act.1-4 Fist Bump!!
男がトランプを手に札を混ぜ始め、勝負の開始を告げる。
賭け事の内容は、子供でも知る「神経衰弱」。
とは言っても、使うトランプは同じ種類のものが二組。
同じ数字を揃えればいい従来の神経衰弱とは違い、二組のトランプを使う為、同じ柄で同じ数字を揃えるというもの。ルールは単純だが、枚数も多い為に時間も頭もかなり使うことになる。
もちろん相手は卑怯な手を使っている。魔法などではなく、とても単純なトリックだが、一見全て同じ柄にしか見えない裏面のデザインが実は全て違う、というもの。その"真実"を知った上でよくよくその柄を観察しても、アリアにはその違いは全くわからない。
52×2、全ての柄が違う為、その全てを覚えなければならないという記憶力は単純にすごいけれど。
104枚のカードで同じ柄・同じ数字でペアを作らなければならない神経衰弱は本来ならばとても時間がかかるはずだが、双方一度開いたカードは忘れることなく確実にペアを作っていく為、勝負はそこまでかからない。
「二人ともすげぇな!」
「捲った札、全部覚えてるのかよっ?」
そんな真似、アリアはもちろん、普通の人間にできるはずはない。
双方の記憶力に観客が感嘆の声を上げる中、28対24のペアでギルバートが勝利した。"ゲーム"の流れ通り、男の敗北は観客へ魅せるためのパフォーマンスだ。
「私の負け、だな」
惜しかったな、とわざとらしく呟いてそう敗けを認める男の顔は少しも悔しさを覗かせていない。
「一発勝負の方が良かったな?」
もはや捕虜のように男の部下に囚われているジャレッドへと嫌味のような笑みを向ければ、ジャレッドはギリリと悔しげに唇を噛み締めていた。
そして、今の結果を受け、次の勝敗の行方を予測した観客たちが新たな賭け事を始める中。
男はトランプを混ぜ始め、先ほどと同じくギルバートにもそれを手渡すと気の済むまでシャッフルさせる。
それからその札を隣に侍らせていた女に預けると、一枚一枚ゆっくりと机の上に並べさせていた。
「…さて…、二回戦を始めようか」
ギルバートの向かいに座り、手を組んで不敵な笑みを刻んだ男の言葉に、アリアはその身を引き締める。
チラリとギルバートへ視線を移せば、なにかを思案しているような様子が窺えて、アリアはギルバートの出方を静かに見守っていた。
(ここでギルバートがイカサマを指摘するはず…っ!)
衆人環視の中で今まで行われていた卑怯な手を暴き、男を追い詰め、ジャレッドたちを助けるのだ。
それが、本来の"ゲーム"の流れ。
ーーのはずなのだが。
「選手交代だ」
「シオン…ッ!?」
ギルバートが口を開きかけたのを見て取って、アリアが今後の展開にドキドキと期待を高める中、ふいにギルバートの横に立ったシオンが、一枚のトランプに手を伸ばす。
返されたトランプは「スペードの1」。
「おい…っ!」
慌てた様子のギルバートが、思わず素の表情でシオンの方へと振り向くが、シオンは素知らぬ顔で次の一枚へと手を伸ばす。
パラ…、と捲られたトランプは。
「…スペードの1……」
シオンの手元のトランプを見つめ、アリアは揃った一組のカードに驚きの声を漏らす。
(…ま、さか……)
すぐに至った一つの"答え"に、シオンの顔を見つめるが、シオンは涼しい顔で次々とカードを捲っていった。
クローバーの1のペア。
ダイヤの1のペア。
ハートの1のペア。
まるで全て知っていることを見せつけるかのように、全ての1のペアから2のペア、3のペアを揃えていく。
「お前…」
驚愕に目を見張った男の呟きは、自分のイカサマを見抜かれたことへの驚きもあるだろうが、一度見ただけでその全ての柄とトランプの種類を覚えてしまった驚異的なシオンの記憶力への恐れの方が大きかった。
一度も間違えることなく、半分を超える27組のペアを作ったところで、シオンはふいに手を止めると男へと顔を上げる。
「オレの勝ちは決まりだが、まだやるか?」
不敵に笑ったシオンのその表情に、うっかりときめいてしまいそうになる。
思い知らされる。"ゲーム1作目のメインヒーロー"の"天才設定"を忘れてはならないことを。
アリアが、ギルバートが公爵家から秘宝を盗み出すことなどとても無理だと危惧した答えがココにある。
いろいろなことを総合的に考えた時、「2」の"キャラクター"たちは"前作"の彼らに敵わない。
"ゲーム"はなんの違和感もなく、"前作"と遜色ないくらい楽しめたけれど、それはそもそも根本的な設定や内容が異なっていたからだ。
それが同一の世界となると、そこには矛盾が生じてくる。
「こんなお粗末なイカサマ、イカサマにもならないな」
ただ覚えればいいだけのものなどなんの障害にもならないと吐き捨てるシオンへと、男はもちろん、周りで勝負の行方を見守っていた観衆たちも言葉を失い、静まり返る。
「そこの」
時が止まったようにただ愕然としている男たちを置き去りにして、シオンはジャレッドへと視線を投げる。
「…はっ?」
「事業の経営権だか財産だか知らないが、これでお前の勝ちだ」
状況の変化に付いていけないジャレッドが間抜けな声を上げるのに、シオンは容赦なく畳み掛ける。
「さっさと権利書を取り返してこっちに来い」
たいして面白いとも思えない余興が終わってしまえば、シオン自身はこんなところに用はない。
それでも他でもないアリアが目の前の男を救おうと動くから、シオンは仕方なくそれに付き合っているだけだった。
「素敵ね、貴方」
そんな中、くすくすと色のある微笑いが響き、シオンは不快そうにその声の主の方へと顔を上げる。
「私と遊ばない?」
スルッ、と、馴れた仕草でシオンの肩と胸元へと手を滑らせて妖艶に誘いかける美女は、先ほどまで敵対する男の隣に侍っていた女。
豊満な身体を強調する露出の激しい赤い服に身を包んだ女性は、むしろ同じ女であるアリアの方がドキリとしてしまうほどの色香を纏わせていた。
(この女性……)
確か、"ゲーム"の中でもイカサマを暴いたギルバートとアラスターに声をかけてきた、この場限りの"使い捨てキャラ"。
「そっちの彼も素敵だけれど」
案の定、ギルバートにも声をかける女の艶っぽい微笑みに、アリアは何故か違和感を覚える。
(…気のせい…、よね…?)
アリアの記憶にある限り、今後、この女性と再会するような話はないはずだ。
それなのに。
強いて言うなら、"使い捨てキャラ"としては"キャラが立ちすぎて"いることと"妙な存在感"がある、ということだろうか。
自分の気にしすぎだとその思いを打ち消しながらギルバートへと視線を移せば、やれやれ、と肩を落とすギルバートの姿がそこにはあった。
一方、絡み付いてくる女の腕をさらりと解き、シオンは「悪いが」となんの感情も籠らない視線を女に向ける。
「アンタじゃオレを満足させられない」
同じ女性であるアリアの方がその妖艶すぎる色香にドキリとしてしまうのに、シオンはそれをあっさりと受け流すとアリアの方へと顔を向ける。
「アリア」
手招かれ、いつの間にか椅子へと軽く腰かけていたシオンがさらりとアリアの長い髪を掬い取り、その髪先にちゅ…、と口付ける。
「少しは妬けたか?」
「え?」
女に視線を奪われていたアリアになにを思ったのか、くすりと意味ありげな笑みを溢して問いかけられ、アリアは「そうじゃなくて」と至極あっさりとそれを否定する。
「私にも、あの爪先ほどでも色気があったらなぁ、って」
思わぬ回答にさすがのシオンも驚いたような表情を浮かばせるが、アリアがそんなシオンの反応に気づくことはない。
まだ成長過程にあるアリアだが、自分の両親の血筋を見る限り、あんな豊満な身体つきになることはまずないと言っていいだろう。
シオンが用意したこの服だって、着た時には思わず色気が足りないと思ってしまったくらいだ。
「……誰を誘惑する気だ」
「"誘惑"、って…」
顔を潜めるシオンへと、アリアはそんなつもりで口にした発言ではないと否定する。
ただ、"女性"として。あまり大きいとは言えない自分の胸が、もう少しだけあってもいいなぁ、と思ってしまっただけで。そんなこと、異性のシオンには口が裂けても言えない悩み事だけれども。
「…オレにはちょうどいいサイズだが?」
不満なら協力するぞ?と囁かれ、自分の手にはちょうどいい大きさだと、シオンの手が意味深にアリアの胸の上へと伸ばされる。
「…シオン…ッ!」
思わず赤くなったアリアの身体は、ぐいっ、と強い力で引き寄せられ、その勢いでシオンの膝の上に跨がるように乗せられてしまう。
「勝った方にはご褒美があるんだろう?」
「…ん…っ」
頬に伸びたシオンの指先に薄く口を開けることを強要され、すぐに奥深くまでシオンの熱が入り込んでくる。
「…ん…っ、ふ……っ、ぅん…っ…」
貪られ、突然の口づけに上手く息継ぎができなくなったアリアは、懸命に酸素を取り込もうと口を開けるが、それが却って口づけをより深いものにさせ、その苦しさに胸が喘いだ。
「シオ…ッ」
けれど、あっさりとシオンの手の内へと堕とされかかっていたアリアは、すぐにここがどんな場所だったかを思い出す。
「な…っ?」
途端、余りの羞恥に全身を真っ赤に染め上げて、アリアは少しでも人の視線から逃れようとシオンの胸の中へとその顔を埋めていた。
「…お二人の熱愛ぶりは存じ上げていますけれど…」
ギルバートの、白々しい、呆れたような敬語がアリアの耳へと入ってくる。
「…恋人のそういう姿は、普通は他の人間に見せたくないと思うのが普通では?」
穴があったら入りたい、という言葉は、まさに今の自分のことだと思いつつ、叶うことのないその望みに、アリアは不本意ながらもただただシオンの腕の中で他人の視線から隠れるように身を小さくする。
ギルバートのその指摘に、心の中でコクコクと首を振り、大いに同意してしまう。
けれどシオンは。
「それと同時に見せつけてやりたいと思うのも男の本能だ」
自分の腕の中で丸まって小さくなる少女の姿が愛しくて、人前だなどということも気にせず、目の前の柔らかな髪へと口付ける。
誰の目にも触れさせず、部屋の奥深くに閉じ込めてしまいたい独占欲と、この少女にこんな風に触れていいのは自分だけだと誇示したくなる気持ちが共存する。
「…まぁ、それは否定しませんけど…」
それでも限度というものがあると、ギルバートは諦めたように肩を落とす。
初めて会ったあの時から、目の前のこの男は、少女は自分のものなのだと、だから他の人間がなにをしようと無駄なのだと、そう牽制する態度を一貫として崩さなかったのだから。
「コイツはオレのものだ」
愛しげに少女を抱き締めて、だから誰にも渡さないと、この場にいる全員に宣言するシオンへと、ギルバートは深い溜め息を漏らしていた。
神経衰弱ネタは『賭○グルイ』にインスパイアされております。
どうしてもシオンの天才設定を出したくて…。他にネタが思いつかず…。申し訳ありません…。(ネタに関しては著作権侵害にはならないことは確認済みですが、法律に詳しい方、いらっしゃいましたら是非解説を…。)