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小話 ~赤い絲~

「…あ…」

ボロボロと今にも剥がれ落ちそうな紙の表面を指先で撫でたリオから漏れた小さな声に、ルイスは「どうかしましたか」と顔を向けていた。

「…いや…、ちょっと、ね……」

古い家系図の一箇所へと目を留めて、リオはくすりと笑みを溢す。

「ここ」

リオの綺麗な指先が示した先。今にも消えそうな名前を記す文字へとルイスは目を凝らす。

「…"シ、オン"…?」

「そう、"シオン王"」

古びた文字は解読がやっとのものだが、確かに刻まれたその名前を前に思わず顔をしかめたルイスへと、リオの穏やかな瞳が向けられる。

「小さな国々から成り立っていたこの島国を一つの国に統一し、魔王をも封印し、この国の礎を築いたとされる伝説の王だよ」

この国の元となった国を建国したのは女王だけれど、それをここまで巨大にしたのはその何代か後のシオン王だ。

「"シオン"と"アリア"の名前が珍しくない理由がわかる?」

この国では、"シオン"と"アリア"の二人の名前は決して珍しいものではない。

己の側近へと少しばかり悪戯っぽい()を向けて、リオは限りなく真実に近いであろう憶測を口にする。

「きっと、伝説の王とその王妃に(あやか)っているからだよ」

もはやその名前が多いことの理由は時と共に風化して、名前だけが珍しくないものとして残されている。

「王妃、ですか?」

「シオン王を支えたという、唯一の王妃にして寵姫」

静かに疑問を投げ掛けてくるルイスへと、リオは小さな頷きを返す。

「時には王の代わりに軍をも動かし、(まつりごと)も行っていたという」

この国の王妃が、国王に次ぐ第二位の地位と権力に在る理由は、ここに起因しているのではないかとリオは思う。

時に、王の代行すらしてみせた聡明な妃。

「…なにか、"誰か"を思わせるよね」

"公爵令嬢"という立場に甘んじることなく、身分隔てなく自ら他人(ひと)を助ける為に動いている少女の姿を思い出し、リオは静かな微笑みを湛える。

「…その名前は初めて耳にしますが」

そんなリオの語らいに、ルイスは眉を潜めてリオを窺う。

かつてこの島国を一つの巨大な国へと統一した王の話は有名で、幼い子供たちに読み聞かせる物語の筆頭となっている。

もちろん、歴史書にもその話はしっかりと載せられていて。

けれど。

「うん。多分、絵本の中では"スウォン王"と"アリシア妃"、とかになってることが多いよね」

微笑するリオの言葉を、ルイスは心の中で肯定する。

そう。ルイスの知る伝説の王とその妃の名は、自分の身近にいる人間(もの)と同じ名前などではない。

この国の成り立ちを学んだ歴史学の中でも、その名を聞いたことはなかった。

「でも、正しくは"シオン王"と"アリア妃"、なんだよ」

その名前が確かに刻まれた家系図へと、リオは柔らかな瞳を向ける。

恐らくは、当時の王と王妃の名を濫りに口にすることを(はばか)って、仮の名をつけた物語が広まったのではないかと思う。

そしてそれは、いつか正式な歴史書にまで影響を及ぼした。

それでも、リオを始めとする王族は、きちんとその正式な名前を学んでいる。

だから。

「シオンのお父上はわからないけど…。多分、アリアの母君はこのことを知っていて自分の娘にその名前をつけたんじゃないかな」

王家においては、それはあまりにも有名で常識な昔話だ。

冷酷無比とも言われていた"シオン王"は、唯一の妃を溺愛し、片時も離すことがなかったという。


「…やっぱりあの二人は運命なのかな」


過去の偉大な王とその王妃と同じ名を持つ二人を思って、リオは静かに微笑んでいた。

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