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女子会 ~花の命は短くて~

 春の息吹に色とりどりの花が咲き綻び始めた頃。

 アリアは、持参した大きなバスケットの中から昼食の準備をしていた。

 ここ最近週一ペースになりつつある、ソルム家の研究室(ラボ)の一角でのリリアンとのお茶会。

 魔力提供を申し出てから、ソルム家の研究室(はなれ)への出入りは自由にしていいと言われているのだが、他家へ入り浸るなど外聞を考えるとそうもいかず、なぜか毎回リリアンとのお茶会をソルム家でする、というギリギリの体裁を立てていた。

 アリアの都合で好きに来て貰って構わないとは言われているものの、リリアンの都合も聞き、毎回連絡をしてから足を運んでいる。

 シオンが来るかどうかはその時次第だが、それにも関わらず毎回付き合ってくれるリリアンは、会えるかもしれないという一縷の望みをかけているのだろうから、シオンを出汁に使っているようで本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

 本日は今のところシオンが現れる気配はない。

 リリアンはつまらなそうに頬杖をつきながら、足をぶらぶらとさせていた。

「……アリア様って、一体なにがしたいんですか?」

 今日はお昼近い時間に顔を出し、すでに二回ほど魔力提供をした後だ。今は休息がてらお昼を取って、少し休んだらまた何度かMPポーション作りの手伝いをしようと思っていた。

「なに、って……」

 ここにくるまでずっと近くで話を聞いていたはずが、リリアンにはあまり興味のないことらしい。恐らく話半分以下の理解しかしていないであろうリリアンは、いっそはっきりしすぎていて苦笑(わら)ってしまう。

 シオンも関わっていることなので、深く考えることなくリリアンも毎度魔力提供してくれているのだが、一体これがなにになるのか理解はできないらしかった。

「シオン様のためとかでもなさそうですし……」

 恋する乙女の思考回路は、いつだって好きな人のことでいっぱいだ。

 じとっ、と見つめられる視線に、アリアは内心で乾いた笑みを溢しながら、表面上はなんとも困った顔を浮かばせる。

(したいことはシオンの今後の恋の応援なんだけど……)

 最終的には、周りの美少年たちのカップリング作りが目標です、などとは口が裂けても話せない。

 今後起こるかもしれない流行り病対策も、アリアが今いろいろとしていることも、全てはその目的のための一過程でしかないなんて。

「どうぞ」

 ピクニック気分でチェックのランチョンマットの上へ軽食とお茶を並べ、アリアもリリアンの前へ腰かける。

 今日のお昼は、なんと念願のおにぎりだ。

(シオンには本当に感謝だわ……)

 お米の形状を伝えたところ、それらしきものを見つけたとサンプル品を届けてくれたのはつい先日のことだった。

(本当にあるなんてね……)

 ある可能性は高いと思っていたけれど、これほど早く手に入るとは思わなかった。サンプル品ということであまり量はなかったものの、アリアはさっそくその日のうちにるんるん気分で久しぶりの白米へ舌鼓を打っていた。

(これからは定期的に手に入るようにお願いしようっと)

 今日のこれが最後の白米だ。見たことのない形状の食べ物へと恐る恐る口を運ぶリリアンを視界の端に捉えながら、アリアもまた一口それを口にしていた。

(やっぱり日本人は白米よね……!)

 口の中に広がる懐かしい味に、じーん、と感涙してしまう。

 と。

「……なんですか、これ……!」

 美味しい……と呟いて目を白黒させるリリアンに、アリアは思わず口許を緩ませて笑ってしまう。

 提供された昼食(おにぎり)を、始めは不審そうに眺めていたリリアンだが、一言、シオンも割りと気に入っていると話したら食べる気になっていた。

「だから、おにぎりよ。お米を握って塩をかけて海苔を巻いただけの簡単なものだけれどね」

 中身は今回鮭だけだ。焼き魚としてではなく、主にムニエル用に流通している魚を使って作ってみた。できれば梅干しや昆布などが欲しいところであるが、現状無理なのでこれで我慢するしかないだろう。

 これだって充分な日本の伝統御飯だ。

 ちなみに、すでにお米の情報を仕入れて来てくれたシオンにはこのおにぎりと同じものを提供済みだったりする。無表情ながらも予想通り気に入ってくれた模様で、アリアが思わず心の中でガッツポーズを作ってしまったことは内緒だ。ゲームスタッフの悪戯描き設定も侮れないとは恐ろしい。

 そしてそんなシオンがまたなにか考えている風だったのが、今のアリアには少し恐かった。

(またなにを考えているのかしら……)

「大体アリア様って、シオン様のことそんなに好きじゃないですよね?」

「……えっ……?」

 ふいに溜め息を漏らしたリリアンからじとりとした視線を向けられて、アリアは急な質問のその意味を考えあぐねて目をぱちぱち瞬かせる。

「……えっと……?」

 それはどういう……?

 どう答えたものかと困惑しつつリリアンの反応を伺えば、リリアンは机を叩く勢いで己の気持ちを主張していた。

「絶対私の方が好きです!」

 拳を握り締めて主張するリリアンの幻影が見えた気がして、アリアは「それは確かに」と心の中で納得する。

「それなのに、なんでこんな人と毎週お茶会なんて……」

 しみじみと漏らされるリリアンのその呟きには、もう苦笑いするしかない。

 好きな人(シオン)の婚約者に自分のことを邪魔にされないのはいいとしても、あのシオンの婚約者になっておきながら、あんなに素敵なシオンを好きにならないのはそれはそれで腹立たしいという、なんとも複雑な乙女心。

 それがわかって、アリアは困った笑みを浮かべる。

「家同士の政略的なものだもの。それはリリアン様だって理解しているのでしょう……?」

 上位貴族であればあるほど、思い通りの婚姻など望めない。

 アリアの両親が珍しいだけで、大抵親の選んだ相手と婚約させられるのが通例だ。

「リリアン様だって、そういうお話は来ているんじゃないの?」

「……そうですけど……」

 それでもシオンを諦め切れずに色々と理由をつけてはのらりくらりと婚約話を遣り過ごしているらしい。

 リリアンの家柄からすれば、シオンと結婚できれば爵位が上がることになるので、もし娘の想いが届いたならば、それは大喜びで祝福するに違いない。けれど、その想い人(シオン)の相手がアリアに決まってしまった時点で諦めるしかない。

 それでもまだ、今のところは想い人の婚約が決まって落ち込んでいるであろう娘の気持ちを鑑みて、しばらく見守っておこうという親心だろうか。

「大体アリア様なんて引く手あまたなのに、なんでよりによってシオン様なんですか……」

 好きじゃないくせに……

 受け取り様によっては、身分の下の者から上の者への失礼な態度を連発させて、リリアンは気にする様子もない。アリアも特に咎めるつもりもないから、リリアンもそれをわかっての発言なのだろうけれど。

「……リリアン様……」

 ぶつぶつと愚痴を洩らすリリアンには、もう苦笑するしかない。

 アリアは王家の血を色濃く引く令嬢だ。現国王の第一正妃が唯一生んだ姫の娘。王家を除けば一番身分が高い女性であり、考え方によっては、妾腹の王子王女たちよりも血筋は確かなものだろう。貴族の子息であれば誰もが妻にと望む公爵令嬢。

 そんな令嬢が相手では、誰だって手は出せないし、文句の言い様もない。公爵家同士の婚姻であれば、誰からの反対も出ないだろう。

 そういった意味では、アリアを息子の婚約者にすることができたウェントゥス公爵の手腕が相当なものだったと言えるのかもしれない。敏腕だという噂は確かなのだろう。

「……そういえばリリアン様って、いつからシオンと知り合いなの?」

 以前から少し気になっていたことを、この際だからと尋ねてみることにする。

 社交界デビュー前の男女が出会う機会はあまりないと言っていい。親同士が友人同士であるなどという、アリアとセオドアのような幼馴染み感覚以外は、家をあまり出ない令嬢にとって出逢いは希少だ。

 そういう意味では、セオドアが婚約者になっても不思議ではなかったことに気づいて、アリアはよほどウェントゥス公爵の根回しが優れていたのだなと改めて感心する。

「小さい頃に一度だけ、お父様に連れられてシオン様のお屋敷に行く機会があったんです……」

 その時に一目惚れをし、以来、会えるかもしれない情報を聞きつけては行動に移っていたらしい。

「すごいわね……」

「まぁ、そんな努力、無駄でしたけど」

 それは、あっさり別の女(アリア)が婚約者に決まってしまったことか、それとも、現状シオンに全く相手にされていないことに対する不満だろうか。

「私、まだ諦めてませんからねっ?」

 堂々と宣戦布告してくるリリアンには、もう返す言葉も見つからない。

(まぁ、そうでしょうね……)

 "ゲーム"でも、リリアンは婚約者の存在など無視して主人公とシオンの間に割って入っては自分の気持ちを主張していた。そしてそれは、話の最後まで変わることはなかったのだから。

「だからアリア様は友人ではなくて恋敵(ライバル)です!」

「……リリアン様……」

 そんなことを言われても困ってしまう。

 リリアンの本当の恋敵は、アリアではなく、主人公だ。

(応援するわ、なんて言えるはずもないし……)

 今のアリアに言われれば嫌味とも取られかれないし、そもそもアリアは「シオン×主人公」を間近で楽しむべく動いている。どちらにせよ応援などできるはずもない。

(どちらにしても報われないわよね……)

 妹のいないアリアはなんとなく妹を思う姉のような気持ちになって、遠い空を眺めやる。

 空は高く、雲が流れ、心地の良い午後の休息だった。

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