと傾いた。

それを、ギルバート(ZERO)の腕が支える。

「セオドア……」

騙そうとしていたわけじゃない。

ただ、巻き込むわけにはいかないから。

「ありがとう……」

信じる、と言ってくれたセオドアの優しい瞳に、ずきりと胸へと痛みが走った。

「…大丈夫かよ」

シャノン(エース)…」

いつの間にか隣に立っていたシャノンから素っ気ない態度で心配され、アリアは緩い笑みを浮かべる。

「大丈夫よ」

「無理すんな」

淡々とした声色ながら自分を気遣ってくれるシャノンの優しさが伝わってきて、アリアはほんの少しだけ救われる心地がした。

「…帰るぞ」

ギルバート(ZERO)のその声に全員静かに頷いて、灼熱の火口付近へと振り返る。

宝玉と同じ真っ赤な色が輝いていた。

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