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ガラスの靴は投げ出して

「……アリアちゃん……、一体なにしてるの……?」

 普段から贔屓にしている洋裁師を部屋まで招き入れ、なにやら新しい服の相談をしているらしき愛娘――アリアを見て、アリアの母親は不思議そうに目をぱちぱちと瞬かせていた。

「お母様……」

 ふわふわとした雰囲気の母親は、相変わらず砂糖菓子のようだと思いながら、アリアはなんとも言えない微妙な表情(かお)を返す。

 可愛い乙女のようなこの人には、今アリアが洋裁師と描いているデッサンは理解ができないものに違いない。

 アリアが今、洋裁師に注文していたもの――。それは、医療用防護服、のようなものだった。

(素人知識だけど、ないよりはいいはずだもの……!)

 雨具のカッパでも代用できると聞いたことがある。

 運良くビニール素材はこの国にもあった為、デザインを伝えれば作って貰うことは可能だ。

(あとはマスクと……、一応、メガネとか?)

 感染予防は、とにかく患者と直接触れないようにすること。

 二十日病の為に備えておきたいものはいくつもあるが、その中でもこれらは重要度の高いものだった。

 アリアに医学の知識はないが、こちらの世界にはない、医学的に進んだあちらの世界の"医療の常識"ならば持っている。それを利用しない手はないだろう。

 最善を尽くす。それがアリアの決めたことだ。

「今日の午後はシオン様とまたソルム家へ伺う予定なのでしょう……?」

 一体娘はなにをしているのだろうと、頭の中にたくさんのクエスチョンマークを浮かべながら、アリアの母親は確認するように問いかけてくる。

「えぇ、お母様」

 いい報告ができそうだ、と、嬉しいお誘いの手紙が届いたのは先日のこと。

「シオン様がお迎えにくるのよね」

 本当にアリアちゃんとシオン様は仲がいいのね、と嬉しそうに呟く母の言葉は聞かなかったことにして、アリアは洋裁師との相談へと戻っていった。





 *****





 シオンが来るという情報を手に入れればリリアンが来ないはずもなく。本題には全く興味などないにも関わらずやってきたリリアンと、この家の子息であるルーク。そしてシオンとアリアの四人は、研究員だと紹介された数人の男性陣を前に、試作品だといういくつかの(ポーション)を眺めていた。

「こっちは二十日病の薬っス。シオン先輩のおかげで少しずつではありますが、確実に数は備えられてます」

 ただ、特効薬ではないので、その辺はお間違いなく。と付け加えて説明してくれるルークに、それは仕方がないことだと納得する。いくら魔法の世界だからといって、魔法も万能ではないのだから。

「さすがシオン様ですねっ」

 薬作りに必要な薬草は、シオンの働きもあって順調に増えていると聞いて、リリアンがキラキラと輝かせた瞳をシオンへ向ける。

 語尾には確実に音符マークがついていそうな台詞を前にしても無反応を貫くシオンはさすがだろう。

「こっちは、家庭用常備薬として作らせたものです」

 アリアの提案した一般的な風邪薬を中心に、頭痛薬、胃腸薬、さらには「せっかくなんで二日酔いの薬とか作ってみました!」と得意気に語るルークには笑う以外の反応を返せない。それだけお酒に呑まれる人々が多いことかと思えば、かなりの人気商品になるかもしれなかった。

「なにか他にも気になるものがあったら言ってみてください!」

「ありがとう」

 各々色の違う液体の入った小瓶は、一見すると綺麗な置物のようにも見える。

 家庭用常備薬として、あちらの世界で言うところの一般的な市販薬のようなものも出来上がり、試作が終わって量産できれば、これらがお店に並ぶようになるのもすぐのことだろう。

(なにせ、シオンのすることだもの……)

 恐らく、数が揃い次第市場へ流せるようにしている。その辺りのシオンの手腕は本当に抜かりがない。

「あとは、あのルーカス様も楽しみにしている魔力回復(エムピー)ポーションなんスけど……」

「……なにかあったの……?」

 言い淀むように目を泳がせるルークに、アリアは一抹の不安を覚えてその顔を覗き込む。

 正直な話、需要は余りないだろうというのがアリアの見解だ。魔力は消費しても時間の経過と共に回復する。一般の人からしてみれば、魔力を消費したならば待てばいいだけの話だし、そもそも枯渇するまで魔法を多用することもない。

(実際、ゲームではそれでラスボスまできちんと倒せたわけだし……)

 必要性を感じるのは、攻撃魔法を乱発する人々ー、魔物討伐に出かける魔法師団くらいのものだが、今まで特に問題なくやって来られていることを思えば、本当に必要なのか迷いも生まれてしまう。

「いえ、開発自体は思いの外簡単だったんスけど」

 急に後ろ向きな気持ちになりかけていたアリアの負の感情を払拭するかのようにルークの明るい声が響き、それから申し訳なさそうに口を開く。

「えっと……ホントに申し訳ないんスけど、精製方法は企業秘密で……」

「そんなのいいわよ」

 気にしないで、と微笑(わら)うアリアに、ルークはニカッと白い歯を見せて続きの言葉を口にする。

「……ただ、問題は、MPポーションを作るのに必要な魔力が尋常じゃなくて」

 例えば、魔力100を回復させる薬を作る為には120の魔力が必要、というような、考えてみると至極当然かもしれないことを説明され、アリアは考え込むかのように沈黙する。

(……まあ、普通はそうよね……)

 100の魔力回復が80で済んだなら、それはどんな方程式だろうと思う。なにか特殊な、それこそ魔力石のようなものを応用でもさせない限り、引き算はあっても足し算はないだろう。

「作ること自体はさして難しくないみたいなんスけど、数を作るのには時間がかかりますね」

 作れはするが、とにかく魔力の消費が激しい為、そのための労力を考えると必要最低限の分量のポーションを根気よく作っていくしかないらしい。

 それでも一定数の用意ができた暁には、ルーカスを中心とした魔法師団が購入の手を上げているので、ソルム家の懐は相当潤いそうだとルークは笑う。

 この展開には、ルークの両親も大喜びで、ルークの評価も上がったらしい。

「……それって、魔力の提供だけできたりしないわよね……?」

 アリアに薬の精製方法はわからないが、ポーションを作れるようになる為には、長い修行が必要だと聞いている。聖水に魔力を注ぎ込むとして、それ自体に技術が必要であれば、魔力だけどうぞ抜き取って使ってください、というわけにはいかないだろう。

 と、考えて口にした呟きだったのだけれども。

「それなんスけど!」

 いいっスか!?と、まるでその言葉を待ってましたと言わんばかりに輝いたルークの瞳に、アリアは驚いて目を丸くする。

「もし可能なら是非お願いしたいっす!」

「……えっ……」

(できるの!?)

 できたらいいのにな、程度の発言が肯定・採用されて、アリアは思わず身を引いてしまう。

 それから、ちょっとだけ試してみたいことがあると初老の研究員に促され、アリアは魔方陣のようなものが描かれた机の前に座らされていた。

「……私はなにをすれば……?」

 別の若い研究員がなにやら湯気のようなものをたたせたフラスコのようなガラス瓶をその上に置き、アリアはそこに手を翳すように促される。その後、初老の研究員が魔力の流れをサポートするかのようにアリアの手に触れるか触れないかの距離で掌を重ね、

「魔力を注ぎ込むイメージで魔力を解放してください」

 その言葉に、アリアは目を閉じると言われた通りの魔力の流れを想像する。

 身体中から掌へと魔力を集約し、そのままガラス瓶へと奔流を注ぎ込むイメージ。

「……っ」

 と。ぐぁっ、と一気に魔力が失われていく感覚を味わって、まるで100メートルダッシュをした後のような脱力感に襲われる。

「おぉ……っ」

 成功しました!と、感嘆の吐息が響いて目の前のフラスコ状のビンへと視線を落とせば、そこにはキラキラと黄金に輝く液体が息づいていた。

「ちょっと失礼致します」

 まるで純度を確認するかのようにそれを光に翳し、それから中の成分を探るように目を閉じてじっとガラス瓶を掌で包み込んでいた初老の研究員は、ややあって何度目かの感嘆の吐息を漏らす。

「さすがは王家の血をひくアリア・フルール様です。魔力値が桁外れですな」

 我々が1日魔力を注いでもこれだけのものが作れるかどうか。

 と小さく首を横へ振って驚きを露にするその言葉に、ルークが大きく目を見張る。

「えーっ、まさかオレより高濃度だったりするの?」

 ちょっと悔しいな、と頭を掻くルークは、どうやら何度か実験台にされたのかもしれない。

 疲労はするが、少し休めば自然に回復する。こんなものでよければいくらでも協力するとアリアが申し出れば、

「お願いしていいっスか……!」

 と、期待に輝く目を向けられて、アリアはこくりと頷いて見せる。

「いっぱい我が儘を言ったのは私だもの」

 こんなのはお安いご用だとにこりと微笑(わら)えば、ルークだけでなくその場にいる職員全員からキラキラとした視線を送られる。

「謝礼はきちんと出しますンで…っ!」

「いいわよ、そんなの」

 アリアの要望に応えてくれたこと。それこそがなによりも嬉しくて、むしろお礼をしなければこちらの方なのにと思う。

 だからこそ、こんなことで感謝の気持ちを伝えられるならば、魔力の提供などいくらでもすると苦笑して、アリアは喜び合う職員たちの顔を眺めやる。

 そして。

 そういえば、始めに少しだけ発言をしたリリアンはもちろんのこと、その間シオンが一言も言葉を発していなかったことに気づいて、アリアは苦笑いを顔に浮かべるのだった。

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