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幼馴染み VS 婚約者

所用でリオがここ数日休んでいたと知ったのは、いつものサロンに呼び出された時だった。

呼ばれたのは、アリアとシオン、そしてセオドアの三人。それから、リオの側近であるルイスがいることは当然として、ルーカスもまたリオ側としてその場でいつもの意味ありげな微笑みを浮かべたまま佇んでいた。

「…セオドア…。大丈夫だから」

先に来ていたシオンの姿を認め、アリアを庇うように一歩前へと進み出たセオドアへとアリアはなんとも言えない表情で苦笑する。

あれ(・・)からシオンとは話していない。同じ空間にいることに多少の気まずさはあるものの、いい加減どうにかしなければとも思っているから、いい機会かもしれない。

元々悪いのは自分だとは理解している。

そして、そんな三人の関係図に"なにか"あったらしいことを察しつつ、リオもルーカスもなにも突っ込んでくることはなかった。

「本当はすぐにでも聞いておきたかったことなんだけど」

後方でお茶の用意をするルイスは、まるで有能な執事のようだ。

部屋の中を満たす爽やかな香りを背負いながら、リオはアリアたち三人の顔を見回していた。

「あの日、君たちは"なにか"を見たり気づいたりしたことはない?」

「…なんの話ですか?」

"あの日"という日付の意味さえわからず、セオドアは訝しげに眉を寄せる。

「王宮に"何者か"が侵入した気配があった」

王宮、と言われれば、そんなところで三人が顔を合わせた日など先日のことでしかなく、セオドアは「…まさか…」とリオへと真剣な瞳を向けていた。

「…ZERO、ですか?」

「それがわからないんだよね」

ゴクリと息を飲んだセオドアへと大袈裟に肩を竦め、ルーカスは苦笑する。

「辿ることのできた魔法の残滓は(わず)かすぎて、同一のものかどうかまでは」

それは、故意に消されたような悪意のあるようなものではなく、元々なにもするつもりがなかった為に、結界内へと"侵入"するための魔力以外を行使していなかったからだと推測できる。

「ただ、闇に類する気配であることだけは間違いない」

"なにもするつもりがなく"やってきたのは、一体なにが目的か。

それが"闇魔法"と断言することなく"類するもの"と口にしたルーカスの感覚はさすがだという一言しか言い様がなく、アリアは緊張に息を飲む。

それから、

「…君の家に残されていたのは、闇と…、それから光と風の魔法の残滓だったからね」

少しだけ言い淀むようにシオンへと顔を向けたルーカスのその言葉に、アリアはどきりと胸を高鳴らせていた。

「ルーカスは…」

「ん?」

「…魔法の気配だけでわかるんですか?」

先ほどルーカスは、「同一のものかどうかわからない」と口にした。それはつまり、その場に残された魔法の名残からそれが誰のものか(・・・・・・・・)わかる可能性を意味していた。

「そうだね。魔法の波動は個人個人違うものだから」

そうは言われても、アリアにその波動までは捉えることはできない。そこはやはり"天才魔道師"ゆえのもので、これだから"1の対象者"たちは"2のゲーム"の中では油断できない存在だと改めて認識させられる。

彼らの目を掻い潜って宝玉を全て集めるなど、本当に奇跡に近い幸運が必要だ。

「でも、この前王宮に残されていたものは僅かすぎるし、ウェントゥス家に関しては時間がたちすぎていてそこまでは辿れなかった」

その情報を得て、アリアは心中ひっそりと安堵の吐息を洩らす。

今後は本当に気をつけなければ、魔法の残滓からアリアの痕跡(もの)だと気づかれてしまう恐れがある。

「それはそうと、セオドアと…、シオンも特になにも感じるものはなかった、ということでいいかな?」

ルーカスとアリアの会話を一通り聞き終えて、リオは先ほどの二人の反応からそう推測すると、一応の確認の意味を込めてセオドアとシオンへと顔を向ける。

「…そうですね」

「あぁ」

あの時(・・・)なにが起こっていたかをたった今知ったセオドアは、無表情で小さく頷いたシオンの一方で、複雑そうな表情(かお)になる。

自分はその時なにも知らず、なにも感じていなかった。それが単純に少しだけ悔しかった。

「…アリアはどう?」

「っ、私は……」

そして、わかっていたこととはいえ、次に向けられた自分への問いかけに、アリアはどう返したものかと一瞬だけ言葉を詰まらせる。

自分が見たもの、感じたものを、正直にここで話したとしても、なんの実害も出ないように思われる。ただ、それはアリアが思っているだけで、実際に取り返しのつかないことになってしまったらという恐怖もある。

それでも。

「…私の勘違いかもしれませんし、見間違えかもしれないんですけど…」

おずおずと、アリアは真実を口にすることを選んでいた。

「…なにか、いた(・・)ような気はしました」

それがアルカナなのかどうかはわからない。ただ、可能性は高いと思う。そして、それがアルカナだった場合、結論から言えばアルカナは明確な()に他ならない。

"ゲーム"の"ラスボス"であるアルカナが単体で捕まるようなことがあればーそれはとても難しいだろうけれどー、それはそれでいい方向に転ぶのではないかとさえ思ってしまう。

アリアの言葉に驚いたように振り返ったセオドアを視界の端に捉えながら、リオもまた緊張の眼差しでアリアを見遣る。

「それは…」

「すみません。咄嗟に追ったんですけど途中で消えてしまって」

申し訳なさそうにアリアは謝るけれど、リオをはじめ、この場にいる者たちが思っていることはそういうことではない。

「…アリア…」

「本当に、君って子は……」

困ったように眉根を引き下げるリオと、溜め息混じりに呆れた呟きを洩らすルーカスへと、アリアは「…え?」とぱちぱちと瞳を瞬かせる。

二人の反応は、アリアが思っていたものとなにかが違う。

自分は、追跡し切れなかったことを謝罪しているというのに。

「…気持ちはわかるけどね?万が一(・・・)のことがあったらどうするつもりなんだい?」

「あ…」

(そうだ…)

それで、シオンにも怒られたのだと、アリアは自分の浅はかな言動を後悔する。

アリアはアルカナのことを知っているけれど、リオたちからすれば、それは"得体の知れない存在"だ。

「ご、ごめんなさい…」

「ボクはいつも言ってるよね?君を、危険な目には遭わせたくないんだ」

慌てて謝ったアリアへと困ったように微笑して。それから小さく肩を落として、リオは独り言のように遠く呟く。

「…やっぱり、なにも収穫はなし、か…」

それはつまり、"王宮に侵入したかもしれないなにか"の正体を、その尻尾すら掴めていないということを意味していた。

「それでここ数日休まれていたんですか?」

リオとルーカスは、ここ数日学校へ来ている気配がなかった。

元々魔法師団長と兼任しているルーカスが学校にいることは稀でもあったが、リオは"皇太子"とはいえ学生のうちはできる限り学校へ行くことを推奨されていたから、よほどのことがない限りは少しでも顔を出していた。

つまりそれは、今回のことが"よほど"の出来事だということでもあって。

「そうだね…。なにもかもわからないことすぎて、ね…」

その言葉に、"ZEROの捜索"になんの進展もないことは見て取れたが、疲れたようなその吐息に、アリアはどうしても痛む胸をそっと押さえつけていた。





*****





帰り際。ふと静かに呼び止められた声に、アリアは足を止めていた。

「セオドア」

「……ちょっと、いいか?」

「?ええ、もちろん」

遠慮がちに窺ってくるセオドアへとなんだろうと小首を傾げ、アリアはセオドアに誘導されるまま人影のない中庭の一角まで足を向ける。

「…本当に、アイツでいいのか?考え直すなら今のうちだぞ?」

そうして声色は静かながら向けられた真剣な双眸に、アリアは戸惑いの色を浮かばせる。

先日の一件が、セオドアへとこんな発言をさせていることは明白だったが、まさかここまでの心配をされているとは思っていなかった。

セオドアは、アリアの婚約が決まった時から、気にくわないライバル相手とはいえ、今までそこまでのことを口にすることは一度もなかった。

「お前の両親だって、本気でお前が願えば叶えてくれるだろう」

アリアの両親はアリアに甘い。そして、そもそもアリアの両親自身が恋愛結婚だ。それは、互いの身分が奇跡的に釣り合っていたという幸運から来ているものでもあるが、アリアが本気でシオンとの婚約を考え直したいと言い出せば、きちんとそれを受け止めてくれるだろう。

「…それとも、本気でアイツのこと…?」

見下ろしてくる瞳は真剣そのもので、アリアはセオドアから視線を逸らすと俯きがちに視線を彷徨わせる。

「それは…」

「だったら、考え直せ。いつか本気でお前が好きになるヤツが現れるかもしれないだろ?」

自分もシオンのことが好きなのだと、すぐに断定できないアリアの姿にその理由を理解して、セオドアは強い口調で説得を試みる。

公爵家の人間ともなれば、この歳で婚約者がいることは当然だ。それを、特になんの理由もなく、「いつか本気で好きになるかもしれない人のため」などという曖昧な理由で自由の身になることなどあり得ない。そんなことはセオドアもわかっているだろうが、その上でここまで言わせてしまうことに、アリアは申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

「セオドア…」

困惑に揺らめく瞳を上げて、アリアは困ったように微笑する。

「…ありがとう。でも…」

「あまりアイツを甘やかすな」

「っ」

マナーの悪い子供を(たしな)める時のような声色でぴしゃりとアリアの言葉を遮ったセオドアに、アリアは慌てて口を開く。

「それは違うの…!私が悪いから…っ」

「アリア…」

アリアには、秘密が多すぎる。その全てが露見したならば、責められるはシオンではなくアリアの方だ。

必死に訴えるアリアに、それでもセオドアは顔を潜め、緩く首を振るアリアへと苦々しく口を開いていた。

「…どうしてそこまでしてアイツを庇う必要があるんだ」

そこにどんな理由があるにせよ、シオンがアリアにしていたことは、セオドアからしてみればとても許せるものではない。例え、アリア自身が許していたとしても。否、アリアが許しているとすれば、許してしまっているからこそ苛立ちが増してくる。

「庇ってるわけじゃ…」

「…俺には、このままアイツがお前を幸せにできるとは思えない」

きゅっと唇を引き結ぶアリアへと、セオドアはぐっと拳を握り締める。

セオドアにとっては気に入らない相手でも、あのシオンが驚くほどアリアのことを想っていることだけは理解している。

それでも、あんな風(・・・・)に、衝動のまま少女に迫るようであれば、任せられない、と、そう思ってしまったとしても許されるだろう。


「お前ならできるのか?」


と。気配もなく物影からかけられた低い声に、アリアは驚いたように振り返る。

「!シオンッ」

てっきり、もう帰ったのだと思っていた。

ゆっくりと歩いてくるシオンは一瞬セオドアに視線を投げただけで、真っ直ぐアリアをみつめている。

「アリア」

手首を取られ、そのまま引き寄せられるように腕を引かれて身体がシオンの方へと傾いた。

「帰るぞ」

有無を言わさない声色で促され、アリアは戸惑いに揺れる瞳を向ける。

「シオ…」


「待てよ」


そのままアリアを連れて行こうとするシオンへとかけられた強い声。

「話は終わっていない」

挑むように向けられた瞳は、シオンを真正面から射抜いてこの場から逃れることを許さない。

「お前には関係ないだろう」

「大切な幼馴染みを心配してなにが悪い」

二人の婚約関係は、本人同士はもちろんのことだが、それよりも"家"の問題だ。だからこそその他の人間(・・・・・・)が口を出すことではないと冷たく切って捨てたシオンへと、セオドアの咎めるような鋭い瞳が向けられる。

そして、それをしっかりと受け止めて、シオンは皮肉気に口元を歪めていた。

「…"幼馴染み"、か。本当にそれだけか?」

「っ」

途端悔しげに息を飲んだセオドアに、シオンの嘲笑にも似た笑みが洩れる。

「…セオドア?」

ぐっと拳を握り締めたセオドアの反応が理解できずに心配そうな瞳を向けたアリアを引き寄せて、シオンはその華奢な肩へと腕を回していた。

「少なくともオレは、オレ以上にコイツを愛している人間はいないと断言できる」

「シッ、シオン…ッ!?」

もちろんそれが「(イコール)」で幸せに繋がるかどうかは別の話だが、これだけは誓えると堂々と宣言してみせたシオンへと、アリアの顔へと朱色が走る。

なんて恥ずかしい告白をなんの(てら)いもなく口にできるのだろうと、こちらの方が恥ずかしくなってしまう。

「アリア」

どうしたって、アリアはその低音に弱い。

「一緒に来るな?」

自分をみつめてくる真剣な瞳に抗う術はなく、アリアは促されるままにシオンと共に歩き出そうとして。

「アリアッ」

セオドア側に残した手を取られ、ほんの一瞬動揺に瞳を揺らめかせる。

「アリア…」

一緒に行くことを咎めるようなセオドアに視線に、アリアは静かな微笑()みを浮かべる。

「…セオドア」

自分を心配してくれるセオドアの気持ちは純粋に嬉しかった。それでもやはり、これは自分がきちんと向き合わなければならない問題だ。

「大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

そっとその手を外して婚約者(・・・)と歩き出した少女の後ろ姿を見送って、セオドアは消えたその残像から目を逸らしていた。

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