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act.5-6 Blessing of the Muse

ルイスの案内でやってきた、国賓の中の一人だと思われる、鼻の下に白いちょび髭を生やしたダンディーな男性は、興奮冷めやらぬ様子でノアへと先ほどの演奏への感動を口にしていた。

とても素晴らしかった。気に入った。と。

そうノアの手を取って感動を伝える男性は、ルイスの言っていた「音楽好きな」来賓だろうか。

そんな男性の様子に、いつも厳しい瞳ばかりのルイスも、ほんの少しだけ満足そうな空気を醸し出している。

そして。

「…え?」

もう一度、なにか弾いてくれないか、と告げられた言葉に、ノアは驚いたように目を見張る。

けれどすぐになにか考え込むかのような仕草を見せ、ノアは窺うような瞳を男性へと返していた。

「…オレ…、私の作った、オリジナル曲でもいいですか?」

それは素晴らしい!むしろ喜んで!と期待の目を向ける男性に、ノアはその遣り取りを見つめていたアリアの方へと振り向いた。

「アリア」

「え?」

「これ。この前弾いて貰ったヤツ。弾いてくんない?」

突然渡された譜面は、確かに先日山ほど弾かされたノア作曲の楽曲の中の一つではあったものの、無茶とも言える突然のその要望に、アリアは驚愕に目を見張る。

「私っ?」

「間違えてもちゃんとサポートするから」

そんなことを言われても、この場ですぐに上手く弾ける自信などない。

しかも、音楽好きだという耳の肥えた来賓を前にして。

「コレ、元々ピアノ二台の二重奏用の曲なんだ」

楽曲としては珍しい、二台のピアノで奏でる曲。

持ち歩いているのか、先日のロールピアノを広げてアリアをその前へと促してくるノアへと、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。

こちらのご令嬢も弾かれるのですか?それは楽しみだ、素晴らしい!などと期待の眼差しを向けられて、ただただ戸惑うばかりだ。

それでも。

「ほら、早く」

アリアがピアノを弾けることに驚きを見せるシオンとルイスの反応などお構い無しで、ノアはアリアをせっついてくる。

「…どうなっても知らないわよ?」

渋々と、諦めて伸ばした指先に、ノアの酷く満足そうな笑みが向けられる。

「上等」

そうしてピアノ二台で奏でられた楽曲は。

男性から「素晴らしい!」の繰り返しの大絶賛を貰うことに成功していた。





*****





無言で歩くシオンに引っ張られるようにして物陰へと引き込まれたアリアは、思いの外力強い腕の拘束に少しだけ顔をしかめていた。

「シオン…ッ、どうし…、ん…っ」

頭一つ分以上高いシオンの顔を見上げた瞬間。開きかけた唇を塞がれて、アリアは反射的に目を閉じる。

「もういいだろう?」

「なにが…っ、んぅ…っ」

角度を変えて落ちてきた口づけは、すぐにアリアの唇を割ってシオンの熱が入り込んでくる。

「ん…っ、シオ……ッ」

まるで、欲望全てをぶつけてくるような口づけに、呼吸の仕方すらわからなくなって、酸欠の苦しみに涙が滲む。

「…ふ……っ」

深く、深く。

奥まで入り込まれて全身から力が抜けていく。

「…お前は、オレのものだな?」

「…シオ…、んん…っ」

焦燥さえ滲むその低い声色は、なぜかアリアの身体を震わせる。

それは、決して恐れではなく。

鋭いその瞳に捉えられて逃げられなくなってしまう。

「ここでこれ以上のことをされたくなかったら、大人しく受け入れろ」

いっそ苦しいほどの口づけは、いとも簡単にアリアの抵抗を奪い取り、気づけば縋るようにその背中へと細い腕が伸ばされる。

「…シオ…ッ」

腰から下が力が抜けて、上手く立っていられない。

それを支えるようにシオンの腕がアリアの細腰を掻き抱き、アリアは必死にシオンの唇を受け止めていた。



「…アリア?」

不意に消えた少女の姿を求めていたノアは、視線の先にある物陰から少女の小さな声が響いた気がして、その奥を覗き込んでいた。

「アリ…」

こんなところに、と続くはずだった言の葉は、喉の奥へと呑み込まれる。

「……ッ」

少女は、婚約者といた。

しかも。

「ん…っ、シオ…」

キスを、していた。

否、している、というよりも、それは、されている、という表現の方が正しいような。

「シオ、ン…」

ままならない呼吸で言葉を紡ぐ少女の唇を再び塞ぎ、その男の目が。

「ーーっ!」

ほんの一瞬。

チラ、と、呆然と佇むノアの方へと向けられる。

「…アリア…」

けれどその視線は、今の一瞬の出来事が気のせいだったのではないかと思ってしまうくらい他人の気配を綺麗に消し去って。

「シオ…ッ、も、ぅ…っ」

背中に回された少女の腕へ、縋るような力が込められる。

男は、完全にノアの存在に気づいている。

気づいていて。

「離さない」

「んん…っ」

婚約者からの口づけを、必死に受け止めようとする少女のどこか甘やかな吐息が耳に届く。

それを振り切るように踵を返し、ノアはその場から立ち去っていた。


「……ギルバートが言ってた通りだな」

一瞬だけ自分の姿を捉えて戻された男の視線に、ノアは誰に言うでもなく一人呟く。

完全に見せつけているそれは、他者への牽制に他ならない。

「マジで厄介」

くすっ、とどこか挑発的な苦笑を洩らし、ノアは空を仰いでいた。

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