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心安らぐ場所

王宮はもちろんのこと、五大公爵家、そして王都は大騒ぎだった。

ーー公爵家から秘宝が盗まれた。

市民にはそこまでの詳細は伝わっていないが、公爵家に何者かが侵入し、そこから"なにか"が持ち出されたらしい、という程度の噂はすぐに都中に広まった。

人の口に戸は立てられない、とはまさにこのことを言うのだろうというくらい、平和慣れした人々にとって、このニュースはスキャンダラスな出来事だった。

ウェントゥス家当主はもちろんのこと、シオンやラルフ、そして残りの公爵家当主はすぐに王宮へと呼び出され、緊急議会が開かれた。

鐘の音が鳴り響いた後、ウェントゥス家から侵入者と思われる怪しげな影が飛び立っていく様は多くの人々に目撃されている。

その特徴から、それが「怪盗ZERO」であろうことは推測されたが、その正体まではわからない。

アリアが直接王宮に呼ばれて議会の場で話すようなことはなかったが、その代わりと言ってはなんだが、「ZERO」を直接見たことのあるシオンとルーカスが全面的に質問責めにあったと聞いて、酷く胸が痛め付けられた。

シオンとルーカスはもちろんのこと、皇太子であるリオも、アリアが公爵家当主たちから詰問されるようなことがないように配慮してくれた結果だろう。

ーー守られている。

そう思えば、胸が締め付けられて苦しくなる。

その原因を作っているのは、彼らに守られているアリアに他ならないのに。


いくら警備が薄かったとはいえ、本来盗むことなどできるはずもない強奪劇に、様々な臆測が飛び交った。

そもそも、宝玉への隠し扉を開けるには強大な光の魔力が必要で、それを手に入れる為には、同じくその属性の魔力が膨大に必要となる。

そんなことができるのは、王族か公爵家クラスの人間だけ。

ーー「ZERO」とは何者か?

正体不明のその存在は、謎が謎を呼ぶばかりだ。


そもそも盗むことなど不可能なはずの宝玉が奪われたことについて、ウェントゥス家が咎めを受けるようなことはそれほどなかったらしいが、とにかく犯人探しと宝玉の奪還に全力を尽くすようにとのお達しがあったらしい。

そして、残った四つの公爵家へは、厳重体制を敷くように、と。

宝玉は全部で五つ。風の宝玉が盗まれた時点で、残る四つの宝玉も狙われていると考えるのは自然の流れだろう。


ここにきて初めて、アリアは父親からアクア家の家宝についての話を聞かされた。

やはりアリアの推測通り、代々当主が守ってきたもののようで、その存在は今まで秘匿されていた。

重たい口を開いてアリアたちへと宝玉の秘密を語った父親に、"ゲーム"知識のあるアリアは、思った通りだったと納得するばかりだった。


家宝は、守らなければならないもの。

けれど、膨大な魔力を持つだろうと推測されるZEROの存在に、アリアと母は万が一不審者が現れるようなことがあっても、絶対に対峙するなと父と兄から厳命された。

例え宝玉が盗まれたとしても、アリアと母親の身の安全の方が大事だというのは、妻と娘に甘々なアリアの父親らしい判断だった。



(…ごめんなさい……)

落ち着きのない日々が過ぎ行く中で、アリアは罪の意識に苛まれながら心の中で謝罪する。

妖精界を救う為には、絶対に揃えなければならないもの。

けれど、「家宝を盗まれた家」としてウェントゥス家が矢面に立たされている様子を見ると居ても立ってもいられなくなってしまう。

ーー『絶対に、後悔するぞ?』

ジャレッドに告げられた言葉が頭の中を支配する。

後悔は、していない。

…否、後悔など、してはいけない。

アリアに後悔する資格はない。

こうなることなど始めからわかっていたことだ。

ただ。

ただ、他に選択肢はなかったのかと、そんな迷いが生まれるだけ。

"ゲーム"に囚われているのは、誰よりもその記憶を持つアリアなのかもしれない。

(…本当に、ごめんなさい……)

それでも、こんなところで立ち止まるわけにはいかないから。

ズキズキと痛む胸の締め付けには気づかないよう蓋をして。

アリアは痛む頭に首を振り、大きな深呼吸を繰り返していた。





*****





シオンには、ここ数日きちんとした形で会えていない。

お互い学校には来ている為、すれ違う程度に顔を合わるようなことはあったとしても、ゆっくり話す時間など作ることはできなかった。

「…アリア様、お疲れ気味ですか?」

「…え…っ?」

昼休み。天気が良ければと前々から約束していた友人二人とピクニック気分で昼食を取っていたアリアは、ふと気遣わしげにかけられたその声に、はっと顔を上げていた。

「大変なことになってますものね」

「……」

傾けていた飲み物から口を離し、そう表情を少し曇らせたのは、アリアがこの学園に入学したその日に校内巡りをしないかと声をかけてきた二人だった。

「…あっ、ごめんなさい」

沈黙するアリアへと、失言だったかと慌てて口を噤む友人の姿に、アリアは小さな微笑を浮かばせる。

「…いえ、大丈夫よ…?」

ウェントゥス家の失態(・・)は、もはや誰もが知る事件となっている。

詳細までは知らない人々は、残る四つの公爵家も狙われているであろうことなどはわからないだろうが、少なくとも今回の一件で、公爵家が慌ただしい動きをしていることだけは噂として伝わっていた。

と。

「……アリア」

そこへ、こんなところでなにをしているのか、この場に引き寄せられたかのように低い呼び声が耳に届き、アリアは久しぶりにきちんと見た気がするその顔をまじまじと見上げていた。

「…シオン」

いつもであれば、図書館帰りかなにかで片手に本を持っていたりするのだが、完全に空いている両手にアリアはどう声をかけたらいいものかと困ったように微笑する。

「…あ…っ、それじゃあ私たちはこの辺で…」

「えっ?」

けれど、無言で視線を交錯させるシオンとアリアになにを思ったのか、そそくさと友人二人がその場を去るような気配を見せ、アリアは慌てて二人の方へと振り返る。

「シオン様、ごゆっくりどうぞ」

「…エミリ様っ?クレア様っ?」

席を譲るかのように空いた場所へとシオンを促し、意味あり気な視線を二人へ向けて歩き出そうとする友人二人に、アリアは驚いたように目を見張る。

「失礼しますね」

「え…っ」

止める間も無く、スカートの裾を翻しながら去っていく後ろ姿。

二人の影が完全に消えるまで呆然とその姿を見送って、アリアは口を閉ざしていた。

「……」

「……」

その場に残され、アリアもシオンも沈黙する

元々必要最低限のこと以外、口数は少ないシオンだ。

アリアの方から話しかけなければ、その沈黙は続くだけ。

「…座る?」

「…あぁ」

「…お昼は食べた?」

「…いや…」

「…残り物でよければ食べる?」

「……あぁ」

なんとなく会話が重い気がするのは、アリアの気のせいなどではないはずだ。

ウェントゥス家から秘宝が盗まれて以来、まともに顔を合わせるのはこれが初めてだった為、なにを話したらいいのかわからない。

シオンは、アリアへと「ZERO」のことを聞いてくる気配はなかった。

もしかしたらそれは、ただ単純に学園内というこんな場所で口にすべきではないことだと判断しているからかもしれないけれど。

「……」

爽やかな風が流れる木陰の元。

ピクニック気分ということで、久々に作ってきたお手製のお弁当は、シオン好みのお握りだった。

シオンのその綺麗な指先がお握りを掴む様は、とても不思議な感じがする。

数口で食べ終えてしまうくらい、特に気を遣った風でもない食べ方なのに、やはりその所作は洗練されていてとても綺麗だ。

思わず、その仕草一つに見惚れてしまいそうなくらいに。

「…疲れてる?」

「…少しな」

どことなく気だるげな空気が伝わってくるシオンへと問いかければ、一つ目の食事を終えたシオンから小さな吐息が洩れて、アリアはしゅんと肩を小さくする。

「…ごめんなさい」

「…どうしてお前が謝る」

全部、アリアのせいなのに。

さすがのシオンもまさかウェントゥス家から宝玉を盗んだのが目の前の婚約者などとは思いもしないだろうが、それでもこれまでのことを考えると、アリアがなにかしらを隠していると気づいていても不思議ではない。

にも関わらず、今までアリアへとなんの接触もなかったのは何故なのだろうとすら思う。

「…なにもしてあげられないから」

アリアの顔色を窺うように表情をしかめたシオンへとそう告げれば、シオンの瞳が驚いたように僅かに見張られる。

全て、自分のせいなのに。

アリアには、全てを告げることも、謝ることも許されない。

自分のせいで、シオンが追い込まれるようなことがあるなど、自分で自分が許せなくなる。

ある程度の覚悟をしていたとはいえ、それが現実ともなると、酷く胸が締め付けられる。

お願いだから、と。ふいに浮かんだその想いは、一体なんなのかわからない。

大胆不敵で自信家なシオンが追い詰められている姿など見たくない。

シオンをこんな風にしているのは自分だというにも関わらず、手を伸ばしたくなってしまう。

「…午後の授業まで少し休んだら?」

もしかして睡眠時間も足りていなかったりするのだろうかと曖昧な微笑みと共に声をかければ、シオンは少しだけ考え込むような仕草をした後、その長い足を外へと投げ出していた。

「シ、シオン…ッ?」

ふわ、と鼻を(くすぐ)った慣れた匂いに、直後、膝の上へとなにかの重さが乗って、座った自分の姿を見下ろしたアリアは、驚愕に目を見張る。

(…ど、どうしたら…っ?)

アリアの膝の上へ、目を閉じたシオンの髪が流れている。

アリアの足を枕代わりにしたそれは、俗にいう「膝枕」スタイルだ。

(まさかシオンがこんなことするなんて…!)

ユーリと結ばれた"ゲーム"内だって、こんな光景は見たことがない。

こんなことは場所も弁えずにイチャイチャするカップルくらいにしか見られないものだと思っていたアリアは、思わず人目を気にしてきょろきょろと挙動不審に辺りを見回してしまったが、幸運なことに木陰に隠れた自分たちの姿を見つけるような視線はないようだった。

(…綺麗な顔……)

こんな風に、まじまじとシオンの顔を見る機会などあっただろうか。

思わず指を伸ばしてしまい、さらりと透いた髪の感触が思った以上に柔らかいことに驚かされる。

閉じた瞳から伸びる睫毛は長い。

鼻筋が通って整った顔は、"神様"の最高傑作品なのではないかとすら思わせられる。

静かに上下する胸元は、本当に眠ってしまっているのかはわからないけど。

(…でも、本当に疲れてる……)

ごめんなさい、と、もう何度目になるかわからない謝罪を心の中で繰り返す。

ズキン、と痛む胸の感触には気づいてはいけない。

アリアも己のしたことへの罪悪感からあまりよく眠れていないが、それは自業自得だ。

けれど。

(…なんだか私まで眠くなっちゃう…)

アリアに対して警戒心をなくしたシオンの顔をみつめていると、こちらまで眠りを誘われてしまう。

本当にごめんなさい、と、懺悔の気持ちは確かにあるというのに。

こうしていると、なんだか酷く心地よくて、安心感から気が緩んでしまいそうになる。

(…いい天気だからかしら…?)

爽やかな空へと視線を上げ、アリアは夢心地でシオンの顔を見つめていた。

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