ルークの事情。その1
目の前で胡座をかいてサンドウィッチを齧っているその姿に、ルークは感情を一喜一憂揺さぶられる。
(か…っ、可愛い……っ!)
なにか苦手なものでも入っていたのか、女の子と見間違うその可愛らしい顔をしかめてみたり、甘いフルーツサンドを前に幸せそうに頬を緩めてみたり。
くるくる表情を変えるその顔は、どれだけ見ていても飽きたりしない。
その隣でいつでも冷静に表情を変えずにいるルークの先輩と、足して割ればちょうどいいのではないかと思うほど、その感情はとても豊かだ。
「…ユーリ。苦手なら残して貰っていいのよ?」
久しぶりの中庭でのランチ会。大量のお手製ランチを作ってきた少女ー、アリアは、そんなユーリの姿になにかを察したのか、苦笑混じりの微笑みを向けていた。
「…これだけはちょっと苦手で…」
基本的に甘味を中心に食べることが大好きなユーリは、好き嫌いはほとんどないと言っていた。
それでも、これだけは、とユーリがサンドウィッチから抜き出したのは。
「その苦味が美味しいんじゃん?」
属に言う「ピクルス」に、ルークは「ユーリはお子様だなぁ」とケタケタ笑う。こういうところも凄く可愛くて堪らない。
「オレが食べてやろうか?」
笑いながらそう言えば、お子様扱いされたことに拗ねたように頬を膨らませながら、ユーリはぽいっ、とルークの口へと、端に歯形のついた齧りかけのピクルスを放り込んでいた。
「んぐ…っ!?」
予想だにしない不意打ちに、ルークは思わず噎せ返る。
「ちょっと、ルーク。汚い」
「だ、大丈夫?お茶、飲む?」
冷たい目を向けてくる昔馴染みのリリアンとは真逆の対応で、慌てた様子でお茶の用意をしようとするアリアの姿に、ルークは呼吸を落ち着けながら涙目を向ける。
「…アリア嬢は優しいなぁ…」
「ご、ごめん…っ!ルーク。食べてくれるって言うから…っ」
「いや、それは全然いいんだけど…」
アリアからお茶のカップを受け取って、かいがいしくルークの目の前へとカップを差し出しながら背中を擦ってくるユーリへと、ルークはごほごほと数度の咳を繰り返す。
「マジごめん…っ!」
「いや、いいって」
大丈夫か?と間近から顔を覗き込まれると、思わずドキリと鼓動が高鳴ってしまって、尋常でなく心臓に悪い。
しかも。
(…ユーリが…っ!「あーん」って……!)
実際にはそんなに甘々な雰囲気ではなかったが、ユーリが手ずから自分の食べかけをルークに食べさせたことは確かな事実で、それを意識してしまうと思わず顔が赤くなる。
「…本当に大丈夫か?」
いつまでも顔の赤味が消えないルークへと、もう一人の先輩ー、セオドアからも心配そうな目が向けられる。
「だ、大丈夫です……っ!」
「ごめん、オレのせいで…」
至近距離から顔を覗き込み、少しでも熱を引かせようとしているのか、額へと掌を伸ばしてくるのは本当に止めて欲しい。
「や、マジで大丈夫だから…!」
そんな二人の遣り取りに、ジトリとした呆れた視線を向けてくるリリアンと、その一方で口許を手で覆ってほんのり頬を赤らめたアリアの、そんな正反対な反応を示す二人の姿が酷く印象的だった。
*****
(…男…、なんだよなぁ……)
食べ盛りの少年らしく、パクパクと食べ物を平らげていくその姿に、ルークはしみじみと脱力する。
顔は、そこら辺の女の子よりもよっぽど可愛いくて、ルークの好みどストライクだというのに。
行儀がいいとは言えない胡座座りとその食べ方に、ルークはこっそり嘆息する。
顔は、めちゃめちゃ好みで大好きだ。
性格も…。
好き、というより、もはや「尊敬」の念に近い。
男が惚れる男。それがユーリの性格だ。
……ただし。
ーー身体は、受け付けない。
一瞬で失恋が決定したあの瞬間の心の叫びを、一体どう表現したらいいというのか。
「…くちゅ…っ!」
「寒い?」
ふるり、と身体を震わせたユーリへと、ルークは心配そうな目を向ける。
「暖かい物でも飲む?」
その向かいで、アリアもまた気遣わしげに声をかける。
「いや、大丈夫…、って、ルーク?」
「…着とけよ」
同性の人間に、どうしてこんなことをしてやりたくなってしまうのか。
「それじゃ、ルークが寒い…っ」
「全然!オレは平気だしっ」
自分が制服の上から着ていた薄手のカーディガンを肩にかけてきたルークへと、ユーリの遠慮の声が上がるが、実際にルークは本当に全然大丈夫だった。
むしろ、ユーリのせいでとても熱い。
「今、脱ごうか悩んでたくらいだし…っ」
嘘偽りないその本音に、ユーリはしばし考え込むような仕草をする。
そうして。
「…んじゃ、借りとく」
「ん」
もぞもぞと袖を通し始めたユーリへと、ルークは本日もう何度目かの衝撃を食らわせられる。
(…犯罪……っ!)
ユーリは、とても小柄だ。
そして、ルークはそれなりには大きい方。
(かわ…っ、可愛い……っ!)
ぶかぶかの黒いカーディガン。
懸命に袖を上げてはいるが、全体的にあちこち余ってしまうのは仕方がない。
それにまた、不服そうに唇を尖らせている様も可愛くて仕方がない。
もはや、完全に女の子にしか見えない。
(どうしたら…っ!)
顔はどストライクで自分の好み。
性格もとてもいい。
…だけど、男の身体は受け付けない。
(これでなんで女の子じゃないんだよ…!?)
そんな理不尽な叫び声を上げるのは、もう何度目のことだろうか。
「…あったかい…」
淹れたてのお茶をふぅふぅしながらほっこりと洩らされたその台詞とふにゃりと緩められたその顔に、ルークは大地へと撃沈させられていた。