小話 ~木蔭の二人~
「アリア様とシオン様よ」
見て、と。すれ違い様に聞こえた女生徒の囁きに、ユーリはふと足を止めていた。
「相変わらず仲睦まじいわね」
二階の窓から外をみつめ、友人と思われる別の女生徒が、ほぅ…、と感嘆の吐息を漏らしながらほんのりと頬を染めている。
ふふ、と笑い合う女生徒たちは微笑ましいものを見るかのような瞳で遠くを眺めていたが、その視線につられるように外へと顔を向けたユーリは、そこに在る光景にがっくりと肩を落としていた。
「…またなにしてんだよ…」
眼下には、木陰で休んでいる一組の男女の姿。それは、云わずもがな、のシオンとアリアだ。
今は昼休み。休み時間なのだから、二人が基本的になにをしようが自由ではある。自由ではあるのだが…。
長い足を無造作に投げ出して、シオンは寝転んでいた。警戒を緩めたその姿自体が驚きだというのに。
ーー膝枕だ。
自分の膝を枕にして目を閉じているらしいシオンの髪を、アリアがそっと撫でていた。
見ているこちらの方が恥ずかしくなってしまう。
あれでまだ想いが通じ合っていないなどと、どこの誰が思うだろう。
「…アリアは気づいてないんだろうなぁ…」
柔らかな空気を感じさせるその雰囲気に、ユーリはしみじみと項垂れる。
二階の窓から自分たちの姿が丸見えだということに、アリアは気づいていないに違いない。でなければこんなこと、さすがに人前でするはずがない。
ーー多分、シオンはわかっている上での犯行だけれども。
と。予鈴が鳴って、周りの生徒たちが教室へ戻るために動き出す。
その音に目を開けたシオンが、そのままの体勢で一言二言アリアと言葉を交わす。
なにを話しているのかはわからない。
ただ、空気は穏やかだ。
けれど、そのまま身を起こしたシオンの手がアリアへと伸ばされて、ユーリは「げっ」と慌てて辺りを見回した。
予鈴が鳴った今、外の二人を気にする生徒は誰もいない。
「…だから時と場所を考えろって…」
重なった二つの影に、ユーリはずるずると脱力する。
案の定、すぐにシオンの身体を押し返したアリアが真っ赤になってなにかを訴えている様子が目に入る。
さすがに授業に遅刻するわけにもいかないだろうから、二人並んで歩き出す姿を視界の端に捉えながら、ユーリも教室へと足を向けていた。
いろいろあって、二人が最近どことなく疲れている様子があったのはユーリも感じていた。
特に、アリアが。
相変わらず、あの少女がなにかを一人で抱え込んでいるような気がするのも、ユーリの気のせいなどではないはずだ。
だからこそ。
互いの傍が癒しの場所だなんて。
本当にいい加減にして欲しいと、ユーリは大きな大きな溜め息を吐き出していた。