act.1-1 Fist Bump!!
今回のもう一人の"ヒーロー"、アラスター・ファブリガスは、16歳になると同時に夜の歓楽街にちょくちょく顔を出すようになっていた。
恐らくは、両親から思うように与えて貰うことのできない愛情の寂しさを埋める為か、法に触れないぎりぎりの範囲内で刹那的な享楽に身を投じていた。
そこで所謂不良仲間を作り、「裏社会」とまではいかないグレーゾーンレベルの情報を手に入れ、元々の好奇心と頭の良さもあり、二度ほど事件解決に関わるなどして「探偵」のような存在になったわけなのだが。
頭脳明晰な彼は、そんな風に自分自身を誤魔化していることなど元からわかっていて、少しずつ精神的に追い詰められていた。
そして、限界に近い幼馴染みの様子に気づき、カジノまでアラスターを取り戻そうと追ってきたのが"主人公"。
その一方で、ギルバートは公爵家へと手引きしてくれる人間を仲間に引き込むべく、裏賭博が行われるカジノへやって来ていた。
そこで三人は初めて出逢い、最初の"イベント"である事件解決へと繋がっていく。
*****
胸元と腕、腿から下はアラベスク調の紋様が入ったシースルー。脇は紐で縛るような、少しだけ肌の覗くデザイン。
スリットの入ったマーメイド型の黒いパーティードレスに、胸元には蒼い宝石が輝いている。
「…えっと…、シオン?」
アップにした髪型は白く綺麗なうなじを見せ、アリアはシオンを前にしておずおずとその顔を見上げていた。
まるでアリアの為に作られたかのようなソレは、なぜか身体にぴったりフィットしているのだが、仄かな色気を魅せるそのドレスを用意したのは、それを着ているアリア自身ではなく、シオンだった。
「…コレ、本当に着て行くの?」
ストライプの黒スーツを着こなすシオンの姿は素敵すぎて、思わず魅惚れてしまいそうになるけれど、今のアリアは自分のドレス姿の方が気になって仕方がない。
そこまで露出があったり大胆な格好というわけではないけれど、自分には少し大人っぽすぎる気がした。チラリズムを感じさせるドレスを着こなせるほど、アリアの色気は悲しいかな足りていない。
「似合ってる」
「…でも…」
シオンから贈られたドレスを見下ろして、アリアは気が乗らないような仕草をみせる。ドレス自体はすごく素敵だと思うけれど、なんとなく気恥ずかしい気持ちが拭えない。
「気に入らないなら脱がせてやろうか?」
「…な…っ」
けれど、すぐ近くまでやってきたシオンに愉し気に笑われて、アリアの顔に朱色が差す。
「…待っ……」
そのまま背中のチャックへと伸ばされかけたシオンの指先に、アリアは慌てて魔の手から逃れると、
「着ていくからっ!」
自分の身を守るかのように自身の身体を抱き締めて、羞恥に染まった瞳をシオンへと向けていた。
「まぁ、それは後のお楽しみだな」
「…じゃない!」
意味ありげな瞳と共に囁かれる低い声色に、アリアは懸命に反論する。
最近のシオンは本当にセクハラが過ぎると思う。とはいえ、"ゲーム"の中のシオンは確かに"主人公"に対してこんな言動は日常茶飯事のことだったから、本当に自分がシオンに選ばれてしまったのだということを、こんな時に再認識させられる。
実はアリアのカジノ行きを許したのは、この服を着せたかったからではないかと思わず疑ってしまうほどには、シオンは用意周到だった。
「行くぞ」
真っ赤になったアリアへと可笑しそうな笑みを溢し、シオンは愛しい婚約者をエスコートする為に優雅にその手を差し出していた。
*****
カジノで遊ぶために、特に身分証明などは必要とされていない。
ただ、年齢確認だけは必要となる為、店に入る際には年齢がわかるという魔法の道具に触れなければならないという決まりがあった。
また、当たり前だが、魔法の使用は禁じられている。その為、魔法を発動させると切れる仕組みになっている細い紙のような腕輪を手首に巻く必要があり、魔法によるイカサマが行われることを防いでいた。
とはいえ、魔法を行使する際にはその波動が辺りに流れるから、魔力を持つ者には魔法が発動されればすぐにわかることなのだけれども。
(いた…っ!)
少しだけ証明の落とされた広いホール。「カジノ」と聞いて誰もが想像するそのままの空間で、アリアは記憶そのままの二人の姿を見つけてそちらの方へと神経を尖らせる。
ダークブラウンのスーツ姿のアラスターと、光沢のあるグレーのスーツを着た"主人公"。
「…なかなかやるな」
なんのゲームをしているのか、ディーラーと思われる青年の感心したかのような吐息が洩らされる。
その気安い雰囲気は、アラスターとその青年が顔見知りであるということを示していた。
前回の"主人公"であるユーリには申し訳ないけれど、今回の"主人公"は優等生キャラだ。彼らの通う学園の主席こそアラスターだが、その次席は"主人公"という有能さ。
夜遊びは今日で最後にするからという約束を取り付けてアラスターの"お遊び"に付き合っていた"主人公"は、初めてのカジノ体験だというにも関わらず、賭け事の才能を見せつける。"主人公"の特殊能力は魔法などではない為、単純に運がなくて手札が揃わないようなことはあっても、その"読心術"を使えば騙し合いで負けることはまずないと言っていい。
すでにこの店の顔馴染みになっていたアラスターと、初めてのカジノ体験でその才能を発揮する"主人公"。そんな二人に、ひっそりと"裏"へと手招く誘惑の声がかけられるのも時間の問題だった。
「他にやりたいものはあるか?」
そんな"主人公"たちの遣り取りに耳を傾けつつ、アリアはシオンからの問いかけに付近へと顔を廻らせる。
「そうね…」
当たり前だが、アリアはカジノに足を運ぶのは今日が初めてという全くの初心者だ。
シオンのように天才的頭脳と強運を持ち合わせている"初代ヒーロー"でもない為、初めての賭け事でとんとん拍子に勝てるような才能があるはずもない。
来店してすぐは単純なルーレットゲームなどを純粋に楽しみ、先ほどまでは「バカラ」という、三枚のカードの合計が「9」に近い方が勝ち、という超初心者向けゲームを、同じく初心者のはずのシオンにコツを教わりながらやっていた。
そんな風に、明らかに「今日がカジノ初体験」という見目美しい少女に、周りの人たちは気さくにルールや必勝法などを教えてくれていた。
超高級カジノ、というわけではないこの店は、横についたシオンにアリアがルールやコツを教わりながら遊んでいても、それを微笑ましく見守ってくれるくらいには雰囲気のいいところだった。
本当に単純に楽しんでいるだけなので、アリアの勝率はあまり良くはない。勝ったり負けたり、少し負けの方が多いくらいだが、遊び賃だと思えばそれほどの損でもない。
とはいえ、仮にも公爵令嬢であるアリアは、それなりに常識人ではあるものの、それでも極々一般人が「遊ぶ」金額にしては少し大きい額を動かしていることに気づいていない。
アリアの隣では、シオンが大胆な金額を顔色一つ変えずにつぎ込んでいるものだから、金銭感覚がおかしくなっていたとしても仕方のないことなのかもしれないが。
「そこのお二人さん、遊んでいかないかい?」
と。
"主人公"たちが遊んでいたゲーム台のディーラーに手招かれ、アリアは一瞬ぎくりと足を硬直させる。
「どうする?」
アラスターたちのことなど知るはずもないシオンは、純粋にアリアへと尋ねてくる。
その背後で、"主人公"とアラスターの二人が、じ…、と窺うような瞳を向けてくるのに、アリアは一人冷たい汗が背中を伝っていくのを感じていた。
「同世代だよな?」
一緒に遊ぼうぜ。と、同じくらいの年頃の人間がいることが珍しいためか、アラスターが気軽に声をかけてくる。元々学園内では超王道の"超人気者キャラ"であるアラスターは、とても気安い"人たらし"だ。
「俺はアラスター。こっちは」
「シャノン」
社交性の高い人好きのする笑顔を向けてくるアラスターと、素っ気ない態度の主人公ー、シャノン。
「アリアよ」
努めて冷静に微笑みかけ、覚悟を決めて同じ台へと足を運ぶと、隣に立つシオンもまた静かに口を開いていた。
「シオンだ」
その台には、アリアたち四人を除いて、他に三人の中年男性たちがいた。
各々テーブル横に置かれたアルコールを楽しみながら、新入りの姿に嬉しそうな笑みを浮かべている。
どうやらこちらもアラスターの知り合いらしき男性陣は、快くアリアたちを迎えてくれて、嫌な感じなどは一切しなかった。
「アリアは初めて?」
「…いえ…、二人とも初めてなんですけど…」
人好きのする笑顔を向けてくるアラスターへと、やはり間違いなく"人気者の王道ヒーロー"だということを実感しながら、アリアは苦笑いを返す。
「マジで?」
チラリとシオンに投げられた視線は、威風堂々たる態度を崩さないその姿が、とても「初心者」とは感じさせない雰囲気を醸し出しているからだろう。
「アラスターの相方といい、こっちの彼氏といい、今日は筋のいいルーキーが多いな」
手元でトランプをシャッフルさせながら、30半ばくらいと思われるディーラーが豪快な笑みを飛ばす。その物言いからは、この短時間ですでにシオンの存在がスタッフの間に浸透していることを現していた。
「ブラックジャックだ。彼女、ルールはわかる?」
シャッフルしたトランプを配りながら、ディーラーのからかうような声がアリアに向けられる。
「…なんとなくなら」
カジノに行くと決めた際、メジャーなゲームに関しては一応一通りのルールを頭に入れていた。アリアの頭は決して悪くはない。単純な学業成績で言えばトップクラスに入るだろう。ただ、こういった場面で勉学のできるできないはあまり関係ない。
難しい顔で頷いたアリアへと、ディーラーの男は「ははっ」と楽しそうに笑い飛ばし、チラリとシオンへ視線を投げる。
「んじゃあ、彼氏に教わりながらやんな」
彼氏の方は大丈夫そうだな?と笑うディーラーに、その場にいる誰からも非難の声は上がらない。「初心者」に優しく好意的。こんなにいい雰囲気のお店が裏で非合法の賭博をしているのかと思えば、なんとも複雑な気持ちにズキリと胸が痛むのをアリアは感じていた。
「始めるぞ」
ゲーム開始を告げる声に、アリアは純粋にこの場は楽しんでしまおうと手元の札へと目を落とす。
ーー「ブラックジャック」。
プレイ人数は五人~七人くらいで、自分の手札の合計を「21」に近づけるゲーム。ちなみに「21」を超えた時点で負けが決まる。
初心者向きのゲームの一つではあるものの、この面子を前にして全く勝てる気がしない。実際何度かプレイしてみたものの、アリアは彼らに敵わなかった。
(みんな強すぎるのよ…っ!)
単純に面白いから勝ち負けに拘るつもりはないけれど、それでも、最初からわかっていたこととはいえ、三人の強さには思わず自分の腕が悪いわけではないのだと言い訳してしまいたくなってくる。
実際、三人は本当に強いのだと思う。正確にはわからないが、恐らく全員引き分けレベルには強い。"特殊能力"を持つシャノンに関しては、思わずその能力を使って勝ち負けを調節しているのではないかと疑ってしまうほどだ。
勝手に人の心を読むことは良しとしていないシャノンだから大丈夫だとは思うけれど、アリアの「異質」さに気づかれてしまわないか、なんとなく身構えてしまう。
(やっぱりアラスターもかっこいい…!)
アリアより一つ年上の、ギルバートのライバル的立ち位置に存在する、もう一人の王道ヒーロー。
彼女が一目惚れしたのはZEROだけれど、やはりギルバートとアラスターとの"ハーレムエンド"がアリアの"一推し"だ。
拮抗した実力を見せる三人に、さすが各々「1」「2」の"メインヒーロー"と"主人公"だとアリアが再認識させられる中、店の従業員らしき男がアリアたちの台を覗き込み、くっ、と意味ありげに口の端を引き上げていた。
「三人共筋がいいな」
低く笑う男の雰囲気は、目の前のディーラーに比べると随分と異質な空気を感じさせる。
「アンタも随分羽振りがいいな」
まるで、いいカモを見つけたとでも言いたげな意味深な視線。
「そっちの彼女は初々しくていいね」
シオンからアリアへと視線を移し、男はアリアの身体を上から下まで眺め遣る。
「せっかくだから、もう少し刺激的なゲームをしてみる気はないか?」
そうして男の口からもたらされたその言葉は。
(…来た……っ!)
この先の展開を知るアリアは、男の意味ありげな笑いを前にして、心の中で拳を握り締める。
「可愛い彼女を連れての賭け事は大歓迎だ」
アリアとシオンがいることは"シナリオ"外だが、この流れはアリアの知る"ゲーム"と同じ。
こうしてシャノンとアラスターは。
ギルバートと。もう一人の対象者、ジャレッド・ロドリゲスに初対面することになる。