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羽根を休めて

「ん…」

「アリア?」

小さな身動(みじろ)ぎに、シオンはその顔を覗き込む。

馬車からシオンの部屋まで運び、その身体をソファへ横たえた時でさえ、アリアは深い眠りに落ちたままだった。

「…シ、オン……?」

ぼんやりとした瞳が辺りを彷徨い、少しずつシオンの顔を映し出す。

「…大丈夫か?」

低い問いかけに、「え?」と一瞬だけ理解不能だという表情を浮かばせて、それからアリアは自分が倒れたことを察して慌てて身を起こしかけていた。

「私…っ!」

「まだ寝てろ」

起き上がろうとするアリアの肩を押し返し、シオンはゆっくりとその身体を横たえる。

「迷惑かけてごめんなさい…」

途端所在なさげに俯くアリアの額へと手を伸ばし、シオンは一応の異常がないことを確認しつつもアリアへと窺いを立てていた。

「…医者を呼ぶか?」

「え…っ」

「倒れるなんてよほどだろう」

恐らく、アリアが眠っている間も医者を手配するかどうか悩んだのだろう。

少し力を込めれば折れそうに華奢な身体だが、案外アリアは健康面には問題なく、滅多に風邪もひくことのない丈夫な体をしている。

そんなアリアが倒れれば心配するのも当然で、アリアは慌てて否定の方向へと首を振っていた。

「ちっ、違うの…っ」

金色の長い髪をゆるゆると揺らし、アリアは一瞬口ごもる。

「た、ただの貧血……、だと…」

おも、ぅ…。と、今に消え入りそうな声色で、真っ赤になって羞恥に潤んだ瞳でシオンを見上げる。

もちろん精神的なものと寝不足もそこにはプラスされているけれど、主な原因はソレだろう。

「……あぁ」

シオンを見上げながらも手元のシーツで半分ほど顔を隠してしまうアリアの恥じらいを前にして、シオンはなにかを察したように納得の吐息を洩らす。

「っ!」

そして、シオンのその反応に、アリアは益々赤くなると言葉を失っていた。

「本当に大丈夫なのか?」

「…す、少し寝たしっ、もう大丈夫…っ」

覗き込んでくる瞳に反射的に上擦った言葉を返しながら、アリアはその言葉通りに少しすっきりしている頭を自覚する。

やはり、どんな時でも、睡眠は大事だと、そんなことを思ってしまう。

「…ならいいが」

男にはわからないしな。とあっさり呟いて小さく肩を落とすシオンの反応に、もうどうしていいのかわからない。

「~~っ!」

「恥ずかしがる必要はないだろう」

大切なことだろう?と、真っ赤になったアリアへと至極真面目な表情で手を伸ばし、シオンは柔らかな髪をさらりと掬う。

「お前には、いつかオレの子を生んで貰わないとだしな」

「…な…っ?」

余りにもあっさりと言われたその言葉の内容に、アリアはパクパクと声にならない言葉を洩らす。

アリアは、シオンの婚約者で。婚約しているということは、いつか結婚するということで。

そうなれば、公爵家の妻としてまず望まれるのは、後継者を生むことだ。

「アリア…」

「ん…」

ゆっくりと降りてきた唇に、触れるだけのキスをされ、アリアは驚きに目を見張る。

「シオン…ッ」

けれど、顔を逸らしかけたアリアへと、シオンは再度長い髪を静かに撫でると、くすりと笑みを洩らしていた。

「体調が悪いのに手を出すほど鬼畜じゃない」

そう言って頭や頬に触れてくる掌がとても優しくて、アリアは戸惑いを隠せない。

いつまでたっても自分に向けられる愛情が信じられなくて、本当にどうしたらいいのかわからなくなってしまう。

こんなに他人を甘やかすシオンを、アリアは"ゲーム"の中でも見たことがない。ーー尤も、"ゲーム"は一年間の話だから、その後のことはわからないけれど。

「もう少し眠るか?」

「…大丈夫」

ううん、と小さく首を振り、アリアは少しずつ身を起こす。

深い眠りに入っていたせいか、大分気分はすっきりしていた。

「それより、さっき買ってきた紅茶を淹れてみてもいい?」

「…体調が悪いんだろう」

暖かい物を口にして身体を落ち着かせたいと話すアリアに、シオンはそれならばなにか暖かいものを用意させると眉を寄せる。

「だいぶ良くなったから」

けれどそんなシオンの気遣いに、アリアが柔らかな笑みを向けば、シオンは「好きにしろ」と言いたげな小さな吐息を洩らしていた。





*****





アリアが、楽しそうに紅茶を淹れている。

鼻歌でも聞こえてきそうなその後ろ姿を眺めながら、少女の様子を聞こうとウェントゥス家を訪れていたユーリは、ぼそりと独り言を洩らしていた。

「…アリアがここに住んだらこんな感じなのかな」

普通、上流階級の令嬢は自らキッチンに立ったりはしないけれど、アリアならばこんな風にお菓子を作ったりお茶を淹れたりと、楽しいティータイムが待っているのかもしれない。

「…改装するか?」

ユーリの呟きを耳にしたシオンが、手元の本から顔を上げる。

シオンの部屋は、お茶を淹れる程度のことはできても、料理をするような設備は整っていない。

「お前が言うと冗談に聞こえない」

本気なのか冗談なのか、淡々とした口調からはシオンの本心は読み取れないが、ここへと入り浸るユーリの為に大きなソファを買い換えた前歴があるくらいだ。それくらいのこと、本当にやってしまいそうだった。

「…ホントお前って意外すぎて驚く」

洩れた溜め息は呆れに近い。

一見自分のテリトリーに人の気配があることを嫌がりそうなタイプなのに、この部屋には、ユーリの着替えも置いてあれば、本日、アリア専用のティーセットまで常備されることになっていた。

自分の空間を壊されることを嫌いそうに思えるのに、案外、物に(こだわ)らない性格が、その辺りは気にしないのだろうかとも思ってしまう。

「…お前たち(・・)だけだ」

そんなユーリの心中を察したのか、少しだけ顔を潜めて告げられた言葉に、ユーリは僅かに目を見張る。

シオンは、自分の気持ちを口にすることに躊躇がない。

アリアは別として、自分も許されていることは少しだけくすぐったい気持ちにさせられて。

爽やかな薫りの中に少しだけ甘さの漂う茶葉の香が部屋を満たしていく。

そうして嬉しそうにティーカップを運んでくるアリアの姿を眺めながら、将来この家に遊びに来た時には毎回こんな風景が見られるのかなぁと、ユーリは暖かな空気に満たされていた。

引きこもり応援・年末年始ということで、3日まで毎日更新予定です。

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