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命短き恋せよ乙女? ~リリアン・スチュアート~

「ルーカス・ネイサン、様……?」

 ものすごく覚えのある名前に、アリアは恐る恐るその名前を反芻する。

「とても有名な方なので名前だけは御存知かとは思うんスけど」

 会ったことはないけれど、もちろんよーく知っている。

(ルーカスだけは入学するまで会うことはないと思ってたのに……!)

 魔法学園主席魔法教師。ゲーム開始時点では魔法師団長。メインキャラクターの最後の一人。

 こんなところでこんな繋がりができるなど、なんの運命の悪戯かと思わず頭を抱えたくなってしまう。

 別段顔見知りになったからと言ってなにか不都合があるようにも思えないが、できることなら会わないままでいたかったと思うのはアリアの勝手な思い込みだろうか。

「できることなら話だけでも聞いてみたいんスけどね」

 自分とは全く接点がない相手なのだとルークは悔しげに唇を噛み締める。

「まぁ、そうでなくともオレなんかがおいそれとお会いできるような人でもないんで……」

 なんとなく演技かかった口調で肩を竦めてみせるルークに、同意するように嘆息するシオンの姿が目に入る。

 こちらもルーカスへと繋がるようなコネはないらしく、その様子にこっそり胸を撫で下ろす。

(……でも、そんなことも言っていられない……?)

 研究にルーカスの手が必要だと言うならば、この際アリアの事情は二の次だ。

(お父様に頼めばなんとかなるかしら……?)

 アリアの父親は娘に甘い。

 仮にも公爵家当主だ。頼み込めばツテを使って紹介して貰うこともできなくはない……と思うけれど。

「なんか、ものすごく忙しい人だって聞くんスけど」

 そう言って、ルークは「それに……」としかめた顔になる。

「気難しい人だって話も聞きます」

(……あー、確かに)

 その言葉に、アリアは一人心の中で納得する。

 天才となんとかは紙一重……、ではないけれど、いろいろな意味でルーカスは変人キャラだ。

 気難しい面がある一方で、自分の知的好奇心と魔法に対する探究心には貪欲で、一つのことにのめり込むと他が見えなくなってしまうようなところがある。

(逆に上手くそこにハマってくれるといいんだけど……)

 興味を引くことさえできれば、協力は惜しまないタイプだろう。

「そこで、なんスけど」

 チラリ、とシオンへと向けられた視線。

「リリアン嬢とか、どうスかね?」

 シオン先輩、と声をかけられ、瞬間、シオンのこめかみがピクリと動く。

「アイツなら、呼べばすぐに飛んで来ると思うんスけど」

 呼べばすぐに飛んで来るとは一体どういうことだろうか。

(まぁ、理由はわかっているけれど……)

 明らかに嫌そうな顔をしているシオンへチラリと視線を投げてから、アリアはルークへと顔を向ける。

「リリアン様……?」

 リリアン・スチュアート。ゲームで知ってはいるものの、もちろんアリア自身が会ったことはない。

「学園長の娘なんスけど、もしかしたら、と思いまして」

 昔馴染みなんス、と、ルークは苦笑いをしてみせる。

 ルーカスは魔法学園で魔法主任講師をしている為、園長の娘のリリアンであれば顔見知りの可能性があるかもしれないという。

 最悪親頼みっスかね、と苦笑するルークは、アリアと同じことを考えていたらしい。

「……とりあえず、ここに呼んでみたらダメっスか?」

 なぜか初対面になるアリアではなく、ルークはシオンへと伺いをたてる。

「……」

 迷惑そうに伏せられた視線。

 シオンからしてみても事業成功のためならば最善を尽くした方がいいだろう。

 それをわかってはいても気乗りしなそうなシオンの答えを、アリアとルークは黙して待つ。

 そうして返事の代わりに吐き出された深い諦めの吐息に、ルークが「ありがとうございます!」と礼を述べていた。





 *****





「シオン様……!」

 それから一時間たつかたたないかのうちに門まで迎えに行ったルークに連れられ、ピンク色のふわふわした髪の少女が息を切らした様子で現れた。

 シオンの方へと一直線に向かった少女は、アリアのことなど目に入っていない。

 シオンの隣に立った少女は、嬉しそうにシオンの腕を取ると、にこにこと笑顔を貼り付けていた。

「お会いできて嬉しいですっ」

 腕に細い手を絡ませるその仕草は令嬢としてはあまり褒められたものではないが、人目があるわけでもないので、気にするだけ無駄だろう。

(まぁ、人前とかそうじゃないとかは余り関係なさそうだけど……)

 先ほど自ら淹れ直した紅茶を一口、口にして、アリアはふぅっと息をつく。

 完全に迷惑そうに沈黙を守り続けるシオンには申し訳ないが、助けに入るつもりもない。

(……馬に蹴られたくないし)

 少なくとも、アリアの存在は綺麗にリリアンから消えている。そこに無理矢理存在を主張する勇気はアリアには持てなかった。

「……リリアン……」

 ややあって、シオンに絡む昔馴染みを見るにみかねたのか、ルークが苦虫を噛み潰したような表情でリリアンへと声をかける。

「なぁに?」

 邪魔しないでよ、という心の声が漏れ聞こえてきたような気がするのは気のせいだろうか。

 リリアンはシオンへと貼り付くことを止めぬまま、可愛らしく頬を不満気に膨らませていた。

「なに、じゃないだろう……」

 チラリ、と向けられた視線に、アリアは途端に慌て出す。

(こっちに振らないで……!)

 愛しのシオンが婚約したことを、リリアンも知らないはずはないだろう。例え顔を合わせたことがなかったとしても、その相手がアクア家の令嬢だという情報は耳にしているはずだ。

 今、シオンの隣に座っているのが、どこの誰かということは…。

「……」

 と、ここでやっとアリアの存在に気づいた風を装って、リリアンは絡ませたシオンの腕から身を起こす。

 それから何事もなかったように身だしなみを整えると、にっこりとした笑みを浮かべていた。

「お初にお目にかかります。スロバーツ侯爵家が娘、リリアン・スチュアートと申します」

「アリア・フルールです」

 なんとなく口にするのも怖いので、アリアはその場に立ち上がると、自分の身分も立場も口にすることなく、自分の名前だけを簡単に告げて礼を取る。

 爵位はアリアの家の方が上。それに怯むこともなく接してくるリリアンはさすがとしか言い様がないだろう。

「シオン様からお話があると聞いてやって参りました」

 にこっ、と笑って再びシオンへと絡む腕。

 自分の感情を隠すことなく不穏な空気をアリアへと向けてくるリリアンの姿に、アリアは心の中で大きな溜め息を吐き出していた。

(まぁ、そうなるわよね……)

 "ゲーム"は主人公視点の為、リリアンのアリアへ対する態度がどうであったのかはよくわからない。その上、ゲーム内では明確な邪魔物(ライバル)として存在していた主人公は今はいない。

 勝ち気な瞳。女の子らしい華奢な身体。ピンク色の髪が揺れる度に甘い香りが溢れてくる。

「それで、シオン様っ。ルーカス様にお会いになりたいと聞きましたけど?」

 シオンに会えれば理由はなんでもいいのだろう。深く事情を尋ねてこないことは助かるが、近距離でにこにこと嬉しそうに笑うリリアンに、シオンは絡み付いた腕を引き離していた。

「……会えるのか?」

 もぅっ、と離された腕に不満そうに頬を膨らませながら、リリアンはその場から離れる様子もない。

 そうしてチラリと向けられたシオンの瞳に満面の笑みを浮かべながら、リリアンは「任せてください!」と嬉しそうに胸を叩いていた。

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