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予兆

「次のターゲットはイグニス家だ」

何処にあったのか、アラスターとチェスをしながら告げられたギルバートのその宣言に、アリアは小さく息を呑む。

お決まりになったジャレッドの仕事場。ジャレッドは奥で仕事をしている為にこの場にはいないが、集まったこの面子を見て無言の溜め息を吐き出していたのを思い出すと、申し訳ない気持ちになってしまう。

この面子での召集がかかった時点で覚悟はしていたが、改めて口にされると緊張感が胸を満たす。

(やっぱり、私の知っている(・・・・・)流れと違う…)

基本的な目的は変わらなくとも、"ゲーム"とは異なる"順番"にアリアは一人身を引き締める。

イグニス家侵入の手はずを整えてくれるはずのサイラスが仲間になるのは後半だ。その為、"ゲーム"では最後のターゲットがイグニス家になっていた。そう考えると、ギルバートが自らサイラスに近づくことはない、ということになる。

(シャノンはサイラスと知り合ってはいるけれど…)

"ゲーム"の強制力か、二人の出逢いは"運命通り"に果たされた。後はどう修正をかけていくのか。

「でも、かなり警戒されてるらしいことを聞いたけど?」

コトン、と駒を動かして、アラスターは「なにか策はあるのか」と窺うようにギルバートを見遣る。

元々"ゲーム"の中で、アラスターは純粋に"ZERO"に興味を持っていただけで、捕まえることを目的にしていたわけではない。シャノンの説得(・・)にあっさり仲間になってしまったアラスターは、すでにギルバートと仲良しだ。シャノンとアラスターが現時点で「親友」だとするならば、すでに「悪友」のような雰囲気がある。

怪盗VS探偵として。そして、シャノンを巡ってのライバル同士だったはずの関係はどこにいってしまったのだろうと、アリアは頭を悩ませる。

三人で迎える"神エンド"でのギルバートとアラスターの関係性は確かに「悪友」に近かったけれど、今の二人とはまた違う気がして溜め息が溢れてしまっていた。

「なんでも長女の結婚が正式に決まったとかで、近く手薄になる日がある」

カツン…ッ、とこちらも駒を動かして、ギルバートは「だよな?」とアリアの方へと目を向ける。

「…よく知ってるわね」

その情報は、確かにアリアの耳にも届いている。親友同士であるアリアの母親が、一足早くお祝いに行きたいと騒いでいたのは先日のことだ。

『本当ならお前の口から報告があって然るべきだと思うが?』

咎めるように口にされたアルカナの言葉は、アリアへの疑心が見て取れる。敵方(・・)の情報を知っていて報告しないのは、"味方"ではないからだという言い様だ。

「アル」

「…ごめんなさい…。…でも、警備が手薄って…。セオドアは残るわよ?」

(なだ)めるようなギルバートの視線に、アルカナはふいと顔を背けて昼寝に入るふりをする。

確かにアルカナの言う通り、公爵家の警備が手薄になる情報は重要だ。だが、いくら手薄といっても、正当な後継者であるセオドアは家に残っている。セオドアが一人残っている時点でウェントゥス家の時のようにはいかない為に、そこを狙うという選択肢がアリアにはなかったのだ。

「それについてはアンタの出番だ」

「え?」

チェスの次の手を悩んでいるのか、それとも秘宝強奪の作戦を頭の中で組み立てているのか、少しだけ考え込むようなギルバートの仕草に、アリアは驚いたように目を見張る。

「幼馴染なんだろう。油断して貰えれば眠らせることも可能だ。アンタに関する記憶はアルに消去させる」

公爵家クラスの人間には、いくらアルカナと契約をしているからといっても不意を付かなければなかなか魔法をかけることは難しい。

つまりは、アリアにセオドアの気を引かせておいて、隙を見て意識を奪った上でその時の記憶を奪うということなのだろう。

「…私、が?」

「アンタ以外に誰ができる」

動揺に瞳を揺らめかせるアリアへと、ギルバートの冷静な視線が投げられる。

だが。

「色仕掛けで迫れば瞬殺だろう?」

「っ!」

至極真面目な顔で告げられたその言葉に、アリアは大きく目を見開いていた。

「そんなことできるわけないでしょ…っ!」

アラスターと向き合う表情を変えることなく、淡々となにを言っているのだろう。

「それが一番確実なんだけどな」

そうしてまた一つ駒を動かして、それからギルバートはニヤリと口の端を引き上げていた。

「練習相手が必要なら付き合ってやろうか?」

手取り足取り腰取り。と、からかうように笑うギルバートは、完全にアリアの反応を面白がっている。

それがまたどことなくシオンに通じるものがあって余計にドキリとしてしまうから、本当に心臓に悪くて止めて欲しい。

そう考えると、基本的にシャノンを通してしか知らないアラスターも、シャノン視点の"ゲーム"では艶めいた台詞や色のある仕草をすることは多かったように思うから、"ゲームスタッフ"の揺るぎない趣味嗜好がしっかりと根付いている。

もっとも、"2"の"対象者"たちは全体的に手が早いと言っても、シオンのように無理矢理…、というような強引さがないことだけは救いではあるのだけれど。

「…なに言ってんだよ、アンタは」

「…シャノン」

今までずっと頬杖をついた格好で二人の勝負を見守っていたシャノンがギルバートへと軽蔑の眼差しを向け、アラスターの駒へ手を伸ばす。

「チェックメイト」

「えっ、マジで!?」

「アンタがバカなこと言ってるからだ」

注意力散漫だな、と皮肉るシャノンに、「お前、いいトコだけ持っていくなよ…」とアラスターが項垂(うなだ)れる。

なんとなくその遣り取りが可愛くて思わずくすくす笑みを溢しながら、やっぱりこの三人はこんな関係が素敵だなぁ…、と思ってしまう。

"ゲーム"でも、じゃれあう三人のちょっとした日常の一部はとても好評だった。

「…アンタが無理する必要はないと思うぞ?」

「え?」

「そーそー。また別のチャンスが舞い込んでくるかもしれないし」

俺、運はいい方だし。とウィンクと共に無駄な愛想を振り撒くアラスターは、こんなところでも"学校一の人気者キャラ"を遺憾なく発揮している。

気乗りしなそうなシャノンの態度は、本当にやらなくていいならばやらなくていいと思っているのだろう。「面白そう」という理由で好奇心から怪盗団に加わったアラスターと違い、シャノンは元々とても真面目だ。こんなことでもない限り、犯罪(・・)に手を出すことはなかっただろう。

「…でも、それしか方法がないなら…」

悠長に次のチャンスを待っている余裕もない。チャンスがあるとも限らない。"ゲーム"の期間は一年間。その頃にはもう、"ゲーム"の中の妖精界は滅びる一歩手前だった。できるならば、もっと早くに救いたい。

「え?色仕掛けって話?」

「!そんなわけないでしょ…っ!」

わかっているだろうにいちいちからかうように向けられるその瞳とニヤつく唇が憎らしい。

本来これらのセクハラ言動はシャノンに向けられていたはずで、それを冷たくあしらうシャノンの構図が"ファン"の心をもどかしくさせていたのだが、自分が動いてしまったことによる悪影響がこんなところに出てしまったのかと、アリアは大いに反省する。

("神エンド"が見たいのに…っ!)

悲劇を回避することは最優先事項だが、アリアの望みは記憶(・・)を得た時から一環して変わらない。

そんなこんなと自分の世界に行っていたアリアは、

「イグニス家は"火"を司る家系だよな」

と、不意に向けられたギルバートの真面目な瞳にはっと我に返ると、きゅっと唇を噛み締めていた。

「…それもまた心配なのだけれど…」

なんだ?と視線だけで先を促してくるギルバートへと、アリアは困ったように眉を寄せる。

「…私、火属性の魔法は相性が悪くて」

宝玉を手にする為の"試練"は、"ゲーム"通りだとするならば、ウェントゥス家の時と同じようなものだ。業火の炎を己の"火魔法"で押さえ込む。だが、残念ながらアリアにそこまでの"火"の魔法力はない。"水"属性のアリアは、隣り合う"風"と"土"との相性はいいけれど、"火"は完全に真逆の属性だ。

"ゲーム"の中ではギルバートが普通に"試練"をクリアしていたが、この"現実"ではどうなるのだろう。

「オレは元々火属性だ」

後天的に手にする闇魔法は特殊な為、今のギルバートは闇属性が強いはずだが、元々は火属性だった。それでどうにかなるだろうかと眉を潜めるギルバートへと、アラスターもまた顔を上げる。

「あ。俺も」

もう一勝負だとチェスの駒を初期位置へと戻しながら、ギルバートがシャノンへと視線を向ける。

「お前は?」

「俺は風」

元々愛想も口数も少ないシャノンは、親切にも駒並べを手伝ってやりながら、ギルバートへ顔も向けずに淡々と口にする。

人付き合いを苦手とするシャノンが、それでもこうしてギルバートと同じ時間を過ごしているのは、とてもいい傾向だと思う。

アリアの感情と記憶を不意打ちで()んでしまったシャノンだが、その中身はギルバートとZEROが同一人物であるという真実と、アリアが罪悪感に苛まれているという負の感情くらいのものだったというから、ギルバートの過去にシャノンが触れるのはまだ先のことだろう。

自ら人の心を暴こうとはしないシャノンがギルバートの心の傷に気づくのは、"ゲーム"でもかなり後半の出来事だった。

「…とはいえ、苦手だっていうアンタと同レベルか、下手すりゃそれより下じゃないか?」

本当に大丈夫か?とアリアとギルバートを交互に眺めるアラスターは、疑うように顔を潜ませる。

そもそも魔法力の基礎値が公爵家のアリアと子爵家のアラスターでは違う為、アリアの"苦手"は一般的な物差しで測ればレベルが違う。三人で協力してなんとかなるものなのかとギルバートを窺って、アラスターは厳しい目を向けていた。

「…絶対に失敗はできないんだ。少しでも不安が残るなら見送った方がいい」

それは、冷静な判断だろう。

だが。

『…最悪俺様が捥ぎ取ってやる』

やはり寝たふりで耳だけはこちらの会話に傾けていたらしいアルカナが体を起こし、アラスターへと鋭い目を向ける。

「それじゃあ決まりだな」

心配無用だってよ。と、おどけたように肩を竦めてみせたギルバートは、「ところで」と、ふと真剣な顔つきになる。

「捜査の手はどこまで伸びている?」

アリアへと真っ直ぐ向けられた、研ぎ澄まされた双眸。

確かにそれは最重要確認事項で、議会の参加を防がれているアリアは、申し訳なさそうにふるふると首を横に振る。

「…その辺は全然わからないの」

「できれば状況を知りたい。アンタの一番の役目はそれだ」

「…そう、よね……」

シオンは、進行状況をアリアになにも話さない。守秘義務があるというのも理由の一つだろうが、アリアが議会の場に引き摺り出されないようにしていることからも、アリアを心配してのことだろうと思われる。

シオンは、アリアを信用していない(・・・・・・・)

またなにをやらかす気かと厳しい瞳が自分の一挙一動を観察しているのがわかる。

「今さら怖気づいたなんて言うなよ?」

「…その辺りは信用して」

確認のように向けられる疑問符に無理矢理作った微笑みを浮かべれば、なにかを察したらしいシャノンの表情が僅かに潜められた。

「んじゃ、今日は解散な」

お役目後免だとアリアにひらひらと手を振りながら、ギルバートはいつの間にか始まっていたアラスターとの再戦を止めるつもりはなさそうだった。

これも"ゲーム"の強制力か、いつの間にか仲良くなっている二人の様子を眺めるアリアへと、シャノンの物言いたげな視線が向けられていた。

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