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「…話すつもりはないのかよ」

どうやらそのまま再戦を始めたらしいギルバートとアラスターの二人を視界の端に捉えながらも、一人先に帰ろうとしていたアリアは、廊下に出たところで呟きにも似た小さな声をかけられて、背後へと振り返っていた。

「…シャノン?」

振り向いた際にふわりと舞った金色の長い髪がさらりと落ち、シャノンはアリアへと恨めしげな目を向ける。

「…アンタは、俺に()んで構わないと言った」

シャノンの精神感応能力(ちから)を知っていると言った時、知りたければ覗いてくれて構わないと少女は言った。

嘘ではない本気のその言葉は、ずるいと思う。

ーー()みたくない。

それが、大切だと思う相手ならば相手ほど。

許されても、自分が(・・・)視たくないことまで視てしまうのが恐い。

それは、幼き日の両親へのトラウマだ。

「…だったらアンタの悩み事、俺に話せないのかよ?」

()んで構わないと言うのなら、いっそその口で告げて欲しいと、シャノンは拳を握り締める。

例え、嘘でも構わない。自分は、それを信じるから。

「…シャノン……」

悔しげに唇を噛み締めて視線を逸らしたシャノンの横顔に、アリアは驚いたように目を見張る。

シャノンが本気で自分を心配してくれていることがわかって胸が締め付けられる思いがする。シャノンは、アリアを救う(・・)ために、怪盗団へ入ることを希望したのだから。

「……たいしたことじゃ…、ううん、たいしたことではあるんだろうけれど…」

"ゲーム"の中でも、ギルバートに言いくるめられるような形で"仲間"になったシャノンだけれど、その根底にはギルバートの隠された心の闇に触れかけて、助けたいと思った気持ちがあったからに違いない。

それを、アリアの力になりたいと言われて。

"主人公(シャノン)"に抗えるわけがない。

向けられる優しさに泣きたくなって、アリアはきゅっと唇を引き締める。

「…ギルバート(ZERO)に、宝玉を集めて欲しいの」

「…それで?」

「……でも、そのことでみんな(・・・)が苦しめられるのも嫌」

宝玉は集めなければならない。それはギルバート(ZERO)に課せられた使命だ。

けれど、その一方で、シオンやルーカス、リオへとその皺寄せがいっている。そして、これからその他の公爵家へもその波は伝わっていくことになる。

なんて、矛盾。

"ゲーム"の中で、"追う者"であるアラスターと、"追われる者"のギルバートとの狭間で苦しんでいたのは"主人公"であるシャノンだった。だが、変わってしまった物語の中で、その苦しみが負わされるのはアリアになってしまっている。

アラスターは、"ゲーム"の中でもこの"現実"でも、シャノンと共に怪盗団に入ることを決めてくれた。

けれど、立場あるシオンや他の者にそれは到底無理だろう。

「…どうにもならないの」

「…それは、この前()んだ」

相反する望みの間で心が軋む。

そんな、気を失うほど苦しんだアリアの痛みを、シャノンは先日受け止めてしまった。

だから、その苦しみはわかる(・・・)理解(・・)は、できないけれど。

「…アンタ、本当に面倒くさい性格してんな」

顔をしかめ、シャノンは一際大きな溜め息を吐き出した。

「必要だっていうなら開き直ればいいのに」

"ゲーム"では、自分が苦しめられた矛盾の(ひず)みだが、そんなことなど知るわけもないシャノンは、呆れた様子でアリアを見遣る。

この少女は、それができないから。

「騙して笑ってるのが辛いなら、アイツ(・・・)に全部押し付けてやめればいい」

元々一人でも動くつもりだったのだ。今さら"仲間"が離れたところでその考えが変わることはないだろう。

彼は彼でなにかに苦しんでいることはわかりつつ、それでもシャノンはギルバートへと一歩踏み出すつもはない。…とりあえず、今はまだ。

「でも、どっちも無理だって言うなら」

結局結論はそこに至ってしまうから、シャノンはアリアへと真摯な瞳を向けていた。

「肩代わりはできないけど、俺はわかる(・・・)から」

例え擬似体験でも、同じ痛みを負うことがシャノンにはできる。だから。

「一緒に背負ってやるから、そんな顔すんな」

「…シャノン……」

くすっと小さく微笑(わら)われて、アリアは僅かに目を見張る。

ユーリといい、シャノンといい、どうして"主人公"たちはこんなにカッコいいのだろう。

いつだってアリアは、彼らの一言に救われる思いがする。

アイツ(・・・)はまぁ…、なんか、余裕そうに見えて、本当のところ余裕ないだろ?」

「…やっぱりわかる?」

アイツ、とはもちろんギルバートのことに他ならず、つい溢れてしまったシャノンの苦笑に、アリアも思わず苦笑いを誘われる。

「別に視たわけじゃないけどな」

「それはわかってるわ」

なんだかんだと、シャノンはギルバートのことを理解しつつある。

だからきっと、そのうちギルバートが過去に負った傷に触れて、幼いあの日のままのギルバートの心を救うことになる。

「俺をココ(・・)まで引っ張り出してきたのはアンタだ」

その台詞は、"ゲーム"の中でシャノンがギルバートへと口にしたものに酷似している。

「責任持って、俺にアンタの負担を寄越せ」


ーー『責任取って、俺にアンタを救わせろ』


「…ありがとう…」

やっぱりシャノンは"2"の"主人公"に違いないと、アリアは緩い微笑みを浮かべていた。





*****





「…(わっか)いねぇ…」

少女を追うように部屋の外へと向かったシャノンを気配だけで見送って、ギルバートは持ち上げた駒を片手に大袈裟に空を仰いでいた。

「…俺とお前は同じ年だけどな?」

「それは気持ちの問題」

ウマの合ってしまう(・・・・・・)"ライバル同士"という"ゲーム"の設定そのままに、もはや"悪友"のような空気を纏わせながら、ギルバートとアラスターはチェスの盤に向き合っていた。

「青いな」

恐らくは、今頃アリアを引き止めているであろうシャノンと。そして、そんなシャノンを複雑そうな瞳で見送ったアラスターと。

なんとも言えない"三角関係"に、ギルバートはおかしそうに笑みを洩らす。

そして、そんな"他人事"のようなギルバートの姿に、アラスターもまたくすりと笑みを洩らすと意味深な視線を向けていた。

「…お前もだろ?」

あの少女に入れ込んでいる。

それは恐らく、シャノン以上に。

それを、ギルバート本人が認識しているかどうかは別として。

「アイツは利用できるからな。そう簡単に手離せないだろう?」

「俺にはそれだけには見えないけどな」

コツン…ッ、と駒を動かして、アラスターは肩を竦めてみせる。

利用できる手駒として。

そんな割り切った感情であの少女をみつめているとはアラスターには思えない。

利用できるから手離さないのではなく。

手離さなくていい理由を自らに言い聞かせているように思えてならなかった。

「気のせいだ」

くすっ、と唇の端を引き上げて、ギルバートは小さく冷笑する。

ギルバートにとって、お喋り好きな女は"情報源"で。自分に言い寄ってくる女は、ほんの一時快楽を分かち合うだけの"お遊び"の関係でしかない。

婚約者にしっかり調教(・・)されているらしいあの少女は、それでもからかうとなにも知らない純真な子供のように楽しいから。

だから、ほんの少し面白がっているだけに過ぎない。

「…チェックメイト」

今度はオレの勝ちだな。とニヤリと笑い、ギルバートは手元の駒を掌の上で遊ばせていた。

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