来訪者 ~アラスター・ファブリガス~
シャノンとZEROとの最初の出逢いは月夜の下。
そして、シャノンとアラスターとギルバートの出逢いは、本来最初の"イベント"になるはずだった、ジャレッドをZEROの仲間に引き込むための"裏賭博イベント"だ。
その後ZEROが一つ目の秘宝を盗み出し、「怪盗ZERO」の名が世に広まると、持ち前の好奇心から、アラスターがZEROの正体を追うようになる。
そんなアラスターに付き合わされているうちに、特殊能力によって否応でもシャノンはギルバートとZEROが同一人物であるということに気づいてしまう。
その結果、シャノンはZEROの怪盗行為を手伝うようになり、それを追うアラスターとの間で葛藤することになる。
最終的にはアラスターも仲間に入り、全員で宝玉の秘密と、諸悪の根源であるアルカナに挑むことになる。
ーーというのが大まかな"ゲーム"の流れ。
ZEROの怪盗行為を手伝う中で、シャノンはシリルやジャレッドの時のように、事件のその先の真実に気づいて"攻略対象者"たちを救っていく。
忌み嫌っていた自分の能力を、自分の意思で使うようになっていく。そうしてシャノンは、自らの能力を認め、少しずつ受け入れていくのだ。
そして、そんなシャノンの姿に、ギルバートは少しずつ惹かれていくようになる。
最後の決戦。アルカナとの過去の真実に曝された時も、シャノンがそんなギルバートの支えになる。
(頭、痛い…)
考えすぎて知恵熱が出そうだと、アリアは頭に手をやり、大きな溜め息を吐き出した。
ここのところ"ゲーム"の記憶の整理と今後どうすべきかを考えすぎて寝不足にすらなっている。
前回の時と違い、"ゲーム"開始時までに時間があるわけではないから、ある意味刻々とタイムリミットが迫っている。
恐らく、"攻略対象者"たちについては、アリアは見守るだけで、後はシャノンたち本来の"メインキャラクター"に任せてしまっていいのではないかと思う。
問題は、秘宝の入手と…。
と。昨日と同じように一人で校門へ向かって歩いていたアリアは、周りのざわめきに顔を上げる。
なんだかこの雰囲気は、昨日と同じような予感する。
ただ、昨日と違うとするならば…。
「お待ちしてました」
他人から向けられる注目など気にすることもなく、優雅に頭を下げて堂々とアリアを出迎えたことだろうか。
「…アラスター」
(なにこの似た者幼馴染み)
二人揃って考えることは同じだな、と感心しながらも、アリアは昨日と同じく周りの好奇の視線を気にして困ったような表情になる。
「貴女と話したいことがありまして」
少しだけお時間頂けますか?と丁寧に尋ねられてしまえば、アリアに拒否することなどできない。
「…普通に話して貰っても?」
昨日も同じようなことを口にしたなぁ、と思いながら苦笑いでそう言って、アリアはやはり昨日と同じくアラスターを馬車の方へと促していた。
「先日は、本当にごめんなさい」
昨日シャノンにも謝罪はしたが、あのままうやむやにするつもりはなかったことに頭を下げ、アリアは困ったようにはにかんだ。
「それで、話、っていうのはシャノンのこと?」
すぐに済む、ということで、馬車はアクア家へと向かうわけではなく、アラスターとアリアの帰路が分かれる場所で停めるようにお願いしてある。
ゆっくりと動き出した馬車に揺られながら、アリアは前の座席に座るアラスターから、ぴりりとした緊張の空気が醸し出されているのを感じていた。
「…アンタはアイツのなんなんだ?」
探るような瞳をアリアへ向けて、アラスターは慎重に言葉を選ぶかのように口を開く。
「…"知り合い"、ってわけでもないよな?」
幼い頃からシャノンの家へと預けられることも多かった為、一緒に育ったと言っても過言ではない幼馴染み。元よりシャノンに交遊関係などほとんどないに等しいから、アラスターが初対面のアリアと、己の幼馴染みが前々からの顔見知りなどということはあり得ない。
「昨日、会いに来ただろう」
自ら他人と関わることのないシャノンが自分の意思で"誰か"に会いに行くなど、アラスターからしてみればまさに晴天の霹靂だ。
「アイツは極度の人見知りで、自ら他人に寄っていったりしない。…だけど、アンタにだけは違った」
他人との関り合いを嫌う理由が「人見知り」などではないことはアラスターも知ってはいるだろうが、今までずっと、他人との接触を避ける理由を「極度の人見知り」ということで納得させてきた。
そんなシャノンが、今回、どんな理由があるにせよ、自ら初対面の少女に会いに行った気配があった。
あの件に関して、腑に落ちない点があるのはアラスターも同じだ。けれど、今までのシャノンであれば、それさえ蓋をして日常へと戻っているはずなのに。
「……それは……」
「アンタ、あの時、シャノンに頼み事をしたよな?」
言い淀むように不安定に揺れる瞳へと、アラスターは言い逃れを許さないという双眸を向ける。
シャノンの手を取り、「お願いがある」と口にした。
その内容をアラスターは聞いていないが、その後のシャノンの行動から、推測することくらいならできる。けれど、そうして導き出された答えは、あまりにも信じがたいものだった。
「…一体アンタはなんなんだ」
間違いなく、この少女と己の幼馴染みは初対面だったはずだ。
にも関わらず、シャノンは少女の「頼み」を聞き入れ、あまつさえアラスターにも内緒で単身少女に会いに行った。
あの時、二人の間でなにがあったのか、アラスターには知る術がない。
元々シャノンは潔癖で、正義感の強い性格をしているとは思う。とはいえ、例え人助けだったとしても、なぜあぁも簡単に少女の願いを叶えたのか。
そこから至ったアラスターの結論は。
ーーこの少女は危険だ。
「…アイツの為を思うなら、もう近づかないでくれ」
それは恐らく、シャノンが変わってしまうことに対しての"怖れ"。
アラスターは、自分で気づいていないだけで、すでにシャノンに惹かれているのだろうと思う。だから、恐いのだ。シャノンが一人で歩き出し、自分から離れていってしまうことが。
「…これからも、そうやって真綿でくるむように守っていくの?」
自分は、アラスターにとって残酷なことを口にする。
それを自覚して、アリアは少しだけ哀しそうな表情で微笑する。
「傷つかないように、先回りして周りの人間を排除して」
今回アラスターがアリアに会いに来たのは、大切な幼馴染みをアリアから守るため。
シャノンがアリアに関わることで、その能力に翻弄されて傷つかないようにするためだ。
アリアは、それが本当の意味でシャノンの為になるとは思えない。
なんだかんだとアラスターもシャノンしか見えていない狭い世界で、それは仕方のないことなのかもしれないけれど。
気さくな人柄で学校中の人気者。けれど、多くの友人に囲まれながら、本当のアラスターは実は孤独だ。
大切な幼馴染みを守るという名目で、その実相手へ依存しているのはアラスターの方に他ならない。
「シャノンはそんなに弱くない。強い子よ」
アリアは知っている。
多くの悪意と理不尽に直面しながらも、決して心折れることなく立ち向かっていくシャノンの姿を。
そのままでは避けられなかった絶望から、"対象者"たちを救っていく未来を。
「今までずっと、待っていたんでしょう?」
語りかけるかのような静かな言葉に、アラスターは一瞬息を飲み、唇を噛み締める。
アラスターは、今までずっと見守り続け、待っていた。
いつか、シャノンが、その抱える苦しみを話してくれる日が来ることを。
"ゲーム"の中で、アラスターのその望みは叶うけれど、それを知るのはZEROの方が先になる。その時、アラスターがなにを思ったのか、"ゲーム"の中ではそこまで詳細にはされていない。ただ、一番最初に知らされる相手が自分ではなかったことに、少なからずショックを受けていると思われる描写はあった。
ーー『っんでだよ……っ』
自室と思われる真っ暗な部屋の中。
ベッドへと乱暴に身を沈めたアラスターの口から漏らされた、たった一言。
腕で顔を覆ったその表情を見て取ることはできなかったけれど。
その一シーンは、"プレイヤー"の胸を切なく突いた。
それが、アラスターがシャノンへの気持ちに気づくキッカケを作ったのだとしても。
それでも。
できれば、この"現実"では、一番最初にソレを知る相手はアラスターであって欲しいとアリアは願う。
もう何年も前から、アラスターはずっと待っていたのだから。
「アンタ…?」
「信じてあげて。大丈夫だから」
一体なにを言っているのだと動揺の色を浮かばせるアラスターへと、アリアは静かに微笑んでみせる。
シャノンを信じて待つ自分のことも、いつか話してくれるであろうシャノンのことも。
待っていて良かったと、そう思える日が来るのはそう遠い未来じゃない。
「…確かに私は、シャノンのことを一方的に知ってはいたけれど、私が話せるのはここまでだと思うから」
アリアの口からシャノンの特殊能力について話せない以上、アリアがアラスターに話せることはほとんどない。
「本当に、ごめんなさい」
心の底から頭を下げてアリアは謝罪する。
「…それは、多分、私が話していいことじゃないから」
近い未来、シャノンはアラスターに全て告白するに違いない。
だからもう少しだけ待っていて、と、アリアは静かに微笑んだ。