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二度目の文化祭

今回の主人公は、魔法ではない「精神感応(テレパシー)」という特殊能力を持っていた。

その特殊能力(ちから)を使い、対象者たちの心の傷を癒したり、時には事件を解決に導いたりする。

そして、聞こえるはずのないアルカナの言葉をその特殊能力(ちから)で読み取るのだ。

それを、主人公はずっと隠し続けていた。

よほど強い思いでない限り、勝手に人の心が流れ込んでくることはない。

けれどそれでも、他人の心を勝手に踏みにじるような行為が、潔癖な主人公には許せなかった。

だから、固く口を閉ざし、本人もまた多くを語らない性格になっていた。

今回の主人公もまた、心に闇を抱えていた。

他人の心の傷へと寄り添い、癒しつつ、主人公もまた己の特殊能力(ちから)と向き合い、対象者に心を許していくのだ。

それが、今回の恋愛模様。





*****





9月に入り、ルークやリリアンたちの新入生を迎えれば、すぐに文化祭がやってくる。

とはいえ、去年と同じくクラスの出し物などは特に催したりしない学園祭は、部活動にも所属していないアリアたちにとっては、ただ校内を見て回り、参加して楽しむだけのものなのだけれども。

「アリア?」

行くんだろ?と振り向いて促してくるセオドアに、アリアは現実へと引き戻される。

文化祭が行われる二日間は、普段学園内へと踏み入れることのできない一般来場者も参加可能な貴重な日となっている為、ジゼルから遊びに来るという旨の手紙が届いていた。その為、ついつい"ゲーム"の世界へと頭が捕らわれてしまっていたのだが、アリアはそんな思考回路を振り切るとセオドアへとにっこりと笑顔を返していた。

「今日は、先日友達になった女の子も来るっていうから、楽しみだわ」

二年生へと進級し、アリアはセオドアと同じクラスになっていた。

シオンとユーリはまた同じクラスで、そこにはやはり運命を感じずにはいられないのだが、そんなことを口にした日には、二人からまた白い目で見られるに違いない。

「あの男爵家の?」

すでに教室には最後の二人になってしまっていて、魔力の込められた扉の施錠をしながら、セオドアが「あぁ」と思い出したようにアリアの顔を見下ろしてくる。

文化祭が催される二日間。空き教室は外部の者が入ることができないよう施錠することが定められている。鍵に魔力を注げばクラスの住人だけは空けることができるという、優れた魔道具だ。

「ジゼル、っていうの。すごく可愛い子よ?」

詳細までは告げていないが、先日行ったパーティーでジゼルと友達になったことは話してある。

だから、「紹介するわね」と嬉しそうな笑みを向ければ、セオドアもまた「もちろん」と優しい眼差しをアリアへと返していた。

それから、いつの間にかセット扱いになりつつあるシオンとユーリと合流し、後からリリアンと、そのお目付け役のような形でルークがやってきて、横目で校内を散策しながらとりあえず校門付近に向かって歩いていく。

実はリリアンとルークのこの二人。誰とも婚約関係を結びたがらない娘にとうとう業を煮やしたリリアンの両親が、少し前にソルム家に頼み込む形で無理矢理婚約関係にさせているのだが、二人ともそれを認めていない。

お互いぎゃあぎゃあ言いながら社交界に参加する姿は、それはそれでお似合いのような気もするのだが、この二人が婚約者同士らしく(・・・)なるにはまだまだ時間がかかりそうだった。

五大公爵家のうち四人が揃っているその集団は、誰もが遠巻きに眺めるだけで、積極的に話しかけてこようとする者は何処にもいない。

と、そんな中、やはり話しかけることを躊躇っている様子のジゼルたちが遠くに見えて、アリアは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「ジゼル…!」

来てくれて嬉しいわ。と、その手を取って微笑めば、ジゼルはほんのり頬を染めて可愛らしくはにかんだ。

「私も、お会いできて嬉しいです」

恐らくは人見知りをするタイプのジゼルのその反応が可愛くて、アリアは妹を見守る姉のような気持ちで甘やかしてしまいたくなる。

けれど、アリアと同じようにそんなジゼルへと慈愛に満ちた瞳を向けているシリルとカーティスのその横で。

「…ギルバート様」

完全に"子爵"仕様のギルバートが卒のない微笑みを浮かべていて、アリアは思わず口元が固まりかけるのを懸命に解しながら公爵令嬢(・・・・)らしい微笑みを浮かべていた。

ジゼルが「さっきそこで偶然お会いして」などと人を疑うことを知らない笑顔を向けてくるが、そんな偶然があるはずもない。全て計算の上に決まっている。

「お久しぶりです」

恭しく頭を下げるその様は子爵として様になりすぎるほどなりすぎているが、アリアにだけわかるようにその口元がニヤリと意味深な笑みを刻んだのを、アリアは決して見逃してはいない。

また(・・)お会いできて光栄です」

アリアの手を取り、その甲に軽いキスを落とす動作は確かに社交辞令の一つではあるのだが、どうにもギルバートがそれをすると嫌味のようにしか受け取れない。

「ほらっ、お兄様もっ」

そうしてジゼルがギルバートに負けじと双子の兄をせっつけば、シリルは焦ったように顔を仄かに赤らめていた。

「…ジゼルッ」

「?」

なにやら兄妹仲良くひそひそと言い合っているらしい姿が目に入り、アリアは一体なにを話しているのだろうと小首を傾げて二人を見つめる。

ややあって、ジゼルに背中を押されるようにシリルが前へと進み出て、まだ熱が引かないらしい赤い目元でアリアへと腰を折っていた。

「…お久しぶりです」

少し迷う様子を見せてから、ギルバートに倣うようにアリアの手を取り、甲へと軽く口付ける。

なんとなくぎこちない一連の動作には、思わず笑みが溢れてしまう。なんでも卒なくこなすギルバートと違い、シリルは可愛い"弟キャラ"的存在で、お姉様方の庇護欲を誘うタイプだった。

「私よりもお兄様の方がお会いできるのを楽しみにしていたんですよ」

「ジゼル…!」

楽しそうにくすくす微笑(わら)うジゼルが双子の兄へとからかうような瞳を向ければ、シリルは再び顔を赤らめて咎めるような声を上げる。

「本当?それは嬉しいわ」

"2"の"メインキャラクター"に好かれるのは純粋に嬉しい。"ゲーム"通りに話が進んでいたら絶対に見られなかったであろう楽しそうな二人の遣り取りを目にすれば、それだけで胸へと幸せな気持ちが湧いて、本当に良かったとしみじみとしてしまう。

こちらはこちらで可愛い弟のような気分でにこにこと笑顔を向ければ、ジゼルが「それにしても」と感嘆の吐息を洩らしていた。

「私たちの学園とは全然違いますね…」

ぐるりと辺りを見回して、ジゼルは圧倒されたかのような感想を口にする。

男爵家のシリルとジゼルも多少の魔力があるはずで、こことはまた別の魔法学校へ通っているはずだ。

そしてそんなジゼルたちへとシオン以外のメンバーを紹介しようと口を開きかけた時。

辺りへとちょっとした緊張感とざわつく気配が漂って、アリアは清廉な空気が流れてくる方向へと顔を向けていた。

「アリア」

立っているだけでその場が浄化されるかのような雰囲気を醸し出しているのは、今や皇太子として国内で第三位の地位を確立した、アリアの心優しい従兄だ。

「リオ様」

相変わらずルイスを従え、柔和な微笑みで近づいてくるリオへと、アリアも柔らかな微笑みを浮かべる。

最高学年になったリオは、生徒会こそ所属していないものの、皇太子として学園内の見回りをしているらしかった。

「そちらの方々は?」

アリアと共にいる、明らかに外部の人間だとわかる見知らぬ顔へと、リオの穏やかな眼差しが向けられる。

「バーン家のシリル様とジゼル様です」

アリアの紹介を受け、シリルとジゼルが緊張の面持ちでリオへ向かって「初めまして」とお辞儀をする。

周りの人々の雰囲気から、()の人物がただならぬ存在だということを感じ取っているらしい。

それから、執事見習いのカーティスの紹介も終え、

「ギルバート・ミュラーと申します」

そんなリオへと物怖じすることなく頭を下げたギルバートはさすがの一言で、初対面となる彼らに向かい、リオは優しい微笑みを称えていた。

「ボクはリオ・オルフィス。こっちは…」

と、リオが続いてルイスを紹介しようと口を開きかけ、けれどその先の言葉はジゼルの驚きの声に掻き消える。

「王子様っ?」

会ったことはなくとも、皇太子の名前と容貌は当然のように耳に入っている。

「ジゼル…」

「ご、ごめんなさい…っ、つい…っ」

思わず動揺して声を上げてしまったジゼルへと、シリルの(たしな)めるような瞳が向けられて、ジゼルは焦った様子でリオに向かって一生懸命頭を下げていた。

リオが近くにいることなどアリアにとっては当たり前のことすぎて忘れがちだが、本来皇太子になどそうお目にかかれるものではない。

普通はジゼルのような反応の方が当然で、突然の王族の登場に驚くのも無理はないだろう。

「うん、アリアとは従兄妹に当たるかな。これからもアリアをよろしくね」

そんなジゼルに気分を害する様子もなく柔らかく微笑んで、リオはまるで保護者のように語りかける。

「……はい…っ」

国内第三位の権力者から直々に頼まれてしまえば、断れるはずもない。そうでなくともアリアとの友情(・・)は一生モノだと考えていたジゼルにとっては、言われなくとも今後アリアの利にならないことをするつもりもない。

そんな決意も込めて緊張の面持ちで頷けば、リオから嬉しそうな笑顔が向けられて、そのきらびやかな姿にジゼルはほんのり頬を赤らめていた。

「…ルイス・ベイリーだ」

そうして遅ればせながらルイスが自ら名を告げて、順番に自己紹介を済ませていく。

五大公爵家が揃ったその雰囲気に、シリルとジゼル、そしてカーティスは恐れ多いことだと恐縮していたが、アリアがその緊張感を解きほぐすかのように間に入って微笑めば、少しずつ肩の力が抜けていった。

「それじゃあ、どこから見て回りましょうか?」

新たな友人(・・)たちと過ごす文化祭は、始まったばかりだった。





*****





「…さすがだな」

いくら婚約者でシオンが過保護(・・・)だとはいえ、学校内で常に一緒にいるわけではない。前方でシオンとユーリが並んで歩く姿を眺めながら、アリアはひっそりと声をかけてきたギルバートへと、なんのことだろうと不思議そうな瞳を向けていた。

「公爵家の子息が揃い踏みで、しかも皇太子まで」

来た甲斐があった。と、満足気な笑みを口元へと刻み付けるギルバートは、情報では知っていたアリアを取り巻く環境に正直舌を巻いていた。

一度に全ての公爵家の人間と、さらには皇太子にまで会えるなど、子爵のギルバートからしてみれば考えられない幸運だ。

この少女は自分にとって明るい未来を呼ぶ幸運の女神なのか、それとも破滅へと(いざな)う傾国の魔女なのか、すぐには判断できそうにない。

自分の周りに揃った五大公爵家へとゆっくりと視線を廻らせて、一つだけ確かなことを口にする。

「全員、一筋縄じゃいかなそうな面子ばっかりだ」

ギルバートの鋭い勘が、確かに秘宝を盗むことは至難の技だということを告げていた。

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