密(ミ)ツゴト
「だからどうしてそう挑戦的なのよ…っ!」
もはやお決まりになった、夜の庭園での密会。
月明かりの下で薄く笑って自分を待っていたギルバートへと、アリアは開口一番詰め寄っていた。
「早速目をつけられてどうするのよっ」
まだなにもしていないどころか、前回ギルバートがしたことは一応は人助けのはずだというのに、すでに要注意人物としてマークされてしまったギルバートへと、アリアはお説教モードで頬を膨らませていた。
ーー『貴方も、大切なものを奪とられないよう気をつけてくださいね?』
あんなこと、いちいち口にしなくていいものを。
「じゃあ、出て行かなかった方が良かったのかよ」
「っ」
意地の悪い表情で見下ろされ、アリアは返す言葉が見つからずに喉を詰まらせる。
「…それは…」
「オレが出ていかなきゃシャノンは危なかったろー?」
そもそもギルバートは出てくるつもりはなかったのだと、あの場で確かにそう言っていた。
シャノンに危険が及ばなければ、言葉通りただ高見の見物で終わっていただろう。
「だからって…」
「"ZERO"に関してアンタの婚約者たちはなにか言ってたわけ?」
アリアの様子から推測するに、それも恐らくは想定の範囲内だろうと思いつつ、ギルバートはニヤリと口元を引き上げる。
「内通者がいるなんて知らずに、な?」
「!」
どこまでのことを推測して、ギルバートに関して今後どう対応していくつもりなのか。アリアがギルバートの味方でいる以上、その情報は筒抜けだ。
「アンタ、本当最高だよ」
「……」
くっ、と喉を震わせて笑うギルバートに、どう言葉を返していいのかわからなくなる。
別段アリアは内通者になるつもりはないけれど。それでも、結果的にそうなってしまっていることに、ほんの少しだけ罪悪感が沸いてくる。
仕方がないことなのだとは、わかっているけれど。
「で。本題だ」
途端真剣な表情に切り替わったギルバートに、一瞬ドキリとしてしまう。
眼鏡の奥から鋭く覗く双眸が、やっぱり"誰か"に似ている気がする。
(…本当に…?)
アリアの推測通り、ギルバートは王の末裔なのだろうか。
『…なんだ』
チラ、とギルバートの足元で毛繕いをしている猫へ視線を落とせば、アリアとギルバートの会話を完全に傍観者として見ている不快そうな夜目が向けられる。
「…なんでもないわ」
恐らく、アルカナはその答えを知っている。
けれどそれをここで口にしていいはずはない。
「だからお前ら、どうしてそう警戒し合ってんだ」
仲間だろ?と大きく肩を落としてみせるギルバートに、こんな時だけ気が合う二人の不満気な視線が送られた。
それにギルバートはやれやれ、と嘆息し、話を元に戻していた。
「今度、アンタの婚約者がバーン家に行くらしい」
聞いてるか?と、今後についての最後の詰めに入っているらしいウェントゥス家とバーン家の話し合いに、アリアは「いいえ」と首を振る。
別段シオンも隠しているわけではないだろうから、聞けば答えてくれるに違いない。元々シオンは必要最低限の話しかしないタイプだ。その話がアリアの耳に入ってこないことは不思議なことでもなんでもない。
「そこに、ジャレッドとの交渉日をぶつけて貰ってあの家を空にしたい」
バーン家は王都からそれなりに離れた場所にある。
"なにか"が起こったとしても、シオンがいくら有能だとはいえ、すぐに自宅へと駆けつけることは不可能だろう。
「決行する時は迎えに来るからココで待ち合わせでいいか?」
移動手段は闇の力を借りた空間移動だろう。
"ゲーム"内でも、ギルバート以外に人一人までならば一緒に転移可能だった。
「…ジャレッドは…」
「まだ説得中だ」
今回の作戦は、ジャレッドの協力なしでは成り立たない。
前回二度に渡り断られた交渉に、なにか良い進展でもあったのだろうかと疑問符を投げかければ、ギルバートは小さく息をつく。
決行予定日までの時間はあまり残されていない。だからといって焦っている様子でもなさそうなギルバートは、ジャレッドを頷かせる交渉材料でも持っているのだろうか。
『今さら怖じ気づいたのか?』
「…そういうわけじゃないわ」
トン、とギルバートの肩に乗り、探るような瞳を向けてくるアルカナに、アリアはきゅっと唇を引き結ぶ。
「…ただ、やっぱり上手く行くのかどうか緊張するだけ」
これは、"ゲーム"じゃない。
失敗したからといって"スイッチ"一つでやり直せるわけじゃない。
そして、アリアの知る"ゲーム"の流れとは、かなり変わってしまっている。
「アンタがきちんと案内してくれれば問題ない」
「…それは多分…、大丈夫だと思うけど」
"ゲーム"の記憶と、婚約者として知り得る限りのウェントゥス家の情報を照らし合わせれば、恐らくの場所は検討がついている。
「とにかく、ジャレッドが頷いてくれなければ話は進まない」
最後の交渉に行くぞ、とばかりのギルバートの真剣なその瞳に、アリアはこくりと静かに頷いていた。
*****
「……考えは変わらない、か」
はぁぁ~、と大きな息を机の上へと吐き出して、ジャレッドは蟀谷に手を当てたまま、どこか呆れとも感じられる呟きを落としていた。
"主人公"視点の"ゲーム"では、ジャレッドがどのような交渉を経てZEROの仲間となったのか、その経緯は描かれていない。"主人公"がZEROの仲間になるのは、ジャレッドの後のことだからだ。
ただ、ジャレッドの立ち位置は、"頼れる大人の男性"だった。
裏賭博の件に関しては彼らしくない出来事が続いたけれど、元々は頭の切れると言われているウェントゥス家当主と取り引きがあったくらいに有能だ。
「ええ。例え貴方の協力なくしても、私にはやらなければならない理由がありますから」
ジャレッドの顔を正面から見つめ、鋭い光を放つギルバートの瞳に、ジャレッドはがしがしと頭を掻く。
「…わかったよ。協力してやる」
完全に不承不承、といった溜め息を再度吐き出して。
「ただし、あくまで協力だ。オレはたまたまその日に交渉していただけで、それがたまたま情報の入りにくい場所だっただけで、すべて不運だっただけだ」
「それで構いません」
これが最大限の譲歩だと告げるジャレッドのその言葉に、ギルバートははっきりとそれを肯定する。
「ジャレッド…」
ありがとう。とほっと安堵の吐息をつきながら向けられる少女の柔らかな微笑に、ジャレッドは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。
「…オレが首を縦に振らなくてもどうにかするつもりだってなら、拒否できねぇだろ」
まだ、納得したわけではない。
ただ、目の前の二人には恩義があって、危険地帯に足を踏み込もうとしていることがわかっていて、そのまま見過ごすには夢見が悪いというだけのこと。
「…絶対に失敗したりするなよ?」
それだけは本当に勘弁してくれと、ジャレッドは祈るような双眸をギルバートへ向ける。
なぜ、そんな大それたことをしようとしているのか、ジャレッドは問いただすつもりはない。
ギルバートは、協力するならば話しても構わないとは言っていたが、どうせ録な理由ではないのだろうと思っている。
そして、もう一人の少女に関しては。
「ご希望とあれば、その記憶を消去させて頂きますが?」
「は?」
不意打ちの理解不能な提案に、ジャレッドは呆けた顔をする。
「貴方は、たまたま利用されただけ。それを確実なものにするために、こうして我々と関わった記憶を消してしまえば、本当にただの不運で終わります」
今日はギルバートに同行していたアルカナが、『勝手に話を進めんな』と、にゃ~、と不満気な鳴き声を上げたが、ギルバートは「まぁいいだろ」と足元を見遣って苦笑を洩らす。
「…それはどういう…?」
「私には、記憶を消去する能力があるので」
正しくはギルバートではなく、相棒の猫が持つ能力だが、そこまでの話をすることもないだろう。
自分達に協力をした記憶を消してしまえば、罪悪感もなにもなくなるのだから、本人の記憶的には「協力者」でもなんでもなくなる。
ギルバートにしても、この提案に頷いて貰えるならば、ジャレッドからの情報漏洩の心配はなくなるわけだから、一石二鳥というところだろう。
だが。
「……マジでか」
いよいよ本気で脱力して空を仰いだジャレッドは、しばらく己の目を手で覆って沈黙した後に、「…いーよ、そーゆーのは」と、もう何度目になるかわからない溜め息を空に吐き出した。
「例えアンタらが捕まろうが、オレは協力したことを名乗り出る気はないからな」
それでアイコ、ってことで。と疲れたように苦笑いするジャレッドに、ギルバートは「そうですか」と眼鏡のブリッジ部分を押し上げる。
「ご協力、感謝致します」
そう頭を下げる仕草はとても丁寧にも関わらず、どこか油断ならない雰囲気を感じさせていた。
そうしてジャレッドは、なんとも言えない胸のざらつきを感じながら、もう一人の少女の方へと向き直る。
「…嬢ちゃん」
「はい?」
コトリと首を傾げる仕草は純真で、ジャレッドには少女の方こそ"重要ななにかを隠している"気がしてならない。
それは、この歳まで積み重ねてきた"ただの勘"だ。
だが、こういった時の己の勘が馬鹿にできないことも、これまでの経験からよくわかっている。
少女がギルバートに協力している理由。それは、ギルバートとはまた別の理由があるように思えてならなかった。
ジャレッドにしてみれば録な理由ではないであろうギルバートの目的に、少女が協力するとは思えない。
「…なにかあったら頼れよ?」
ジャレッドの好みは、出るところの出た色気のある豊満な女性だ。
こんな年下の少女になど興味はない。
けれど、目の前の少女に、艷事とはまた別の"危うさ"を感じるのは何故なのだろう。
「?ありがとうございます」
きょとん、とした顔でお礼を口にする少女に、無意識に舌打ちをしてしまう。
"子供"は怖い。
怖いことを知らないから質が悪い。
やらかしてから初めて、自分が起こした事の重大さを知るのだ。
それを、彼女たちはどこまで覚悟しているのか。
男のギルバートはどうでもいい。
ジャレッドは、案外にフェミニストだった。
「……彼女を巻き込むならちゃんと守れ」
向けられた真剣な瞳に、ギルバートは少しだけ驚いたように目を見張っていた。