古き時代
アリアの、王宮での一番古い記憶は。
『セオドアー?』
きょろきょろと辺りを見回しながら、幼い少女は姿の見えない幼馴染みを探していた。
『セオドア…?』
なぜ、そこを探してみようと思ったのか。
緑に囲まれた垣根の中、葉のカーテンに覆われた"入り口"を見つけて、少女はその中を覗き込んでいた。
一面に緑が覆い繁る場所だというにも関わらず、翠のカーテンの奥にはそこだけなぜか大人一人がやっと通れるくらいの小道が作られており、少女はその奥へと誘い込まれるように足を進めていた。
『…みぃつけた!』
『…アリア』
緑に囲まれ、ぽっかりと空いた空間。
大人になって考えると、とても不思議な場所だった気がするけれど。
『セオドアが一番最後よ?』
隠れるの上手ね。と笑って、少女は楽しそうに目を輝かせていた。
『姉上たち、もう見つかっちゃったんだ?』
少年の姉と、少女の兄二人と。みんなで「かくれんぼ」をしようと言い出したのは誰だっただろう。
『こんな場所があるなんて誰も気づかないもの』
手を繋いで外へと歩きながら、二人は緑のトンネルを見上げていた。
『アリアはよく見つけたね』
『セオドアもね』
出口の前で一度足を止めて、少年は小さく呟く。
『…みんなに教えるの、勿体ないな』
『…じゃあ、秘密にする?』
子供にとって、「内緒話」は最高のわくわくで。
悪戯っぽく笑ってキラキラと瞳を輝かせる少女のその提案に乗らないわけにはいかなかった。
『二人だけの秘密の場所ね』
約束、と。小さな小指を絡ませて。
ーーそれが、一番古い思い出。
*****
王宮の中庭付近に差し掛かった時、そこに見慣れた姿を見つけてアリアは足を止めていた。
「セオドア。シャーロット」
そのまま気づかぬ振りで通り過ぎても良かったのだが、アリアの影に気づいたセオドアの方から柔らかな笑顔を向けられてしまえば、足を向けないわけにはいかなかった。
「こんなところでどうしたの?」
"デート"の最中なのだとしたら自分はお邪魔なのではと思いながらもそう問いかければ、セオドアは気にする様子もなく口を開く。
「今日、リオ様に呼び出されただろ?その前に少し時間があればシャーロット…、に会っておきたいと思って」
シャーロット、と、遠慮がちに敬称を外してチラリと隣の婚約者を見下ろしたセオドアに、アリアは「あら」と微笑ましさを感じて柔らかな瞳で二人を眺め遣る。
「素敵ね」
順調に仲を深めているらしい二人に、アリアはにっこりと笑顔を向ける。
まだ少しぎこちなさが残っているような気がするものの、それでもセオドアが敬称をつけることを止めたことは一歩前進した証拠だろう。
「アリアお姉様こそ、今日はシオン様と一緒じゃないんですか?」
不在を確認するように辺りへと視線を廻らせるシャーロットに、アリアは少しだけ困ったように苦笑する。
「そんな、四六時中一緒にいるわけじゃないわよ」
「でも、てっきり一緒に来られるのかと」
そんなにいつも一緒にいるように思われているのだろうかと吐息を洩らせば、シャーロットからさも当然のようにぱちぱちとした目を向けられて、アリアは言い訳するかのように口を開いていた。
「今日はこの前に予定があるらしいわ」
だから一緒に行けないと、事前にシオンから今日の予定は聞いている。
つまり、予定さえなければ一緒に来ていたであろうことは確実で、意図せず二人の親密度を語る結果になっていることにアリアは気づいていなかった。
「アリアこそなにしてたんだ?」
約束の時間にはまだ早いだろ?というセオドアの問いかけは尤もで、アリアは微妙な表情をする。
今日はリオからいつものメンバーに召集がかけられていたのだが、思ったよりも早く着いてしまった為、なにをするでもなく時間を潰していたのだった。
「昔、ここでかくれんぼした時のことを思い出して」
そうして幼い日の思い出についつい浸ってしまっていたのだと話すアリアに、セオドアもその日のことを思い出したか、懐かしげな顔をする。
「あぁ」
みんなでな。と苦笑するセオドアは、どこか意味ありげな瞳を湛えていた。
「"かくれんぼ"?王宮で、ですか?」
驚いたように目を丸くするシャーロットのその反応は当然で、アリアは曖昧な微笑みで言葉を返す。
「えぇ。まぁ、あれが最初で最後だけれど」
"王宮"という国の中で一番尊い場所で"かくれんぼ"をするなど、どんな罰当たりだろうと今ならば理解できる。
幼い頃の大きな瞳には、ただただ巨大な遊び場としてしか映っていなかったけれど。
「あの後こっぴどく怒られたの覚えてる」
「…そうだった?」
苦笑いで肩を竦めるセオドアへと、アリアはそうだったかしらと小首を捻る。
「アリアは庇われてたからな」
あの頃からアリアの二人の兄は妹に甘かった。
その為か、物心つく前から、セオドアにとってアリアは「守られるべき存在」だ。
そういう意味では、もしセオドアがシオンの立場にいたとしたら、理路整然で追い詰めて、シオンのようにアリアの好きにさせていないかもしれなかった。
「いいですね。私もしたかったです」
「子供の特権よね」
仄かに微笑むシャーロットへと微笑み返し、アリアは昔を懐かしむ。
あれは、なんの畏れも知らない子供だからこそできたこと。
成長してしまえばもはや許されないことだ。
「リオ様も誘ってできたら楽しかったでしょうね」
「…!」
「さすがアリア」
くすくすと、本気で楽しそうに笑うアリアに、シャーロットとセオドアの驚きの眼が向けられる。
「リオお兄様にそんなことを言えるのは、アリアお姉様くらいですよ?」
あのリオが、子供とはいえ無邪気に"かくれんぼ"をしている姿など想像できない。
けれど、"将来の王"と言っても、等しく純粋な子供時代というものはある。
「…そうかしら?」
なんでもないことのように瞳を瞬かせ、アリアはそんな呟きをシャーロットとセオドアの二人に返していた。
*****
今にもボロボロと崩れて剥がれ落ちそうな一枚の大きな紙を広げ、「この後修復に回さないとね」と呟きながら、リオはその紙の一部分を指し示して口を開いていた。
「古い家系図に名前だけ見つけたんだよ」
千年以上前のものだと言ってその指先が示した場所へと、全員の目が釘付けになる。
「アベルとカイン」
古代文字とは違い、そこには現代に繋がる確かな文字で、二つの名前が書き記されていた。
「生まれた日が同じだ」
「…双子、ってことですか?」
これ以上破損させることがないよう慎重な手付きでそこに書かれた数字を追っていくリオへと、セオドアが神妙な面持ちで顔を上げる。
「亡くなった日も同じ」
「亡くなった日も!?」
そんな偶然あるのだろうかと驚愕に目を見張るルークへと、当然のようにリオの隣に立つルイスが「つまり」と口を開く。
「事故かなにか、ということでしょうか?」
そうでなければ説明がつかないと隣へと伺いを立てるルイスの言葉に、リオは「わからない」と静かに首を振る。
「わかるのはこれだけだ。その辺りの歴史書や資料を見ても、名前以外なにも見つからない」
生まれてすぐに亡くなったのならばわかる。けれど、生まれた日付と死亡日から計算すると18の歳だった。
「存在さえ怪しいくらいだけど…」
「…逆に、全て記録が消された、と考えた方が辻褄は合うな」
ここまで綺麗になにもないと存在そのものが疑われると眉を潜めるリオへと、その逆の見解を示したシオンが低く呟く。
確かに存在も怪しいが、リデラがはっきりと口にした名前だということを考えると、その名前を持った何者かがなんらかの形で彼女に関わっていたことは間違いないだろう。
「一つだけ言えることは、彼女はその頃からいる存在、ということかな」
千年以上昔に存在した彼らを直接知っているとするならば。
「…魔族、なんですよね?」
話を聞いただけで直接リデラと相対していないルークは、確認するかのようにリオやアリアの方へと視線を向けてくる。
闇の者の寿命についてはよくわかっていない。
ただ、恐らくは、討ち滅ぼされない限りは、人間のように病気をしたり年老いて死ぬようなことはないだろうということだった。
「シオンと彼を見てそう呼んだんだよね?」
自分へと目を向けてくるリオの確認に、アリアがこくりと静かに頷き返せば、「その意図は?」とリオは考え込むかのように押し黙る。
「…似てる…んでしょうか?」
「え?」
「その…、双子のその王子と、シオンと彼が」
おずおずと口にしたアリアの発言に、全員の視線が集中する。
双子の王子のことは知らないが、シオンとZEROがどこか似ているとは以前からアリアが感じていたことだ。
それは、揺るぎない"制作スタッフ"の好みの問題なのだろうと思っていたのだが、そう考えれば納得できる。
過去の王子二人と、シオンとギルバートが似ているという、その理由は?
"現実"は、"小説"より奇なり。
その言葉を思い出し、アリアは愕然と目を見張る。
(…まさか……)
ここは、"ゲーム"の世界だ。
もうずっと思っている。この世界は、"ゲーム制作者"の好みと"萌え"と王道パターンから出来ている。
つまり、この場合の"王道パターン"、と言えば。
(…ギルバートには、王家の血が流れてる…?)
不自然にも死亡日が同じ双子の王子。もし、それが死んだことにされているだけで、生きていたとしたら…?
子を成し、その血が脈々と受け継がれていたら…?
そう考えれば、アルカナがギルバートに目をつけた理由も納得がいってしまう。
("王の末裔"だから…)
大体にして、"ゲーム"の中で、ZEROは五大公爵家の宝玉への封印を普通に解いていた。
それらの封印を解く為には、一般的には強い光魔法が必要とされる。公爵家の人間には王家の姫君を娶るなどして色濃く光属性の魔力が入ってくるようになっているが、子爵家のギルバートの家系で王家の姫君が降嫁してくるようなことは考え難い。
つまり、普通に考えれば、ギルバート自身に王家の光魔法が継がれていると推測する方が自然だった。
(…どうしよう…?)
これは、あくまでアリアの推論だ。
けれど、かなり真実に近いのではないかという結論に、アリアはこのことを口にしていいものかと迷いが生まれる。
検討違いの可能性も、大いにある。
「…単純に、過去の王子たちに似ているからその名で呼んでしまった、ってこと…?」
「いえっ、それは私のただ単純な推測で…っ」
けれど、アリアの単純な思考回路を肯定されるとそれはそれで危険な気もして、アリアは慌ててそれを否定する。
が。
「この場合、確かにそうシンプルに考えた方がいいかもしれないね」
緩やかな吐息をついて、リオもまたその結論に同意する。
ウェントゥス家も、シオンの曾祖母か誰かは王家から降嫁してきた姫君だ。シオンにも、歴とした王家の血が流れている。
だから、過去の王子とシオンが似ていたとしても、それはなんら不思議はない。
彼に関しても、偶々容姿が似ていただけで…。
「今日、君たちに話したかったのはこれだけなんだけどね」
家系図を持ち出すわけにはいかなかった為にわざわざ呼び出す形になってしまって申し訳なかったと謝って、リオは新たに浮かんだ多くの疑問符に曖昧な笑みを浮かべながら一同を見回した。
「どちらにせよ、魔族の存在が明らかになった以上、くれぐれも気をつけて欲しい」
きっと、無関係ではいられないのだと、その場の誰もが思っていた。