詰問
その日の放課後。
アリアのクラスの方が終わりが遅かった時には絶望にも似た細い悲鳴を上げかけたけれど、辺りにシオンの気配はなく、アリアは今のうちにとさっさと迎えの馬車へと向かっていた。
けれどそんな甘い考えは見事に崩壊し、しっかりアクア家の馬車を帰していたらしいシオンにすぐに捕まっていた。
「シャノンとアラスターはなにしに来た」
「だから、先日の一件の詳細を聞きに…っ!」
「ならば別々に来る必要はないだろう」
「そんなの知らな…っ」
仲のいい友人同士だからといって、いつも行動を共にしているわけではないだろうと、苦しい言い訳をするアリアの身体を完全に捕らえ、シオンは自分の膝の上へとアリアの身体を乗せてしまう。
「今度はなにを企んでる」
「なにも企んでなんかない…っ!」
馬車へと乗り込んでから押し問答が繰り広げられ、シオンの膝の上に横向きで座らされたアリアは、その距離感に思わず頬を赤らませる。
「アイツらが子供を助け出してきたのも、お前の仕業だろう」
「…っ」
「なぜそうも隠したがる」
至近距離から真剣な瞳に射抜かれて、アリアは口を閉ざすしか術はない。
もはやシオンに全てバレていることなど今さらすぎて、自分の迂闊すぎる行動に後悔することすら諦めている。
ーーアリアが知っていることを、絶対に口にしてはいけない。
まるでなにかの呪いのように、そんな脅迫に襲われるのはなぜなのだろう。
それは、アリアの記憶と引き換えに提示された契約のようにアリアを縛り付けている。
そんなアリアへ、シオンは「まぁいい」とすでに諦めたように肩を落とすと、長い金色の髪をさらりと手で掬っていた。
「お前が望むことなら、全力で叶えてやる」
それが人助けでも、人殺しでも。と、なんでもないことのように囁いて手に取った髪へと口づけを落とすシオンの台詞は、さらりと口にされすぎていて、間違いなく本心そのものだとわかるから、もはや恐怖でしかない。
「危険なことはないな?」
「シオ…ッ」
確認のように耳元で低く囁かれ、その吐息に思わず肩が震えてしまう。
「絶対に一人で突っ走るな」
頬を撫でるように触れてくるシオンの真剣な言の葉に、ふるりと身体が震える。
できることならば、アリアも今回はただの傍観者でいたいと思うのだけれど、きっとそれは状況が許さないのだろうという確信がある。
「お前の悪い癖だ」
静かにアリアの耳元へと唇を落とし、シオンは腕の中の存在を確かめるかのように触れるか触れないか程度の優しさでアリアの腕を撫で上げる。
「…っ」
それが却ってもどかしい気さえしてしまって、アリアは小さく息を飲んでいた。
「わかったな?」
「…ん…っ」
言い聞かせるようにその瞳を覗き込み、シオンはそのままアリアの唇へと口付ける。
「シオ、ン…ッ」
刹那、羞恥に瞳を潤ませて、ささやかな抵抗を見せるアリアは却って愛しさしか沸いてこない。
「…"恋愛相談に乗りたい"と言っていたな?」
そして、くすりと意味深に囁かれたその意趣返しに、アリアは途端怯えたように瞳を揺らめかせていた。
「そ、それは…っ」
「婚約者が浮気をしているみたいなんだが、どうしたらいいと思う?」
ニヤリと口の端を引き上げたシオンは、アリアの首筋へと唇を落としながらとても楽しそうに聞いてくる。
アリアの希望を叶えるかのようなそれは、アリアに対する嫌がらせでしかない。
「浮気なんてしてな…っ」
「それは後で身体にしっかり聞いてやる」
「ーーっ!」
(根に持ってる…っ!)
知っている。シオンが自分のことを本気で想ってくれていることを。
それでもまだ、信じられない自分がいる。
「親友、がどうした?」
「ん…っ」
上向かされ、すぐに奪われた唇に反論など許されない。
「親友同士はこんなことはしない」
「シオ…ッ」
今度は明らかな意図を持ってアリアの身体へと触れ始めたシオンの掌に、アリアは怯えたように目を瞑る。
「お前はオレの婚約者だな?」
仄かな憤りさえ感じるその質問に、もはやこくこくと頷くことしかできなくなる。
「待っ…」
馬車は間も無くウェントゥス家の門を潜るだろう。
そうしてアリアは、自分の失言の重さを思い知らされるのだった。
R18版は夜投稿予定です。