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act.5-1 Blessing of the Muse

ノアの家族は音楽一家だが、由緒ある音楽家というわけではない。

「好き」という気持ちで音楽に触れ、「楽しい」という想いを音に乗せる。

型に囚われることなく、自分の感覚を大切に。

孤高の高みを目指すことよりも、親しい仲間たちと音楽を楽しむ。そんな家庭。

けれど生まれた時から音楽に触れて育ったノアには、天から与えられた才があった。

その才能が、周りからの嫉妬を生んだ。


ノアには一人、ライバルとも言える存在がいた。

彼の家はノアとは真逆で、代々続く由緒正しい音楽一家。

一方的にノアを敵対視していた彼は、ノアと優勝争いをしていたとあるコンクールの直前に、事故で手に怪我を負わされてしまう。

そして、彼にその怪我を負わせたその犯人が。なぜかノアだと噂されるようになる。

この世界には治癒魔法がある。コンクール直前に負った怪我とはいえ、コンクールが行われた時には手は完治して、彼は「証拠もないのに"自分のライバル(ノア)"を犯人と決めつけるのはよくない」と完璧な演奏をしてみせる。

ーー本当は、自作自演の事故だというにも関わらず。

そんな彼の姿に称賛が送られる一方で、ノアは周りの人間たちから白い目で見られるようになる。

ちょうどその頃、ほんの少しのスランプを感じていたノアに、その事件は重くのしかかった。

コンクールで、ピアノの前に座った瞬間。

ノアは、指が動かないことに目の前が真っ暗になるのだった。





*****





「アリアちゃん、ちょっといいかしら?」

「…お母様?」

軽いノックの後に顔を覗かせた母親に、アリアはコトリと小首を傾げていた。

「ちょっと、お願いがあるのだけれど」

「"お願い"?」

少しだけ困ったように微笑む母親は、四人の子を持つ母とは思えないほど可愛らしい。そんな母親からの"おねだり"には、この家の誰も逆らえない。

「この前、『椿姫』を見に行ったでしょう?」

首を傾げて窺ってくる母親に、アリアは「はい」とそれがどうしたのかと瞳を瞬かせる。

「今度そこでコンサートがあるのだけれど、私の代わりに花束を届けて貰えないかしら?」

どうやら懇意にしている友人が手掛けるコンサートらしく、代理を立てるにも使用人というわけにもいかないらしい。

アリアの母親本人は、それ以上に優先させなければならないどうしても外せない用事がある為、こうして娘であるアリアに声をかけてきたのだ。

「あの、オペラ会場…」

「そうなのよ」

駄目かしら?と顔の前で両手を合わせ、困ったように眉根を引き下げる母親に、アリアはくすりと笑みを溢す。

もしかしたら、ピアノはあのまま置いてあるだろうか。

「わかりました」

「助かるわ」

ありがとう。と、ほっとした笑顔を浮かべる母親に、アリアもまた母娘(ははこ)で似たような微笑みを返していた。



花束を届けるのは本番前日ということで、忙しい様子を見せていた母親の知り合いへと手短に挨拶を済ませると、アリアは例のピアノが置いてあった部屋へと向かっていた。

最終リハーサルで貸し切り状態の館内はほとんど人影もなく、まるで忍び込むかのように足を踏み入れた室内。

前回と同じように、そこにはグランドピアノが鎮座していて、別段それに触れたからといって大した咎めは受けないだろうとは思うものの、アリアはきょろきょろと挙動不審に周りに誰もいないことを確認するとピアノへと手を伸ばしていた。

今日まで時々、イメージトレーニングだけはしていた。けれど本物に触れるとなると勝手が違う。

おずおずと鍵盤に手を乗せて。

(…なかなかいいんじゃない…?)

それなりに思い通りに弾けた楽曲に、思わず気分が上がってしまう。

どうせなら他の曲も…、などと調子に乗りかけ、楽譜もなく記憶(・・)だけを頼りに弾ける曲などないことに気づかされる。

(…あ…っ!でも、これなら…っ!)

ふと記憶に甦った、唯一弾けるかもしれない超有名曲。

楽曲のテンポそのままに楽しく鍵盤を叩いていたアリアだが、


「…なんだその曲」


変な曲。と、前回とまるで同じに割って入ってきたその声色に、アリアは驚きのままその声の方へと勢いよく振り向いていた。

「…ノア」

どうしてここに?と手を止めたアリアの元へ、ノアはつかつかと近寄ってくる。

「…今度のコンクールのことでちょっと、な」

苦笑いで誤魔化されたその用事が、実はコンクール参加辞退の手続きに来ていたことなどアリアには知るよしもない。

「おかしな曲が聞こえてくるかと思ったら、またアンタかよ」

耳のいいノアには、微かなピアノ音も届いてしまう。その音に耳を傾ければなんとも妙な楽曲で、好奇心から誘われるようにこの場に来てしまったとしても、根っからの音楽家であるノアにとってそれは当然の行動だった。

「なんだよ、その曲」

あの時(・・・)の部屋を覗いてみれば、驚くことにあの時(・・・)と同じ光景があって。

なんだか楽しそうにピアノへ向かう少女へと、思わずからかってやりたい気分にさせられていた。

「…え、と…?…『猫ふんじゃった』?」

「『猫ふんじゃった』?」

"この世界"にもこの楽曲は存在するのだろうかと首を捻ってみせたアリアに、アリアの心配通り「アンタのオリジナル?」と疑問符を投げ掛けられて、アリアはやはりこの超有名曲(・・・・)は"この世界"にはないらしいことを知る。

「さすがアンタが作った曲だな。すげー笑える」

半分以上嫌味に違いない声色で可笑しそうに笑うノアに、アリアは心中、それは本来の作曲者に失礼だと乾いた笑みを溢してしまう。

それは、基本的にクラシカルな音楽を弾いているノアからすれば、理解できない楽曲かもしれないけれど。

「明るくて楽しい曲でしょっ」

「マジウケる」

反発心から再度「猫ふんじゃった」を弾いてみせるアリアの左隣に立ち、ノアは酷く楽しそうに笑う。

テンポのいいこの曲は、"あちらの世界"では誰もが知る、とても楽しい子供向けの歌の代表作だ。

「へー?」

アリアの指の動きを目で追って、音を耳したノアは、たった一度聞いただけにも関わらず、自らもアリアの隣で鍵盤へと手を伸ばす。

(…え…っ?)

ポン…ッ!と美しく響いた音色。

(弾けるの!?)

輪唱のように続けられた音の波に、アリアは驚きに目を見張る。

アリアが"ゲーム"で知るノアは、この時点でピアノが弾けなくなっているはずだった。

(…"シナリオ"が変わってるの…?)

いろいろとアリアが動いた結果、間接的にでもこの"現実"で"ゲーム"のような出来事が起こることがなくなっていたのだろうかと、アリアは嬉しい誤算に口元が緩みそうになってしまう。

もしかしたらこれから起こる(・・・・・・・)という可能性もあるにはあるが、それならば今後そうならないように(・・・・・・・・・)気をつければ一番いい。

「こっちの方がいいな」

そして、不意にアレンジまで始めたノアの技巧に、アリアは思わず手を止めてその音に聞き入ってしまう。

「…凄い……」

「なに言って…」

んだよ。と言いかけたノアは、自らも驚いたように鍵盤から手を離し、

「…え…?」

なぜか、愕然と自分の手をまじまじみつめて時を止める。

「え?」

どうしたの?と、ぱちぱちと目を瞬かせて首を傾げるアリアの顔を呆然とみつめ返し、ノアはゆっくりとその手を握り混む。

「…いや、なんでもない…」

「?」

そんなノアに、アリアはきょとん、と目を丸くして、それから淡い微笑みを浮かべると思わず口を開いていた。

「ノアは作曲とかしないの?」

「…作曲?」

「今の、すごく良かったから」

"天才ピアニスト"が奏でる音楽はもちろん極上の音の響きに間違いないけれど、「猫ふんじゃった」を一瞬にしてアレンジしてみせたノアの別の才能に、アリアは「曲を作る側」としても後世に名を遺せるのではないかと思ってしまう。

特に、子供向けの音楽をたくさん作れば、いつか"あちらの世界"と同じように、歌を歌うことが幼児教育の一貫となる日も来るかもしれない。

「…アンタ用の練習曲でも作ってやろうか?」

「っ!」

ニヤリ、と笑われたソレは、完全にアリアをからかっている。

「またバカにして…っ!」

そうして頬を膨らませたアリアへと、ノアの楽しそうな高い笑い声が響いていた。

「猫ふんじゃった」は諸説あるようですが、50年以上昔に作られた作曲家不明の楽曲らしいです?

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