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束の間の休息

 アリアは母親と共にキッチンに立ち、エプロン姿でお鍋の中を掻き回していた。

 室内には食欲をそそる芳しい薫りが漂い、それを嗅いだ者の空腹を誘う。

 ここ最近のアリアはといえば、こうして母親と料理のレシピを増やすことに勤しんでいた。

 と、いうのも……。

「アリアちゃんとシオン様は本当にラブラブねっ」

 にこにこと、語尾には確実にハートマークがついているであろう無邪気な台詞に、アリアはなんとも言えない表情を浮かばせる。

「お母様……」

 お米を手に入れて以来、なにかと珍しい食材を見つけては、シオンはアリアの元へとそれを持ち込むようになっていた。

 中にはアリアの知らないものや、知ってはいても扱えないものもあったものの、こちらでは珍しい香辛料などの中にはカレーに使えそうなものもあったりと、その度にアリアを喜ばせるものではあったのだが。

 お米の一件以来、日本食が気に入ったからなのか、それとも違う目的があるからなのか……。答えはもちろん後者だろうが、とにかくそれらの行動を、目の前の母親はアリアを喜ばせるためのプレゼント攻撃の一つだと思っているらしかった。

「だって、それもこれもみーんな、アリアちゃんの為でしょう?」

 それもこれもとはどれのことだろうか。

 少女のような純粋な瞳がキラキラと輝いて、なんともいたたまれない気持ちになってくる。

(なんでこんなことに……)

 全てはアリアのためではなく、シオン自身のためだろうと主張したい。

 シオンが手に入れてきた調味料の中には嬉しいことにお味噌もあって、一度定食のような料理を振る舞ったことがあったのだが、よほど気に入ったのか、頼まれていくつかレシピを渡したところ、いつの間にか王都に食堂のようなものが出来ていた。

 もちろん事前にきちんとアリアに許可を得てはいたのだが、相変わらずの仕事の早さには驚かされるばかりだ。

 おかげで王都は今、ちょっとした日本食ブームにもなっていたりする。

「まぁ、なんでも新事業を立ち上げちゃうのは凄いと思うけど……」

 表立って企画を立ち上げているのはシオンで、それを実行しているのはウェントゥス公爵家だ。おかげでシオンの父親からの評価は右肩上がりに上がる一方らしいと耳にする。

「優秀なのよっ」

 お父様に似たのね。

 そうにこにこと微笑(わら)うアリアの母親は、娘の婚約者の活躍にご機嫌だ。

 そんなこともあり、アリアは日々、主婦をしていた世界の料理知識を搾り出しながら、こちらにとっては新しい料理の数々を生み出している。

(元々料理は好きだったけど)

 普通、貴族の家には専属の料理人がいる為、令嬢が自ら料理をするようなことはあまりない。けれど元々主婦をしていたアリアは料理は得意な部類だったこともある上に、アリアの母親も趣味の一つがお菓子作りだったりもするので、こうしてキッチンに立つことはなんの苦でもない。

 アリアの父親も娘の料理上手は愛する妻に似たのだと、試食と称して提供される料理に舌鼓を打っている。

 ただ、シオンの為に試行錯誤を繰り返していると思い込んでいる父親は、婚約者となった二人の良好らしいその関係に安堵する反面で、まだ娘を手放したくないと思う、娘に激甘な父親の顔も覗かせて、複雑な気持ちを抱いているらしかった。

「公共交通機関の整備に、家庭用常備薬の流通でしょ?みんなアリアちゃんに言われて作ったものだって」

 シオンはこれらの手柄を決して自分一人のものにしていない。きちんとアリアの実家である、同じ公爵家であるアクア家への配慮も忘れていない。

(……だからそこが問題なのよ……)

 全てシオンの手柄にしてしまったら、確かにアクア家に対する角が立ってしまうかもしれないが、そこできっちりアリアの名前も出してくるのは正直困る。

(私自身は本当になにもしていないのに……)

 アリアの"思いつき"や"お願い"を聞いてシオンが全て勝手にやったこと。そういう間違った認識が、シオンがアリアにベタベタの甘々で甘やかしている、という話になってしまっているらしいと聞いた時には、思わず小さく悲鳴を上げてしまっていたほどだ。

「アリアちゃんがとっても愛されていて、お母様、嬉しいわっ」

 本当に羨ましいわ……、と夢見る少女のように語られて、口許がひきつってしまう。

 おかげで世間的には、アリアはシオンに溺愛されている婚約者になってしまっている。

 シオンもその噂を耳にしてはいるだろうが、あの性格だ。いちいち否定して回ったりしないだろう。右から左へ聞き流しているに決まっている。

「それでアリアちゃん、今日はなにを作ったの?」

 料理のセンスは間違いのない母親に、アドバイスを聞いたり手伝って貰ったりして作った本日の一品はそろそろいい具合だ。

「……リゾット、かしら……?」

 お鍋の中で、グツグツと美味しそうに煮立つソレ。

 海鮮食材は元々あるので、それにお米を加えればリゾットの完成だ。こちらにある調味料で上手く味を整えることができるかどうかが成功の鍵を握っている。

(大丈夫だと思うけど……)

 先ほどした味見はアリアの母親からも合格を貰って、鼻に香る匂いも問題ない。

 少し前にチャーハン作りは試し済みだが、今日はこの後にもう一つ、同じようにパエリアを作ってみようかと思っている。

「またシオン様が喜んでくれるといいわね」

 順調に愛を育んでいるように見えているらしい二人の姿に、アリアの母親は本当に嬉しそうに微笑んでいる。

「……そうですね……」

 まぁ、また新しい料理で一儲けできるかもしれないという意味では喜んでくれるかもしれないけれど、などと口にできるはずもなく。

 そうして今日も、王都はおおむね平和な午後を迎えるのだった。





 ――死神の大鎌が、ゆっくりと振り下ろされようとしていることに、この時は誰一人として気づくことのないままに――……

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