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act.5-5 Blessing of the Muse

足早にその場から消えていった四人の影を見送って、ロイは悔しげに唇を噛み締めていた。

その顔を横からみつめ、シャノンもまたなにか意を決したように拳を握り締める。

少女が、彼へと向けた鋭い視線。

初対面の人間を、少女がそんな瞳で見ることなどありえない。

その時シャノンが感じたのは、苛立ちと焦燥と、そして後悔。

それが、一体なにを意味するのか。

「…シャノン?」

一歩前へと進み出したシャノンへと、アラスターの不思議そうな呼び声がかけられる。

「…ちょっとすみません」

訝しげに振り向いた少年へと、シャノンはゆっくり手を伸ばす。

「…ゴミ、ついてますよ」

なにもない肩口へと触れて、シャノンは意識を集中させる。

「ーーっ!」

「シャノンッ?」

シャノンの取ったその行為の意味を察したアラスターから、驚愕と咎めの込められた小さな声が上がった。

「…それはどうも?」

「いえ…」

どことなく不遜な態度で礼を口にして、それからシャノンたちへと背を向けて歩いていくその姿をみつめてシャノンは大きく息をつく。

「シャノンッ?一体なにを…」

はぁ、と呼吸を整える幼馴染みの背中を宥めるように擦りながら、アラスターはその顔を覗き込む。

恐らく、能力(ちから)を使ったであろうシャノンの顔色はあまり良くはない。

けれど。

「…アラスター」

一つ大きく息を吐き、向けられた瞳の奥は強い光を宿していた。

「ちょっといいか?」

それは、シャノンが動くことを決めた瞬間だった。





*****





奏でられるピアノの生演奏に身を任せ、とても嬉しそうにドレスの裾を翻す愛しの少女に、シオンはなんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。

ピアノの音色に耳を傾けるアリアの顔は、なんだかとても幸せそうで。

思わず、音にならない舌打ちをしそうになってしまう。

「ありがとう」

向けられる微笑みはとても綺麗で、その笑顔にシオンは思わず眉を寄せる。

「…なにがだ」

「協力してくれて」

協力、というのは、ノアがピアノを練習するに当たって魔法を行使したことだろう。

「…あんなもの、たいしたことじゃない」

許された一時間という時間を使い切ることなく超難度曲を完成形にまで仕上げたノアへと、シオンはチラリと視線を投げる。

彼の身になにがあったのか、シオンには推測することしかできないけれど。

けれど多分、自分の憶測は間違っていない。

そして、目の前の少女はそれを知っていたから。

だから、いつもと同じように手を伸ばす。

なんの迷いも疑いもなく。ただ真っ直ぐに救いの手を。

「…お前は、本当に…」

「え?」

溜め息の先はピアノの音色に溶けて消えた。

愛しい少女が望むから。だから自分は、そこにほんの少し手を加えただけに過ぎない。

いつもすぐに駆けていってしまう少女を、どうしたら手元に繋ぎ止めて置けるのだろうと、そればかりを考える。

「…アリア」

小さな呼びかけに顔を上げるその瞳はシオンを疑うことをしない。

「キスしたい」

「……!?」

もちろんこんなところでできるはずもないから、その台詞はただの欲望の捌け口でしかない。

誰からの文句もなく少女に口付ることのできる特権は、婚約者である自分だけのもの。

耳元での欲望の吐露に真っ赤になったまま華麗な舞いを見せるアリアを見下ろして、シオンはくすりという笑みを漏らしていた。





*****





楽団の生演奏は大成功を収め、来賓たちもほとんどパーティー会場を後にしたその裏舞台。

シャノンとアラスターに連れられるような形で、ロイがノアの元へと足を運んでいた。

「ちょっといいか?」

ノアへと真っ直ぐ向けられたシャノンの瞳。

ノアの激励に控え室まで来ていたアリアとシオンもまた、その澄んだ声に振り返る。

(…これって……!)

どこかで記憶(・・)にある光景。

シャノンとアラスターに促されるように現れたロイの姿に、アリアは小さく目を見張る。

見た覚えのある(・・・・・・・)この、一場面は。

「……ノア」

俯いて、ロイはとても重たい口を開いていく。

「…全部、オレのせいなんだ」

(…やっぱり……!)

"ゲーム"の流れとは違うけれど、これは、ロイがノアに全てを告げる懺悔のシーン。

「…お前に勝つために。オレが、全部仕組んだ」

二度とピアノが弾けなくなるほど追い込むつもりはなかった。

ただ、一度だけ。たった一度でいいから、コンクールでノアの上に立つ為に。

周りから白い目で見られるプレッシャーから、演奏を失敗してしまえばいいと、酷く愚かで単純な悪事だった。

それなのに。

「…怪我をしたのも自演自作で、犯人がお前だという噂が流れるように仕込んだのも、全部オレだ」

まさかピアノが弾けなくなるほど追い詰められるとは思わなくて。けれど、ちょうどいい、と、そう(くら)い想いに囚われたまま過ごしていたことも事実。

もう、自分を脅かす存在はいないのだと、酷くほっとした。

「…ずっと、お前が羨ましかった。音楽を、純粋に好きだと思っているその姿が」

今まで自分が抱えてきた苦悩を吐露するロイのその姿に、アリアは「え?」と目を見張る。

ノアが追い詰められた背景に潜んでいた真実に気づき、シャノンがそれを解き明かす。それは"ゲーム"の流れ通り。

けれど、ロイ自身(・・・・)の苦しみを吐き出す場面など、"ゲーム"にはなかった。

ロイは、あくまでノアの敵役で、"ゲーム"の中に登場する"悪役"の一人にしか過ぎなかった。

それは、そうかもしれない。"ゲーム"の中で、シャノンは直接ロイには関わっていない。"ゲーム"の中でシャノンが触れたのは、ノアの深層心理と残留思念だったのだから。

それを、この"現実"でのシャノンは。



シャノンが()ロイの(・・・)苦しみは。

常に"完璧"と"トップに立つ"ことを求められる苦しみ。


ーー『どうして年下のあの子に勝てないの』

ーー『お前は由緒正しいこの家の人間だ。それが、どうしてあんな子に負ける』

ーー『もっと正確に!もっと完璧に!』

ーー『次こそ、勝てるよな?』


トップでいることが当たり前だったロイ以外の家族。

なぜお前はできないのだと、自分に向けられる瞳はいつも冷たく厳しいもの。

トップに立てなければ意味はない。

この家の落ちこぼれ。


ーー『恥さらしだ…!』


次こそは。

次こそは、ノアの上に。

トップに、立たなければ。



「…オレはそんなこと、思ったことなかったから」

音楽を奏でることが楽しいことだなんて思ったことはない。

いつだって求められるのは、音譜を正確に音にすることとトップに立つこと。

その苦しみに負けて、ライバルを引き摺り落とすという安易な方法に出てしまった。

なぜ、自分はピアノを弾いているのか。そんなことさえもはやわからない。

「…もーいーよ」

今にも壊れそうに懺悔の気持ちを言葉にするライバルへと、ノアは小さく苦笑する。

あぁ、同じだ、と、そう思った。

彼は、もう一人の自分。

もう少しで、自分も同じように堕ちるところだった。

自分も、"楽しい"という気持ちを忘れかけていた。

それを、思い出させてくれたのは。

「弾けないことは苦しかったけど、でも、むしろこの期間は良かったと思ってる」

弾きたい。

楽しい。

自分は、ピアノが好きだ。

だから、ここにいる。

子供の頃のような純粋な想いを思い出すことができたから。

「オレは、自分のプレッシャーに負けただけだ。お前のせいじゃない」

一緒に高みを目指そうと、ノアは唯一無二のライバル(・・・・)へと手を差し出す。

「……ノア……」

それは、ノアだけでなく、"敵役"でしかなかったロイすら救われた瞬間。

きっと、ロイは。

この先、ノアと、本当の意味でのライバルになるに違いない。





「…さすがシャノンね」

とうとう泣き出してしまったロイを宥めるようにその肩へと手を置くノアの姿を眺めながら、アリアはひっそりとシャノンの隣で微笑(わら)いかけた。

真実に辿り着くだけでなく、さらにその奥にあるものまで。

悪役(ロイ)までをも救ってしまった。

「きっかけはアンタだけどな」

肩を竦め、シャノンはなんてことはないように吐息を漏らす。

そんなシャノンを、アリアとは反対側からみつめるアラスターもまた、穏やかな表情をしていた。

「シャノンだからできたのよ」

ノアへと泣き笑うロイの姿を視界の端に捉えながら、アリアは少しだけ自分の安直さを反省する。

「…私だったら、ノアを救うことしかできなかったもの」

ロイは、ただの"悪役"だという先入観。ロイ個人を見ることもなく、それが"ゲーム"設定だからと、安直にそう捉えてしまっていたことが恥ずかしい。

もしかしたら、今までの"悪役"たちにも、それぞれ壊れてしまうまでに至った苦しみや事情があったのかもしれないと思うほど。

シャノンであれば、そんな彼らさえ救えたのだろうか。

「やっぱりシャノンはすごいわね」

アリアの純粋なその微笑みに、シャノンは僅かに目を見張り、アラスターはそんな幼馴染みを誇りに思うような笑みを浮かべていた。

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