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act.2-1 Jewel of the wind ~風の宝玉~

ウェントゥス家の館の一番高い場所には、風見鶏が飾られている。

大きな時計と鐘と共に、ウェントゥス家の象徴である「風」と鳥をモチーフにした美しいデザインだ。

その、鐘の下。ちょっとした展望台にもなっているその場所は、そこへと辿り着く為の入り口も階段なども作られていない。

「風」を操ることができる人間のみが立つことが許された場所。

風を操り、空を飛ぶことによって初めて辿り着くことができるその場所こそ、ウェントゥス家の秘宝の隠し場所へと繋がっている。





*****





ポニーテールの頭には、藍色のリボンのついた黒い小さなシルクハット。

珍しいパンツルックは、リボンと同じ暗い藍色で、ところどころレースやリボンのついた可愛い仕様。メガネまでかけたアリアは完全に"怪盗少女スタイル"になっていた。

「おー。可愛い可愛い」

ここは、ギルバート(ZERO)の住む屋敷の一室。応接間らしき場所へと移動してきたギルバート(ZERO)は、足元に飼い猫(アルカナ)を纏わり付かせながら「ひゅ~」と口笛を鳴らしていた。

「…これ、貴方の趣味?」

万が一の時の為に変装は必要だ、というギルバート(ZERO)の言い分はわかるけれど、自分の姿を上から下まで眺め遣り、アリアはなんとも言えない表情を貼り付ける。

確かに"ゲーム"の中でも潜入時にはメンバーは変装していたけれど、まさか自分までそれに巻き込まれることになるとは思わなかった。

着替えたアリアの姿にギルバート(ZERO)はとても満足そうだったが、シオンといい目の前のギルバート(ZERO)といい、どうして人の服のサイズがわかるのか。

アリアの少しばかり寂しい胸を補うように作られた仕様も、アリアの気持ちを複雑なものにさせるには充分なものだった。

この服をどこで手に入れたのかは知らないが、出処から身元がバレてしまうことはないのかと聞いてみれば、意外にも大量生産ものの組み合わせだというから驚きだ。

趣味は決して悪くはない。悪くはないのだが…。

「気に入らないなら脱がせてやろうか?」

「っ!結構よっ!」

完全に何処かで聞いた覚えのある台詞に、アリアは真っ赤になると自身を守るように己の体を抱き締める。

(案外性格まで似てるわけ…!?)

見た目の雰囲気だけではなく、似ていないと思っていた中身まで似ているのかと、アリアは心中憤る。


ーー『男が女に服を贈るのは、それを脱がせたいからだ、ってこと、アンタわかってる?』


まさか、ギルバート(ZERO)までそんな不埒なことを考えてはいないと思うけれど。

「…うーん、どうするか」

「なにがよ」

完全に警戒しているらしいアリアへとくすりと意味深な笑みを洩らし、ギルバート(ZERO)は顎に手を当て考え込むような素振りを見せる。

「アンタのコードネーム」

「コードネーム?」

「必要だろ?」

ぱちぱちと目を瞬かせるアリアへと、ギルバート(ZERO)はじっ…と観察するかのような目を向ける。

"怪盗行為"中、本名で呼び合って万が一誰かに聞かれでもしたら身元がバレてしまう。だから仮の名前は必要だろうと言って、ギルバート(ZERO)はニヤリと口元を引き上げる。

「"姫"とか?」

「嫌よ、恥ずかしい」

血筋的には本当に「姫」と呼ばれる立場にあってもおかしくはないのだが、王族でもないのにそんな呼び方は恥ずかしいと、アリアはすぐにその提案を却下する。

「んじゃ、無難に"お嬢"呼びで」

「…好きにして」

ようは名前を呼ばなければいいだけの話だが、それでは不便なこともあるだろう。

こんな話し合いに時間を費やしている暇はない。

アリアは自室で読書をしていることになっている。

小一時間程度ならば、どうとでも誤魔化せる。よほどのことがない限り、誰かがアリアの部屋に来ることはないだろう。

けれど時間の無駄遣いをするわけにもいかないから、ギルバート(ZERO)の"お嬢"呼びに妥協すれば、ギルバート(ZERO)は演技がかった仕草で恭しくアリアへと手を差し出していた。

「では、"お嬢様"?行きますか」

大きな深呼吸を一つして。

アリアはその手を取っていた。





*****





「ここ、か…?」

アリア一人を残し、アルカナの魔力(ちから)を借りてウェントゥス家中の使用人を眠らせてきたギルバート(ZERO)は、アリアと共にその場(・・・)に降り立ち、上空の風見鶏と鐘とを見上げていた。

シオンは予定通りバーン家へ。兄のラルフは父親と共にジャレッドと会談中。母親と妹は、その日は幸いにもお茶会に呼ばれているとシオンから聞いている。

使用人を除けば、この館の住人は完全に留守状態。驚くほど順調だ。

空間転移で直接辿り着いた、ウェントゥス家の館の中で一番高い場所。そよいだ風にマントがたなびいていた。

「ここで、光魔法を発動させれば…」

こくりと頷き、アリアは祈るように手を組むと目を閉じる。

"ゲーム"の中では普通にギルバート(ZERO)が開いていた"宝玉"へと繋がる道。その為、ギルバート(ZERO)に開放して貰っても良かったのだが、自然とアリアはその風見鶏に向かって祈りを捧げていた。

宝玉へと辿り付く為の道は、強い光魔法はもちろん、ウェントゥス家の象徴である風の魔法(ちから)も必要とされているはずだ。

アリアの得意とする水と風の属性は隣同士。アリアにも充分な風魔法が備わっている。

(光と、風よ…!)

光と風を絡ませるようなイメージで、異空間への扉が開かれることを願って祈る。


ーーカラーン…ッ!


と、敷地中に届くような綺麗な鐘の音が辺りに響いて。

二人の姿はその場から掻き消えていた。





「…ここ、は…?」

そこは、宝玉の隠された異空間。目の前に広がった光景に、ギルバート(ZERO)が驚愕に息を呑む。

"ゲーム"の中で、ウェントゥス家の秘宝の場所だけは描かれていない。アクア家などは、"あちらの世界"の遺産の"パムッカレ"をモデルにしたのであろう水の世界が広がっていた。

つまり、ウェントゥス家の家宝が眠っている異空間は、風に(まつ)わる空間であることは間違いない。

『ここは、別次元に存在する異空間だ』

当然その存在を知っていたアルカナが、遠く目を凝らしながらギルバート(ZERO)へと告げる。

絶景とも言える峡谷。

どこまでも続くのではないかと思われる谷間には風が吹き荒れ、アリアの髪やマントを浚っていく。

まさに"風の谷"という言葉が相応しいような幻想的な空間だ。

『行くぞ』

目的地を知っているとも思えないが、先陣を切ったアルカナが迷いのない足取りでトコトコと先を歩いていく。

風が吹いてくる方向へと、ただひたすら歩き進めるだけ。

"ゲーム設定"がそのまま生きているとするならば、ここは、流れる時間の早さも"現実"とは異なっている。

例えここで一時間を過ごしたとしても、"あちら"へ戻った時には数分しかたっていない、くらいの流れの違いがあったはずだった。

「凄いな…」

歩を進めるにつれ、風が段々と強くなる。

顔を覆い、辺りの景色を見回しながらギルバート(ZERO)が感嘆の吐息を洩らす。

そうして無言で歩を進めてどのくらいたっただろうか。

「…なぁ、本当に間違いないのか?」

ココに、本当に宝玉があるのかと、少しだけ疑い始めたらしいギルバート(ZERO)が先を歩くアルカナへと問いかける。

『間違いない』

「…なら、いいけど」

元々宝玉を揃えたいのはアルカナで、ギルバート(ZERO)はそれを手伝っているだけだ。

"契約"がある限り、ギルバート(ZERO)は五つの宝玉を集めなければならないが、ギルバート(ZERO)自身は公爵家の秘宝自体に興味はない。その為か、少しだけ疲れたような吐息を吐き出す相棒(・・)のその姿に、アルカナの物言いたげな瞳が向けられていた。

『そろそろ、か…?』

強すぎる風に目を開けることも大変になってくる中、ぽっかりと、底の見えない巨大な縦穴が足元へと広がった。

うねりを上げ、円を描いた強風が空へと舞い上がる。

『…お前は、この風を治めることができるか?』

チラ、とアルカナの目がアリアへと向けられて、アリアは緊張に息を飲む。

風の宝玉を手に入れる為の、一種の試練のようなもの。

恐らくは、代々のウェントゥス家当主が、家を継ぐ際にその証として己の魔力(ちから)を示す為の儀式としても使われているのではないかと思う。

五大公爵家が次世代へと当主を譲る通過儀礼の一つが、宝玉への導きなのだというようなことが"ゲーム"内で語られていた気がする。

「…あまり自信はないけれど」

本来であれば、公爵家当主レベルの属性魔力が必要とされるもの。

それを、"ゲーム"の中で、ギルバート(ZERO)はそこまで苦戦する様子もなく手に入れていた。

この辺りが、"この世界"でそのまま"続編"が始まってしまったことの矛盾と、ギルバートが王家の血を継いでいるのではないかという憶測へと繋がっていた。

「…ギルバート(ZERO)

「なんだ?」

「私が手伝うから、貴方が主導してくれない?」

"ゲーム"では、ウェントゥス家の秘宝はギルバート(ZERO)が一人で手に入れていた。それを考えればアリアの援護など元々必要ないのかもしれないけれど。

「…まぁ、そりゃそうだよな」

見上げられる綺麗な双眸に一瞬だけ目を見張り、ギルバート(ZERO)は吐息を落として空を仰ぐ。

最初からアリアは「お助け」要員だ。五つの秘宝を欲しているのは自分たちであってアリアではない。手に入れたいのであれば他人任せにするのではなく、ギルバート(ZERO)自身が動かなければ意味がない。

「本来オレにはそこまでの魔力(ちから)はないからな」

公爵令嬢という膨大な魔力を持つアリアの存在がなければ果たして自分はどうしていたのだろうと考えて、ギルバート(ZERO)はチラリと隣に立つ華奢な姿を見下ろした。

これも、運命の悪戯か。それとも…。

「…アンタはどこまでわかってるんだ」

「え?」

始めから(・・・・)この少女は全てわかっていたのではないかと呟けば、酷く純真な丸い瞳が上向いて、ギルバート(ZERO)は苦笑いをするより他はない。

これが、計算でもなんでもなく、ただただ純粋な行いなのだとしたら、本当に質が悪すぎる。

「…んじゃ、やってみますかね」

声をかければ少女は無言で頷いて、ギルバート(ZERO)は己の額へと意識を集中させる。

子爵家レベルのギルバート(ZERO)には、本来これほどまでに強大な風を抑え込む魔力(ちから)はない。

けれど、目を閉じ、どこか神聖にも感じるこの場で意識を集中させれば、辺りに満ちた魔力の波動が読み取れるような心地がして、ギルバート(ZERO)は導かれるように神経を研ぎ澄ませていく。

同じく隣で瞳を閉ざした少女から、膨大な光と風の魔力を感じ、ギルバート(ZERO)はその魔力(ちから)を己のそれへと注ぎながら、吹き荒れる強風を抑え込むかのようなイメージを作り上げる。

びゅわぁぁ~っ!と一際大きくうねった風は、抑え込まれることを拒否するかのように暴れ出し、風と風とが激突する。

「…くっ……」

髪もマントも風に煽られ、足元から吹き飛ばされそうになる。

それを、なんとか堪えてその場に立ち留まり、ギルバート(ZERO)は益々意識を集中させていく。

「光よ…、風よ…」

隣から、少女の祈るような綺麗な声色が響いた気がした。


「ーー治まれっ!」


全てを自分の支配下にしようとするかのような厳かな命を遥か彼方まで響かせて、ギルバート(ZERO)は一瞬金色の輝きをその目に宿らせ、大きく手を薙ぎ払う。

刹那。


ピタ…ッ、と風が止み。


無風、無音の中で、底無しに見える虚無の空間から、風の色を思わせる輝きに満ちた水晶のような宝玉が姿を現していた。

以前から悩んでいたのですが、「act.X」の数字を、ゲーム内での順番に変更させて頂きました。

数字の順番が前後して「??」となってしまうかもしれませんが、よろしくお願い致します。

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