act.3-1 The goddess of Liberty
本来の"ゲーム"では。
例の裏賭博からジャレッドたちを救い出し、ジャレッドを無事仲間へと引き入れることに成功したZEROは、彼の協力の元、すぐにウェントゥス家から宝玉を盗み出すことに成功する。
ーー公爵家から家宝が盗まれた。
その大事件はすぐに国中の人々が知ることとなり、もちろんアラスターの耳にも入る。
そして持ち前の好奇心から、ZEROの正体を暴こうとアラスターがシャノンを巻き込み動き出す中、彼らの学園で騒ぎが起きる。
ーー女子寮に、幽霊が出る。
そんな噂が広まっていた。
それは年頃の少女たちを恐がらせるだけで、特段なにか攻撃をしてくるようなものではなかった。
しかし、"肝試し"のように面白がって夜の女子寮を探索しようとする生徒たちが増えていく中で、とうとう被害者が出始める。
そこでその騒ぎを収めようと動き出したのが、好奇心旺盛なアラスターと、それに巻き込まれるシャノン。
幽霊の正体は、シャノンとアラスターの後輩である、ステラ・マルティネスの別人格。
ステラは、一部の女生徒たちから些細な嫌がらせを受けていた。
その為、ステラの別人格は、その生徒たちへと"仕返し"をしていたのだ。
一方、次の"協力者"にステラへと白刃の矢を立てていたZEROも動き出し、学園へと潜入する。
ステラの別人格と"取引"を交わすZERO。
夜の学園で、ZEROとシャノンは再会するーー。
そして、事件を追っていく中で、シャノンは"幽霊騒ぎ"の背後にある因果関係とステラの別人格に気づいて"虐め"自体は収束するのだが。
そもそもステラが別人格を生み出したのは、彼女の父親の暴力によるものだ。
自分の身を守る術などなにも持たない幼い少女が唯一自分自身を救う方法は、「痛みを感じているのは自分ではない」と思い込むことだった。
暴力を振るわれる自分と、父親への憎しみを抱く自分。逃れられない"不幸"を全て切り離した存在が、シャノンとアラスターの後輩であるステラだった。
*****
学園内での幽霊騒ぎはシャノンとアラスターに任せるとして、アリアのすべきことは、ステラを"一周目のルート"と同じ結末にさせないことだ。
"二周目"では救えるのだから、救えないはずはない、と思っている。
そのために、アリアがすることは。
ステラの家は、アクア家と縁のある男爵家という"設定"だ。
だから、ZEROに目を付けられた。実際に"ゲーム"の中でも、ステラの手引きでアクア家へと侵入しているのだから、それは確かな事実だろう。
だが、アリアは、遠縁とはいえこの時点までステラの存在を知らなかった。つまりは、ステラがアクア家の内部情報を元々持っていたわけではない、ということ。
では、ステラがそれだけの情報を手に入れられるようになったキッカケはなにか、と言うと。
「おめでとうございます」と向けられる笑顔に「ありがとうございます」とにこやかな微笑みを返しながら、アリアは会場内に視線を巡らせていた。
今日は、アリアの二番目の兄の"成人祝賀会"だった。
貴族同士の交遊を深める為に誕生祝いパーティーをすることはよくあることだが、20歳は"成人"ということで、家を上げて祝うのが通例だ。
そして、その参加者名簿の中に。
ーー「ステラ・マルティネス」の名前があった。
上の兄の成人祝いの時にマルティネス親子がなぜ参加していなかったのかはわからないけれど。
(ここでアクア家との関係ができたわけね…)
この"現実"において、恐らくZEROからステラへの接触はないように思われる。
なにせ、アリアがいるのだ。わざわざステラにアクア家への手引きをして貰う必要はない。
その違いがまた、この"現実"にどんな影響を及ぼすのかわからない以上、今後のステラの動向から目を離すわけにはいかなかった。
「…お前はなにをそわそわしてるんだ」
「っ、シオン」
不意に横へと立ったシオンに耳元近くで声をかけられ、アリアは少しだけ驚いたように振り返る。
「さっきから落ち着きがない」
「…そんなことは…」
ない、と言いたかったが、呆れたように見下ろしてくる瞳が、そんなはずはないだろうと語りかけてくる。
「…こんな盛大なパーティーは久しぶりだから、招待した方々の顔と名前が一致するか不安になっちゃって」
咄嗟に返した言い訳は決して嘘ではない。記憶力はいい方だが、目の前の"天才"に比べれば雲泥の差に違いない。
こんな場面で招待客の名前を間違えるなど失礼なことこの上ない為、昨日までのアリアは招待客の名前と記憶の中の顔を照らし合わせるのにそれなりの時間を要していた。
(一度で全て覚えられるシオンとは違うのよ…!)
"ゲーム"の"天才設定"を思い出し、アリアは心の中で恨めし気な瞳を向ける。
「不安ならフォローしてやるから合図しろ」
そんなアリアに納得したように「あぁ」と頷きを洩らし、シオンは涼しい顔で会場内へと顔を向けていた。
「…ありがとう」
主催はアクア家だというのに、なんでもないことのようにさらりと言ってのけるシオンに、アリアは複雑そうな笑みを返す。
姿の見えないステラのことは気になるが、そちらに気を取られて招待客の名前を間違えるなどの失礼があったら大問題だ。
婚約者であるシオンがアリアの傍にいることはなんら不思議なことではないから、本当に万が一のことがあったら甘えてしまおうと、アリアは少しだけ肩の力を抜いていた。
今日の主役はアリアの兄の為、招待客全員が両親と兄のところに祝辞を述べに行くのは当然として、わざわざアリアのところまで挨拶をしに来る人々も少なくはない。
そうして次から次へとやってくる"お客様"に花のような笑顔を返しながら他愛もない会話を繰り返していると、視界の端に"ゲーム"で見覚えのある親子の姿があった。
(いた…っ!)
いつやって来たのか、他の招待客と同じように両親と兄に挨拶している様子が窺えて、アリアは意識だけそちらへと集中させる。
と。
「アリア」
「…セオドア」
聞き慣れた声に名を呼ばれ、アリアはふんわりとした微笑みを浮かべていた。
「今日はお招き頂きまして」
眼鏡の奥が少しだけ悪戯っぽく輝いて、セオドアが演技がかった礼をする。
アリアの両親とセオドアの両親は親友同士の為、今日は家族全員で兄のお祝いに来てくれていた。
ちなみに、五大公爵家は全家招待している為、当主本人が来られなくとも、誰か名代を立てるなどして参加している。アリアと婚約関係にあるシオンの父親は、仕事でどうしても外せない用事があるということで、シオンの参加は当然として、母親と一緒に来てくれていた。
ソルム家からは、ルークの兄が。王家代表として、リオと、その婚約者であるマリベールがアーエール家の代表として来ている為、かなり豪華な顔揃えだ。そして、いつもならばリオの傍にいるはずの忠臣のルイスに代わり、ルーカスがリオの護衛兼魔法師団代表として顔を出していた。
「昔はよく一緒に遊んで面倒みて貰ったのになぁ…。"成人"か」
「そうね」
アリアの兄へと懐かしそうな瞳を向けて語るセオドアへと柔らかな同意を返し、アリアもまた過去へと思いを巡らせる。
幼い頃は、よく互いの両親に連れられて、アリアと二人の兄とセオドア、そしてセオドアの姉の五人で遊んだものだった。割りと活発な遊びをしていたような記憶もあるが、不思議と喧嘩などをした記憶はない。
セオドアの方がアリアより遅く生まれているにも関わらず、全員がアリアを甘やかすから、よく我が儘放題に育たなかったものだと我ながら感心してしまう。
昔からセオドアは、アリアの三番目の"いいお兄ちゃん"ポジションだ。
そんな風に互いに過去を懐かしんでいると「そうだ」とセオドアが思い出したように声を上げ、すっかりアリアより高い位置にある顔がアリアの顔を覗き込んでくる。
「ダンスの時には俺とも踊って貰っても?」
茶化したように笑うセオドアへと、アリアは「もちろん喜んで」と笑顔を返す。
「足引っ掻けて転ばないようにな?」
「いつの話をしてるのよっ」
昔話に花が咲いていた為か、それこそダンスを習い始めた頃のことを指摘され、アリアは少しだけ赤くなると小さく頬を膨らませる。
そんなアリアに「あはは」と笑うセオドアはとても楽しそうだ。
そこへ。
「…アリア様…、ですか?」
少し離れた位置から声をかけられ、そちらの方へと顔を向ければ、背の高い整った顔をした茶髪の男性と、その隣に赤いドレスを着た黒髪の華奢な少女の姿があった。
(ステラ…!)
まさか父親の方から接触を図ってきてくれるなんて、と心中目を見張るアリアの驚きになど気づくはずもなく、ステラの父親は恭しく腰を折る。
「お初にお目にかかります、ブラント・マルティネスと申します」
丁寧なその声色からは、とても家庭の中で娘へと暴力を振るっているような残忍さは窺えない。
「こちらは娘のステラです」
「初めまして」
挨拶しなさい、と促され、綺麗なお辞儀をしたステラは、身体の線こそ細いものの、やはり父親の絶対的支配下に置かれた凄惨さは出ていない。
とはいえ。
(ステラは"守られて"いるから…)
父親の暴力に晒されているのは、目の前の"ステラ"ではなく、"別人格"の方だ。
自分の精神を守るために生み出した"もう一人の自分"。自分の中に別人格があることを、このステラは今の時点ではまだ理解していない。
「娘がアリア様と年が近いので、これを機に仲良くして頂けたらと思いまして」
確か、ステラの父親ーブラントは出世欲が強かったはずだ。
そう考えれば遠縁とはいえ今までほとんど縁のなかった公爵家とこれを機会に援交を深めたいと思うのは当然で、アリアはそんなブラントへとにこりとした微笑みを返していた。
「こちらこそ、是非」
ステラがアリアと仲良くなれば、「利用できる娘」として少しはステラに対する扱いも改善されるだろうか。
とはいえ、現状ステラはシャノンとアラスターの通う学園の女子寮に入っている為、一時的に父親の脅威から逃れることはできている。
「後でゆっくりお話しましょう?」
とりあえずはまだ父親と一緒に挨拶回りをするであろうから、アリアはステラの手を取るとにっこりと微笑みかけていた。
「はい」
そう頷くステラは、やはり暴力に晒された弱々しい雰囲気などなく、どこからどう見ても"普通の少女"だ。"ゲーム"の中でも、どちらかと言えば"少し勝ち気"に入る部類ですらあった。
そうして複雑な思いを抱きながらステラの後ろ姿を見送ったアリアへと、全く気配なく近寄る人物が。
「…闇魔法の気配がしたね」
「ルーカスッ?」
す…っ、とアリアの横へと忍び寄り、ひっそりと囁くように口にされたその言葉に、アリアは不意打ちとその衝撃的な内容との両方に、思わず小さく声を上げる。
「…あれ?てっきり君も気づいたのかと」
男性へと向けていた警戒するかのような視線はそういう理由だったのではないかと問いかけてくるルーカスに、アリアは思わず口ごもる。
「…いえ、私は…」
無意識にステラの父親に向けていた鋭い視線は、か弱い少女へと暴力を繰り返している男に対する嫌悪から来ていたものなのだが、ルーカスが今口にした"闇の気配"とは一体なんのことなのだろう。
(なにか起こってるの…!?)
"初代"の話と違い、今回の"ゲーム"の中で、魔族が関わってくるような話はなかったはずだ。
実は裏で動いていた為に表に出てこなかっただけなのか、アリアが動いたことにより、別の"なにか"イレギュラーなことが起こりつつあるのか。
それは、アリアにもわからない。
「どういうことだ」
「…まさか、また魔族が…?」
不穏な言葉を一緒に耳にしたシオンとセオドアが、各々警戒するかのような緊張感を纏わせながら、ルーカスへと厳しい目を向ける。
「残り香みたいな微かなものだけどね」
彼自身が魔族というわけではなく、どこかで"闇魔法"と接触があったことを窺わせるような匂いだと言って、ルーカスは肩を竦めて見せる。
その為、男本人が直接関わっているとは限らない。
それでも。
「…一応、皇太子にも報告しておこうか」
婚約者であるマリベールを伴って、参加者たちと穏やかに談笑しているリオへとチラリと視線を投げ、ルーカスはやれやれと肩を落としていた。