幼馴染み
外観は"スペイン"の"アルハンブラ宮殿"と"プラド美術館"をモデルにしたのではないかと思われる、公爵家の一つ、イグニス家。
天気がいいということで、庭園で母親同士が談笑しているその近くで、アリアもまたセオドアとティータイムを楽しんでいた。
「アリアのお父上も相変わらずだな」
「心配性で困るわよね」
ティーカップを傾けながら溢される苦笑に、アリアもまた小さな苦笑を返す。
セオドアの姉の婚姻が正式に決まったということで、すぐにでも親友の元へお祝いに駆けつけたい様子だったアリアの母親を止めたのは心配性の父親だった。
普段から、母親一人の外出を父親はとても心配する。もちろん愛娘であるアリアのことも心配するが、学生時代を過ごした魔法学園と生まれ育った王宮以外をほとんど知らずにいた母親は驚くほど世間知らずだ。だから大体、外へと出かける時はアリアも一緒のことが多くなる。今回の訪問先は行き慣れた親友のイグニス家ではあるのだが。
「まぁ、あんなこともあったわけだし、仕方ないかもな」
「……そうね」
ウェントゥス家から宝玉が奪われた以上、恐らく他の公爵家も狙われている。それは上層部一致の見解だ。
だから万が一のことをアリアの父親はとても心配している。愛娘と妻に関しては、家宝を守ることよりも自分の身を優先するようにと、二人の兄と共に口煩く言い付けられているくらいだ。
「セオドアは…」
「ん?」
「…知ってたの?」
ティーカップをソーサーの上へと戻し、アリアは神妙な顔になる。
「…その…、公爵家の秘宝のこと」
代々当主のみに伝えられてきたという五つの秘宝。こんなことさえなければ、アリアが知ることもなかったに違いない。
「…まぁ、そうだな」
「そう…」
肯定も否定もせずに苦笑いをするセオドアに、アリアは「やっぱり」と一人納得する。
セオドアはイグニス家の正当な跡継ぎだ。家を継ぐこと自体はまだ先の話でも、18歳になって学園を卒業すれば、父親についていろいろと学ぶことになる。今から少しずつでも後継者としての教育を受けていたとしても不思議ではない。
「…ヤツは…、シオンは少し大変そう、か?」
「え?」
そして、不意に顔を潜めて呟かれた言葉に、アリアはなにかあったのかと顔を上げる。
「明日も呼ばれていると聞いたからな」
どことなく表情が固いのは、「気に入らないヤツ」の話をしているからだろう。
進捗情報の報告とこれからの動きについてまだ話し合いは続きそうだと語るセオドアに、アリアもまた表情を重くする。
「…そうなの……」
シオンはアリアに例の件について全く口にしない。それは、アリアに負担をかけない為だとわかっている。わかっては、いるけれど。
ーー『捜査の手はどこまで伸びている』
五つの宝玉は集めなければならない。それは、絶対に。
今さら投げ出すような真似もできない。
ZEROが捕まるようなことがあってはならない。
けれど、シオンが。セオドアが。それによって苦しめられるのも嫌。
どうにもならない矛盾の望みに、どうしたらいいのかわからない。
「元々ウェントゥス家は情報収集が得意分野だからな」
胸元をぎゅっと握り締めたアリアになにを思ったのか、セオドアは静かな微笑みを刻んで口を開く。
「だから、ウェントゥス家が中心となって動くのは普通の流れだ」
例え今回被害に遭ったのがウェントゥス家以外の家であったとしても、捜査の中心はウェントゥス家が担っただろうとフォローを入れてくるセオドアの言葉に、アリアは無理矢理作った笑みを返す。
「…そう、よね……」
それでも、その場合動くのはシオンの父親だけで、シオンまで巻き込まれることはなかったはずだ。もちろんシオンのことだから、情報だけは常に手に入れていたに違いないけれど。
「お前が気に病むことじゃない」
向かいのテーブルからわざわざ腰を上げてポンポンとアリアの頭を優しく叩き、セオドアは柔らかな空気を滲み出す。
「俺も、頑張らないとな」
恐らく、その言葉の意味は、今度イグニス家の留守を任されることに関してだろう。
ギルバートの情報通り、結婚が決まったセオドアの姉と当主夫婦は、近く結婚相手の家へと三人で訪れる予定がある。本来ならば四人で行くはずだったに違いないが、例の事件が起こった為に、セオドアは家を守ることになったのだ。
…そして、その警戒はまさに正しい判断ということをアリアは知っている。
だからこそ、優秀なこの幼馴染をどう出し抜けるのかわからない。"ゲーム"の中では、セオドアと対峙することなどなかったのだから。
「だから最近、ルーカス先生に頼み込んでユーリと一緒に修行させて貰ってる」
「え?」
照れ笑いのように告げるセオドアに、アリアは僅かに目を見張る。
最近ユーリが随分自分の光魔法を操れるようになったという話は聞いているが、セオドアまで一緒にルーカスの教えを受けていたとは初耳だ。
「大切なものを守るためには、もっと強くならないとだからな」
「!セオドアは充分強いじゃない」
どこか決意にも似た空気を滲み出すその声色に、アリアは思わず柔らかな微笑みを浮かべる。
超優等生のセオドアの魔法力は国内でもトップクラスだ。けれどそれに満足せずにさらなる高みを目指すというのは、さすがだと感心してしまう。
それに…、と、ふと可愛い年下の従妹の顔を思い出し、アリアは「そうよね」と笑みを溢す。
「王女様がお嫁さんになるんだもの。確かにプレッシャーよね」
シャーロットが優しいセオドアを大好きなことなど、恥ずかしそうなその微笑みを見ていればすぐにわかる。一緒にいることさえできれば満足で、シャーロットはセオドアに強くなることを求めたりはしないだろう。
それでも周りがセオドアを見る目は、「王女を貰い受けるに値する人間か」という厳しいものだろうから、セオドアもそれなりの重圧を感じているのかもしれなかった。
「……そうだな」
一人納得するアリアを何処か遠い目で眺め遣り、セオドアはぽつりと口を開く。
「…守れないのは、もう嫌なんだよ…」
「え?」
完全に独り言の呟きは目の前の少女にまでしっかり届かず、アリアは聞き返すかのように瞳を瞬かせる。
「…お前も、あんまり無茶するなよ?」
けれど、同じ答えが返ることはなく、セオドアはそっとアリアの髪へと手を伸ばすと、長い髪の先を指に絡み取っていた。
「また子供扱いなんだからっ」
幼馴染のその言動がいつものように兄貴分のそれだと思ったのか、拗ねたように軽く睨んでくるアリアへと、セオドアは「ははっ」と軽く笑う。
こんな遣り取りを楽しそうに笑いながら。けれど、もう子供扱いも妹のようにも思えない。
「お前はもう立派な女性だよ」
「…思ってないでしょ」
本心からの言葉にも関わらず、笑いながら口にされたその気持ちに疑念の目を向けてくるアリアへと、セオドアは苦笑いを貼り付ける。
「…まぁ、お前におしとやかな淑女を求めるのは無理だとは…」
「セオドア…」
恨めしげに向けられる上目遣いは子供の頃と変わりないけれど。
それでも、もうあの頃のようには戻れないと、セオドアは静かな瞳を向けていた。