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甘い囁き

馬車に揺れながら、アリアは何処を見るでもなく窓の外を眺めていた。

ーー『なにもかもわからないことすぎて、ね…』

疲れたようなリオの吐息を思い出す。

それは、宝玉を集める立場としては喜ばしいことではあるのだけれど。

「…なにを考えてる」

「…え?」

シオンに促されるまま乗り込んだ馬車の中。お互いずっと沈黙を守ったままだった静けさを破って、シオンの窺うような視線が向けられる。

不思議とそこにアリアを咎めるような感情は見て取れず、むしろシオンにしては珍しく少しだけ遠慮がちにさえ感じられるものだった。

「…リオ様が大変そうだから」

学校を数日休んでまで皇太子としての業務に追われていたのだろうかと口にするアリアに、シオンは「あぁ」と同意するかのように頷いた。

「今やこの国を動かしているのはあの皇太子だからな」

「え?」

恐れ入る。という言葉さえ洩れ聞こえそうなシオンの返答に、アリアは驚いたように目を見張る。

皇太子となってから、常にリオが忙しそうにしていたことは知っている。それは、"未来の王"として、学ぶべきことが山のようにあるからだと思っていたのだが、まさか精力的に国の中枢に関わっているとまでは思っていなかった。

確かに、現国王は、"王"としては少しだけ頼りない。前王が長くその地位に居座り、威厳を保ち続けたからこそ、その反動は大きなものだった。

そうしてアリアは、シオンのリオを認めているかのような発言に、コトリと首を傾げて見せる。

「…シオンでも無理?」

"天才設定"のシオンの有能ぶりは、もう何度もこの目で見てきている。リオの"王"としての器はアリアももちろん認めるところだが、"天才"のシオンでもリオのように国を回すことはできないのだろうかと、至極単純にそんな疑問が頭を過って、ついついシオンの顔を眺めてしまう。

するとシオンは少しだけ驚いたようにアリアをみつめ、ややあってから、

「お前はオレを独裁者にしたいのか?」

くすり、と。おかしそうな笑みを洩らしていた。

「え?」

「オレは、"あぁ"はなれない」

「?」

そういう意味では、自分はきちんとリオを認めているし尊敬もしていると告げるシオンに、アリアの不思議そうな瞳が向けられる。

シオンが、意外にもリオのことをきちんと認めていることには前々から気づいていた。言葉遣いこそ敬語ではないものの、きちんと臣下としての立場を弁えた行動を取っている。それが、アリアには少しだけ不思議でもあった。

「オレは、お前が宝石を望めば世界中から集めてみせるし、海で泳ぎたいと言えば、海岸の土地を買い占めてやる」

さら…っ、とアリアの長い髪を掬いながら口にされたその言葉のあまりの内容に、アリアは一瞬絶句する。

「…そんなこと…っ」

「お前は望まないな?」

わかっている、と目でアリアに頷いて、けれど、とシオンは先を続ける。

「寵姫に溺れる人間に国を治めることは不可能だろう」

「……っ」

この場合、シオンにとっての"寵姫"が誰であるかなど明白で、アリアは大きく目を見張る。

古今東西、寵姫に溺れて国を滅ぼした無能な王の物語は数多く耳にする。

一人の人間に入れ込めば、それ以外のことが疎かになる。その恐ろしさは、シオンももちろんわかっている。

それでも。

完全に溺れている自覚がある。

自分が無能にならないのは、アリアが有能すぎる(・・・・・)からだ。

「…どうしたらお前はオレのものになる?」

いっそなにもできなくなってしまえば腕の中に閉じ込めておけるのにと、そんな狂気じみたことすら考える。

アリアがアリアでなくなること。そんなことはもちろん望んでいないけれど。

「…シ…、シオン…?」

自分をみつめてくるシオンの瞳は切実で、そんな風に切なそうな表情(かお)をされてしまうとどうしたらいいのかわからない。

「アリア…」

頬へと伸ばされた指先が、拒めなくなってしまう。

「…愛してる……」

いつものように強引にされることならば抵抗の声を上げられるのに、静かに告げられたその言葉がじんわりとアリアの中へと染み込んでいって、指先一つ動かなくなってしまう。

「高価な宝石もドレスも、他の女たちならば喜んで欲しがるものも、お前はなにも望まないだろう」

どうすればこの少女が手に入るのかと、そればかりを思ってしまう。

無理矢理に身体を繋げても、きっと、この少女は()ちてはこない。

「…キスしていいか?」

「っ!」

いつもそんなことは聞いてこないのに、真っ直ぐアリアの瞳を覗き込みながら尋ねられ、アリアは大きく目を見張る。

「シ、シオン…」

「キスしたい」

どうして恥ずかしげもなく自分の気持ちを口にすることができるのだろう。

こちらの方が真っ赤になってしまうのに、シオンはアリアから目を離す気配はない。そして、本当にアリアが頷くまでするつもりはないらしく、緩やかにアリアの頬を指先で撫でながら、シオンはただ静かにアリアの顔を見下ろしていた。

「…アリア」

乞うような声色に、アリアの瞳へと動揺の色が走る。

「いいか?」

「……っ」

こんなことは初めてで、どうしたらいいのかわからない。

キスなんて、もう数えられないくらいされている。

今さらすぎて。否、今さらすぎるからこそ、恥ずかしくて堪らない。いっそ、強引に奪ってくれたら、と思ってしまうほど。

「アリア…」

いつになく切なく甘い声色に、結局はアリアは拒めない。

沸騰しそうに赤くなった小さな顔を、迷った末にコクンと小さく縦に振って。

「ん…っ」

いつもと違い、ゆっくりと降りてきた唇に、自然甘い吐息が洩れた。

まるで、お互い初めてするキスのようで、気恥ずかしさにおかしくなってしまいそうになる。

「…オレに触られるのは嫌か?」

「…っ!」

耳元で、続け様にそう聞かれ、びくりと肩が波打った。

嫌かと問われてしまえば嫌ではない。

むしろ、気持ちいい、と感じてしまうことが嫌で。

いつだって訳がわからなくなって溶かされてしまうことが怖くて堪らない。

「い、嫌じゃ、ない……、けど……、ぁ……っ」

頬から肩、肩から腕を辿って、信じられないほど優しく腰まで触れてきた掌に、ほんのりとした熱の籠った甘やかな声が上がった。

「シオン…ッ」

あまりの恥ずかしさに耐え兼ねて、アリアはシオンの身体を引き離すように腕を突っぱねる。

「は、恥ずかしい…、から…っ!」

もうやめて…。と消え入りそうな声で懇願すれば、

「嫌じゃ、ないな?」

けれど、そこはいつもと変わらない強引さで確認され、アリアはふるりと身体を震わせる。

「シオ…ッ、んぅ……っ」

静かに落とされた唇に、奥深くまで探られる。

結局は離して貰えずに、アリアはいつも以上にシオンに翻弄させられることになるのだった。

R18は明日投稿予定です。

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