act.1-5 Fist Bump!!
一方、アリアから幼い少女の救出を任されたシャノンとアラスターは、アリアの予測通り、たいした労もせずに囚われた女の子の居場所を突き止め、連れ出すことに成功していた。
「で?一体なにが起きてるわけ?」
「俺が知るか…っ!」
シャノンに言われるままに救出した女の子を抱えたアラスターは、完全に疑問符ばかりが浮かぶ頭で首を捻る。
けれど、その疑問をぶつけられたシャノンは、来た道を急ぎ戻りながら苛立たしげに吐き捨てていた。
「『知るか』、って…」
「あの"アリア"って女に頼まれたんだよっ!」
「だから、『頼まれた』、って…」
なぜか酷く苛々しているシャノンへと、アラスターはなんとも言えない微妙な表情を浮かばせる。
今日初めて出会った少女に「頼まれた」と、一貫してその主張を崩さないシャノンだが、アラスターには全く意味がわからない。
確かにアリアは、シャノンに「お願いがある」とは言っていた。
だが、シャノンは、ずっとアラスターといたはずだ。
にも関わらず、アラスターの知らないところで、一体いつそんな話をしたというのか。
「…そんな話、してたか?」
難しそうな顔で眉を寄せる親友に、シャノンは心の中で思い切り舌打ちする。
生まれた時からほぼ一緒にいる幼馴染みにさえ隠している"能力"なのに、人助けとあっては放っておくこともできない。
一体あの女はなんなんだと、ただただ苛立たしさだけが募る。
流れてきた感情が、全く不快なものではなかったことも、益々気分を悪くさせる。
「後であの女に直接聞け…っ!」
どう責任取ってくれるのだと、シャノンは八つ当たりにも近い怒りの籠った声を上げていた。
ーー『お願い。助けて』
彼女は、そう願った。
『お前…っ!裏切ったのか…っ!』
アリアに触れられ、シャノンの頭の中へと流れ込んできた声と映像。
それはアリア本人の記憶などではなく、アリアの願いに触発されたシャノンの精神感応能力が、その場から自動受信してしまったもの。
『なぜ裏切った!?』
そう悲痛な面持ちで叫んでいたのは、さきほど「イカサマ」だと騒いでいた男だ。
『信じていたのに…っ!』
(そうだ…。俺は裏切ったんだ…)
男の叫びに対し、誰かの心の声が聞こえた。
(だから、許さなくていい…)
視線を廻らせれば、その心の声の持ち主は、男と対峙する集団の中にいる人物だった。
(いくら娘を盾に取られたからって…)
ーー盾に取られた?
ーー『お願い。助けてあげて』
『俺はアンタたちにはつかない』
先ほど友を裏切ったと苦悩を浮かべていた男は、こちらにつけと暴力で脅してくる男たちにも屈することはなかった。
けれど。
『だったら仕方がないな』
ふぅ、とわざとらしく洩らされた嘆息。
『パパ…ッ!』
『…!エレナ…ッ!?』
男の部下によって引き吊り出されたのは、亡き妻との唯一の愛娘。
まだ幼い子供を盾に、男は親友を裏切れと強要される。
(ジャレッド…。お前に迷惑はかけられない…)
このことを知れば、親友は自分の為に全てを捨てる覚悟をもするだろう。
だから。
(俺のことを許さなくていい…)
せめて、と願う男の祈るような声が聞こえる。
(お前まで堕ちてくるな…)
ただただ親友に懺悔する男の心の苦痛がシャノンの胸を苦しめる。
彼は、確かに裏切った。
けれど、その真実を親友は知らぬまま。
彼が裏切らないようにと人質に取られた娘は囚われのまま。
せめて、失意の底にあっても、親友だけは救われてくれと願う彼の想いは届かぬまま。
男は、親友に裏切られた恨みをそのままに、彼の前に現れた。
誰も、救われない。
ーーこのままでは。
ーー『貴方なら、できるでしょう?』
呪いたいほど忌み嫌っていた己の特殊能力。
…否、いっそ呪っていた。
それなのに。
ーー『貴方のその能力は、呪われたものなんかじゃない』
少女の、慈愛に満ちた声が響く。
ーー『その能力は、多くの人を救うことのできる"奇跡の力"…!』
少女の、嘘偽りない強い光の宿った瞳が向けられる。
ーー『だから、助けて…!』
その願いに、シャノンは反射的に走り出していた。
生まれて始めて、自分の意志でその呪われた能力を使うことを選んだ。
この能力が、誰かを助けられるというのなら。
ーー『ありがとう』
たった一言のその言葉が、後ろめたさしかなかったシャノンの心を晴らしていた。
シャノンとアラスターがアリアたちのところへ戻った時、なぜか室内は静まり返り、黒幕と思われる男は茫然と言葉を失っていた。
そしてシャノンを突き動かした張本人はといえば、なぜか恋人の膝の上で隠れるように丸くなっているものだから、一体なにがあったのかと、シャノンは不快そうに眉を歪めていた。
それこそ精神感応能力を使えば、今あった出来事を視ることは可能だが、それはシャノンのプライドが許さない。
「パパ…ッ!」
音を失くした空間に幼い子供の声が響き、その声に一人の男が驚いたように顔を上げる。
「エレナ…ッ!」
アラスターの腕の中から飛び降りるようにして走り出した小さな子供は、涙を溢しながら唯一の肉親へと縋りついていた。
「パパッ!パパぁ…っ!」
「…どうして……」
腕を広げれば飛び込んできた小さな身体を抱き締めて、男は驚きに目を見張りながら茫然とした呟きを洩らす。
「…君たちが、助け出してくれたのか」
目の前の、自分の娘をここまで連れてきてくれた、まだとても「大人」とは言えない少年二人の姿を見つけ、男は信じられないという目を向ける。
時折無事を確認するために会わせて貰える程度で、ずっと捕らわれていた愛娘。
男ですら隙を突いて連れ出すことなどできなかったというのに、「どうして」「どうやって」と、事情も知らぬはずの少年たちを茫然とみつめてしまう。
「…お前…、まさか…」
そこへ、目の前の元親友とその愛娘の遣り取りを見てなにかを察したのか、ジャレッドの瞳もまた驚愕に見開かれる。
父親の腕の中で泣きじゃくる幼い子供の姿と。
助け出してくれたのか、という彼の言葉。
それだけで、目の前の元親友が、悪どい男からどんな仕打ちを受けていたのか手に取るようにわかってしまった。
「…子供を盾に取られていたとしても、お前を裏切ったことには変わりない」
「だからと言って…!」
互いを想い合うがゆえにすれ違っていた親友同士の心が触れ合う。
「初めから知っていればオレだって…っ!」
真実を悟り、懺悔するかのように吐き出された友の言葉に、男は優しい苦笑を溢す。
「そうしたらお前は、オレたちの為に全てを棄てる覚悟をするだろう?」
自分たち親子のためにそれをさせることはできなかったと苦笑う親友の肩に手を起き、ジャレッドは声を上げる。
「バカか、お前は……っ!」
自分を裏切ったことさえ、巡り巡れば自分のことを思ってのことだと思えば、親友の裏切りをただただ責め立てた自分が情けなくなってくる。
「…疑って、悪かった…」
「…オレの方こそ、お前を本当の意味で信じてやれなくてすまなかった…」
互いに泣きそうな顔で笑い合う二人の姿に、シャノンはなんとも表現しがたい気持ちが胸に沸き上がるのを感じて唇を噛み締める。
「…なんかよくわからないけど、これで一件落着、ってことでいいのか…?」
「…そうじゃねぇ?」
頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべながら向けられた呟きに、シャノンは苛立たし気な舌打ちを洩らしていた。