××して欲しい?
アリアがシオンに引っぱられるようにして部屋を後にする少し前。
「アリア」
解散の雰囲気が漂い始めた頃、ふと思い出したように自分をみつめてきたルーカスへと、アリアは「はい?」と顔を上げていた。
「少し前から気になってたんだけど」
「?」
「…制服の下」
なにを言われるのかと小首を傾げるアリアへと、ルーカスは苦笑いでその胸元を飾っているであろう魔法石について指摘する。
「隠していてもわかるよ」
「…そういうつもりじゃないんですけど…」
希少な魔石から作られたペンダント。
婚約者から贈られたそれを、なんとなく外せずにいるのは、希少すぎて大切に仕舞っておくことすら憚れたからだと思う。
別段、隠しているつもりもない。あまり華美すぎるものでない限り、校内で装飾品を身につけることが禁止されているわけでもない。ただ、制服の上を堂々と飾って見せつける勇気はアリアにはなかっただけ。
「…人の"悪意"を弾く魔力が込められているみたいだね」
じ…、と見えない服の下の魔法石を見透かすようにみつめてくるルーカスの視線に、アリアもつられるように目を落とす。
「"悪意"を…?」
「あくまで"悪意"だよ?」
制服の下に仕舞われているその輝きを見ることはできないけれど、確かに"なにか"を感じ取っているらしいルーカスの言葉に、アリアは瞳を瞬かせる。
"悪意"と言われても、その単語だけでは理解しがたい。
「ん~?つまり、例えば魔族が"悪意"を持って君を操ろうとしても操れないかな?ってこと」
とはいえ、その魔石が持つ力を遥かに上回るような魔力をぶつけられてしまえばあまり効果はないけれど。
それでも大抵の"悪意"を弾くことができるだろうと告げるルーカスに、アリアはやはり理解不能という顔をする。
「…でも…」
先ほど、アリアはきっちりルーカスの術に陥れられてしまっている。それは一体どういうことか。
「さっきの僕の術は"悪意"は込められていないからね。その程度の違いだと思えば大したことはないのかもしれないけど」
アリアの疑問は最もで、くすりと微笑ってルーカスはそのカラクリを説明する。
それでも、対魔族に関してはそれなりの効果を発揮するに違いない。
「どこで手に入れたかは知らないけど」
入手経路をわざわざ聞こうとは思わない。
ただ、それが"誰か"から贈られたものなのだろうということは推測できた。
にっこりと、意味深に笑ってルーカスは言う。
「君を守るためにはなかなか悪くないと思うよ?」
アリアの実家であるアクア家を象徴する蒼い光。
彼女を守ってくれるよう、強い祈りが込められた宝石は、誰にも見えない場所できらりと輝いていた。
*****
「どこ行くの?」
帰るぞ。の一言で外へと連れ出され、別段一緒にいる必要もないのだが、なんとなく別れられないままシオンの半歩後ろを歩きながら、アリアはその背中へと問いかける。
そのまま外の方へと向かうのかと思えば、シオンは校舎の方へと戻っていき、シオンとアリアが在籍する教室がある廊下までやって来ていた。
(教室…?)
忘れ物でもしたのだろうかと心の中で首を傾げ、アリアは無言のままのシオンを見上げる。
「シオン…?」
開いたままだった扉の先は、シオンとユーリの教室だ。
と。
「シオ…ッ?」
そのまま室内へと引き込まれたかと思うとドアを閉められ、性急に壁へと押し付けられた衝撃で、アリアは顔をしかめていた。
「なん…っ?」
どうしたのかと見上げた瞳に、近すぎて焦点の合わないシオンの綺麗な顔が飛び込んでくる。
「…ん…っ、シオ……ッ」
「あんなことを言われたら抑えられなくなる」
勢いのまま口付けて、すぐに離れたシオンの瞳に真っ直ぐ射抜かれ、アリアは小さく息を呑む。
「なにを…っ、…ん…っ」
両手首を壁へと縫い止められて、逃げ場はない。
「ん…っ、ぅ…っ…」
再度重ねられた唇は、今度は深くまで潜り込まれてアリアは閉じた睫を震わせていた。
「好き、だろう?」
「なに、が…」
口づけの間に至近距離から覗き込まれて、アリアは切れ切れの息で言葉を洩らす。
「キスだ」
ーー『"恥ずかしいから"したくないとは思っても、キス自体は嫌じゃない証拠かな?』
「っ!そ、れは……」
意味深に微笑ったルーカスの言葉を思い出し、かぁぁぁ…っ、と顔に熱が籠る。
それが深層心理だと言われても、アリアにはとてもではないが容認できない。
誰か一人を、と言われれば、シオンを選んでしまうのは仕方のないことだと思う。
シオンはアリアの婚約者で、"一推し"で。アリアの同意は別として、もう何度も唇を重ねた仲なのだから。
「シオ…、んぅ…っ」
顔を背けかけたアリアの唇を正確に捕らえ、シオンの熱が歯列を割って入り込んでくる。
「ん…っ、んっ…」
逃げようとする舌を絡め取られ、漏れる吐息が熱くなる。
シオンからの口づけが。この行為が好きかどうかなど考えたことがない。
ただ、なんとなく。
身体を重ねることよりも、深い口づけの方がよっぽど生々しい感じがする。
本当に想う相手でなければ、それこそ"気持ち悪い"とさえ感じてしまいそうな。
「…こんな風にされるの、好きだろう?」
思い通りにならない呼吸に懸命に息を整えているアリアへと、シオンは低く囁きかける。
反射的にシオンを見上げた瞳は潤み、羞恥で目元を仄かに染めた上目遣いは、まるでその先を誘っているかのようだった。
「シオ…、んん…っ、んっ…」
閉じることを許されない唇は妖しく濡れ、蕩けかけているその瞳の意味を確認するかのようにシオンは暖かな口腔内を貪り尽くす。
「んっ、ふ…っ、ぅ…、も、ダ、メ……ッ」
何度も何度も飽きることなく重ねられる唇に、とうとうアリアの口から泣き言のような声が漏れる。
奥深くまで潜り込んだ熱に蹂躙されて、身体の方が根を上げる。
力が抜け、一人で立っていられなくなる。
「アリア…」
少しだけ熱くなった低い囁きに。
「お前の欲しいところに、好きなだけキスしてやる」
くすり、と笑ったシオンの低音に、アリアはふるりと身体を震わせていた。
R18版は夜投稿予定です。