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act.3-6 The goddess of Liberty

「あ~ぁ、残念」

わざとらしく肩を落としてみせるステラは、シオンの知るステラとは全く違い、残忍さと奔放さが滲み出ていた。

「貴方がこの身体(・・・・)を抱いたら面白かったのに」

そうくすくす笑うステラは、自分の身体(こと)を話しているはずなのにまるで他人事のように感じられる。

「…なにを言ってる」

「他の女を抱いたとわかった時のあの女(・・・)の反応は見物だったでしょうに」

口元へと手をやったその指の間からは赤い唇が覗き、それが酷く淫猥に見えた。

ーーあの女(・・・)

その単語が指し示す相手が誰なのか、一瞬結び付かずにシオンは顔を潜めていた。

「…それは、アリアのことか?」

ステラの変貌の理由がわからず、理解が追い付かない。

ただ、一つだけシオンが確信したことは。

ーーこの女は"敵"だ。

ということだけ。

「そうよ?」

それ以外誰がいるの?とわざとらしく首を傾げて見せるステラに、シオンは鋭い目を向ける。

「…お前は、誰だ?」

ほんの一瞬、驚いたように見張られた双眸。

けれど次の瞬間には、目の前の少女はシオンへとにっこりと微笑みかけていた。

「私はステラ。ステラ・マルティネス。誰か別の人間に見える?」

「…外見だけならな」

外見だけならば、確かに目の前の少女は「ステラ・マルティネス」に違いない。

けれど、その中身はシオンの知る少女とは全くの別人だ。

つまり、それはどういうことか。

そんなことを考えているシオンへと、シオンのその思考を肯定するかのように、目の前のステラは少女らしくないニタリという笑みを浮かべていた。

「…なにを考えている」

「…なにも?」

特段なにかを考えてるわけじゃない。

ただ。

あの女(・・・)を傷つけてやりたいだけ」

高貴な身分に確かな血筋。なに不自由なく生きてきて、当たり前のように周りから愛されている少女。

「アイツがお前になにをした」

「なにもしてないわね」

そう。なにもしていない。

ただ、ステラ(・・・)へと、お友達になりましょうと、あの穢れを知らない微笑みで手を差し伸べてきただけだ。

「存在そのものが憎いの」

他人の悪意に触れたことなどないであろう、柔らかな笑顔。

「憎くて憎くて仕方がない」

明るい未来を疑っていない綺麗な瞳。

「虫酸が走る」

どうして、と。

どうして、自分(・・)ばかりがこんな立場を押し付けられなくてはならないのか。

もう、限界だった。

「全て壊れてしまえばいい」

ーーステラの中の負の感情を全て背負わされた"破壊の人格"。

アリアたちのおかげで嫌がらせはなくなった。

けれど、彼女(・・)たちに対する憎しみがなくなったわけじゃない。

態度を改めた彼女(・・)たちを許し、受け入れた少女(ステラ)

ステラの中に存在する人格が、その矛盾に悲鳴を上げる。

一体、どうして。

一度芽生えたこの敵意を、どこへ向ければいいのか。

一体、誰のせいで。

そう思った時、その憎悪はこの事態を招いた少女へと向いた。

あの、少女のせいで。

それと同時に、全てを手に入れている少女のことが憎くなった。

一番大切なものを奪ってやりたかった。

ーー『誘惑しなさい』

その命にステラ(・・・)は抵抗したけれど。

ちょうどいい、と思った。

本来は父親に向けられるはずだった憎悪が、明確に別の人間(アリア)へと向かった瞬間。

「…リデラ」

鋭い視線をシオンへと向けたまま、ステラは面白そうにこの事態を見守っている女へと声をかける。

「なにかしら?」

「この人、私が貰ってもいい?」

自分を溺愛する婚約者が他の女を抱いたと知ったら。愛されることに疑いを持っていない少女が、婚約者の裏切り(・・・)を知ったら。

その時彼女は、どんな顔をするだろうか。

「…あら、ステラ(・・・)を守らなくていいの?」

「もう、なにもかもどうでもいいの」

大袈裟に驚いてみせる女ー、リデラへと、ステラは、くすっ、という自虐的にも感じる楽しげな笑みを溢す。

幼い頃からずっと、ステラ(・・・)を守るためにステラ(・・・)の負の感情を取り込んで生きてきた。

けれどもう、そんなこともどうでも良かった。

全てをめちゃくちゃにしてやりたい。

ステラ(・・・)を守るべく生まれた存在も、もはや限界だった。

「…なにを言っている」

リデラとステラとの不可思議な遣り取りに、シオンは顔を潜めて低い疑問符を投げかける。

けれどその答えが返ってくることはなく、リデラは真っ赤な唇引き上げると楽しそうな瞳をステラへと向けていた。

「じゃあ、どうしたいの?」

「自分の意思で抱かせる方が面白かったけど、こうなったら仕方ないじゃない?」

二人の間では成り立っているらしい会話を続けながら、ステラはうっすらと目を細めて残忍な笑みを刻む。

「協力してよ」

その言葉は、一体なにを意味するのか。

明らかに普通(・・)ではない事態に、シオンはすぐにでも魔法を行使できるように身構える。

「リデラ」と呼ばれた女が普通の人間ではないことはすでに明確だった。

「私に命令できる立場だと思って?」

ステラの協力要請に少しだけ目を丸くしたリデラは、くすりという笑みを溢すと、「まぁいいわ」と両掌で宙を仰いで肩を落とす。

「面白そうだから協力してあげる」

ふふっ、と楽しげな笑みが溢れ、真っ赤に濡れた女の口角が引き上がる。

その空気に、シオンは緊張を滲ませると警戒に身を引き締める。

だが。

「…な…っ?」

ふっ、と女の姿が掻き消えて、瞬時に視線を辺りへと巡らせたその直後。

「…っ!」

ふわっ、と奇妙な薫りが鼻をつき、目の前に現れた女に顔を覗き込まれていた。

「その()彼女(・・)だと思って抱きなさい」

まるで暗示のように脳内へと直接響いたその甘い声に、シオンの頭がくらりと揺らぐ。

「な、にを……」

女の声に支配されかける頭で顔を上げれば、女の背後にいるのはステラ(・・・)だった。

先ほどのように愛しい少女の幻覚は見えない。

それなのに。

腕を取ったステラに誘われるままにソファの方へと足が向く。

片膝をソファに乗せたシオンがゆっくりとステラの身体を沈ませていって。

ギシ…ッ、と、スプリングの音が嫌に響いた。

傾いていくシオンの頭へと、ステラの細い腕が伸ばされて。

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