act.1-2 Fist Bump!!
ジャレッド・ロドリゲス。
彼は、友人の裏切りにより、事業を乗っ取られかけていた。
その経営権を取り戻す為、諸悪の根源である男の元へと訪れ、強制的に裏カジノへと参加させられる。
もちろんそこで行われるのは正当な賭け事などではなく、"イカサマ"だ。
事業だけではなく全財産、ついには命さえも取られかけた時、ギルバートが助けに入る。
そして…。
裏切り者と思われていた友人は、本当の意味では裏切っていなかった。実の娘を人質に取られ、断腸の思いで男に従わせられていただけだったのだ。
だが、愛娘の無事と引き換えとはいえ、友人を裏切ったことには変わりない。罪の意識に苛まれたその友人は、ジャレッドに全てを黙し、裏切り者として恨まれる悪者となることを選んでいた。
その真実を暴き、監禁されていた愛娘を助け出すのが、"主人公"であるシャノンと、その相方アラスターだ。
*****
VIPルームだと言われて通された奥の部屋。
そこには確かにバーカウンター付きの大きなダンスホールのような空間が広がっていたものの、本当にアリアたちを招きたかった場所は、さらにその奥。隠し扉を開いて現れた螺旋状の階段を降りたその先の、豪華な地下空間に"秘密の遊び場"は作られていた。
「ここは…?」
「VIPルームだよ。特別なお客様のみが遊べる、ね」
訝しげに眉を潜めたシャノンへと、ここへと誘った男が意味ありげな笑みを口元へ刻み付ける。
「ゲーム内容は互いの了承が得られればなんでも自由」
先ほどいた空間とは明らかに客層も空気も違う雰囲気の中、二歩三歩とアリアたちを部屋の中へと引き入れて、男は、スッ…、と目を細めてみせる。
「そして特別なのが」
くすり、と溢れた笑い。
「賭けの対象も自由、というところかな?」
金はもちろん、身体でも、命でも。
と、そう揶揄してみせた男へと、ぴくりとシャノンが反応する。
明らかに"違法"なその条件は、潔癖なシャノンには許せない内容に違いない。
「今日、ここで見聞きしたものはどうぞご内密に…」
では、お好きにお楽しみください。
と、最後にわざとらしいほど丁寧に頭を下げ、男はひっそりと姿を消す。
ほとんど一方的に連れてこられた挙げ句に放り出され、アリアたちは戸惑うように広い室内を見回した。
少しだけ照明の落とされていた先ほどまでの店内と違い、こちらは煌々と光が灯されているにも関わらず、その空気は異質だった。
明らかに金のある者たちが一時の享楽を楽しむ場。
ーー賭け事の対象に制限はなし。
その言葉から想像するに、中にはアリアたちのように「カモ」として連れて来られた者もいるかもしれないが、一見した感じでは、追い詰められてこの場に足を踏み入れているような者はいなかった。
どうしたものかと部屋の中央付近を彷徨うように歩きながら、ぐるりと視線を廻らせて。
(……あ……)
部屋の片隅。アリアの記憶通り、とある男たちの勝負の行方を見守っているギルバートの姿があった。
自分に向けられた視線にすぐに気づき、ギルバートが振り返る。
そしてその瞳がアリアの姿を映し込むと、僅かにその双眸が見開かれる。
「お前は…」
「偶然ですね。まさかこんなところでお会いするとは」
見覚えのあるその顔に、シオンもまた驚いたように声をかけ、"子爵"仕様のギルバートは他人行儀に微笑みかける。
「知り合いか?」
後ろから付いてきていたアラスターがシオンとギルバートの顔を交互に見遣れば、
「ええ。ギルバートと申します」
ギルバートは卒のない仕草で頭を下げ、アラスターとシャノンへと自分の名を名乗っていた。
「オレはアラスター。それから、シャノン」
物怖じすることなく笑顔を見せるアラスターに対し、シャノンは、ぺこり、と小さくお辞儀を返すのみ。
(きゃぁぁぁ!?)
「2」の"主要キャラ"三人の初対面に、アリアは歓喜の声を上げながら、まじまじとギルバートの反応を伺ってしまう。
じ…、とシャノンへと向けられた視線は、見覚えのあるその綺麗な顔に、内心動揺を覚えているはずのもの。
なぜなら、この二人の本当の最初の出逢いはあの月夜の晩のことなのだから。
けれどアルカナの記憶操作により、そんなことなど覚えているはずもないシャノンは、初めて会ったギルバートには興味もなさげにすぐに視線を逸らしていた。
「常連なのか?」
探るような瞳を向けてくるシオンへと、ギルバートは「いいえ」と首を振り、
「ココに来たのは今日が初めてです」
それから少しだけ大袈裟に肩を竦め、
「まさか地下にこんな施設があるとは驚きました」
目を丸くして会場内へと顔を廻らせる。
ーー『今日は筋のいいルーキーが多いな』
ディーラーが口にしていた"ルーキー"とは、シオンとシャノンのことだけではない。
そう考えるとやはり"ゲーム"の"主要キャラクター"たちは特別だなぁ、と改めて感心しつつ、アリアは彼らの遣り取りを見守っていた。
「そちらこそ、今日はどんなお遊びを?」
所詮"子爵"の自分とは違い、金に困っていないボンボンの道楽かと皮肉さえ読み取れるギルバートの問いかけに、シオンはさらりとその嫌味を受け流す。
「オレたちも初めてだからな」
そうしてシオンは、アリアを始めとする面々がしばらくその場から動きそうにないことを察すると、恐らく当初の目的を果たすべく、アリアの頭へ、ぽん、と手を置いていた。
「ちょっと見てくる」
踵を返し、去り際に「お前はそこから絶対に動くなよ?」と釘を刺すことは忘れない。
一人で動く方が楽なこともあるだろうが、あまりアリアを連れ歩いてこの場にいる多数の男たちの目に触れさせるより、今日初めて会ったとはいえ、一応は顔見知りの中へと置いていく方が安全と判断したのだろう。それなりに広い空間とはいえ、意識が行き届かないほど広いというわけでもない。
そんなシオンの後ろ姿にくすりと可笑しげな笑みを浮かばせて、ギルバートはアリアへとこっそり顔を寄せていた。
「その服の趣味、あの婚約者の?」
いい趣味してんね。
と、アリアを上から見下ろして、ギルバートはからかうような瞳を向ける。
アラベスク調の紋様の下から覗く白い肌。決して露出が多すぎるわけではない格好は、逆にその下に隠された肌の感触への想像を掻き立てるような、そんな危うい色香が滲む。
自分の婚約者にこんな格好をさせて連れ歩くなど、随分といい性格をしていると思えば、そんなことなど一つもわかっていないであろう少女をからかいたい気分にさせられる。
初めてシオンに会った時の、アリアに対するあの執着心。
恐らくは、アリアへと注がれる男たちの視線を前に、見せつけるようにしてその腰に手を回していたのではないだろうかと、そんな光景が目に浮かぶ。
「男が女に服を贈るのは、それを脱がせたいからだ、ってこと、アンタわかってる?」
「…っ」
からかうように囁かれ、瞬時にアリアの頬へと赤身が差す。
ーー『それは後のお楽しみだな』
その意味がわからないほど、さすがにアリアも鈍くはない。
すでにシオン本人から言われているその言葉に、どう反応を返したらいいのか戸惑うアリアの様子を見て、ギルバートは軽く驚いたように目を丸くしていた。
「わかってて着てんのか。アンタも重症だね」
呆れたように呟いて、それからギルバートは大きく吐息を洩らして肩を落とす。
「で?今日もまたオレの邪魔しに来たわけ?」
「"邪魔"、って…」
「悪いけど、今日はそっちが静観する番だぜ」
だからなにもしてくれるなと、そう要求してくるギルバートへと、アリアは元より今回に関しては自分からは特に動くつもりはなかったことを思い出す。
ただ、三人がアリアの知る"シナリオ"通りの動きをしているかどうかを確認したかったのと、その"シナリオ"が一部変わってしまったことにより、ギルバートたち三人が巻き添えとなって現行犯逮捕とならないよう守りたいと思っていただけだ。
「これでも今忙しくてね」
そうしてチラリと視線を投げた先。
そこには、先ほどからギルバートが勝負の行方を見守っているらしき"賭け事"が繰り広げられていて、アリアはギルバートのその様子にはっと息を飲むとその視線の先を凝視する。
(ジャレッド…ッ!)
ギルバートは、今日、彼を仲間に引き入れるために動いていたのだ。
ギルバートとアラスターとシャノンと。三人がこの場に揃っている状況で、彼がいないわけはない。
そんな、"攻略対象者"の一人であるジャレッドは、今、まさに諸悪の根元である男と"賭け事"の真っ最中だった。
(状況は…!?)
思わずギルバートと共にその盤面を覗き込むが、そんなことをしなくとも、アリアはこの後の展開を知っている。
そんな中。
「…どうするんだ?」
「…まぁ、俺たち、金があるわけじゃないしなぁ」
随分と場違いな場所に来てしまったと、この後どうしようかと相談し始めるシャノンとアラスターの困ったような会話が聞こえてくる。
なにを賭け事の対象にしてもいいと言われたとはいえ、そんな危険を犯すほどシャノンもアラスターも馬鹿ではない。
と。