act.7-5 Maiden's Prayer
ふわふわと、宙を漂うような感覚だった。
けれど、躰の奥だけは熱を持って腰から下へと甘い痺れをもたらしていく。
「私は少々特殊な趣味を持っていてね」
「……ん……っ」
自我を失いかけているアリアの姿を愉しそうに観察してくる男へと、ゾクリとした悪寒が背筋を凍らせるのに、アリアの瞳へと涙が浮かんでくる。
「前の妻は、まぁ…、長く持った方だが、数年前に壊れてしまってね」
男は、一度結婚の経験があった。
その相手もまた10も年下の妻だったが、彼女がジゼルと同じような境遇にあったのかどうかまではわからない。
ただ、男が「壊れた」と告げるように、表向き「病」とされた妻が本当はどのような状態にあったのかは推して図るべきことだった。
「一年ほど前に失くなってしまったんだ」
こちらもやはり表向き「病死」とされているが、それが自殺であったことをアリアは"ゲーム"の知識として知っている。誰の子かわからない子を身籠り、堕胎を繰り返していたような話もあったはずだ。
それを暴いたのがギルバートだったか主人公だったか…、もはや靄のかかった頭ではそれ以上を思い出すことはできない。
「君は丈夫そうで安心した」
大人しい子だと聞いていたから嬉しい誤算だと口元を歪め、男はアリアへと手を伸ばす。
「…ぃや……っ!」
アリアは首を振り、必死に拒絶の意思を示すものの、もちろんそれが受け入れられるはずもない。
男の手がドレスの首元部分を掴み、そのまま水色の生地を引き裂こうとして。
「…これは…?」
アリアの胸元へと、その目が釘付けになる。
「……あ……」
驚きに見開かれたその目の意味を悟って、アリアは小さく声を上げる。
それは、シオンが。
消えることのないよう、定期的にアリアの身体へと刻み込んでくる、"所有の証"。
「…生娘に見せかけて、随分と淫乱だな」
くっ、と。突然一回りも二回りも残忍になった男の笑みに、アリアは肩を震わせる。
手加減などいらないな、と残酷に歪んだ口許に、アリアは絶望感が胸を満たしていくのを感じていた。
(…シ、オン……ッ!)
再び、アリアの肌を晒そうと伸びてきた男の手に。
「…ぃやぁぁ……っ!」
アリアの叫び声が室内を震わせたその瞬間。
バァァァン……ッ!
と、足元を揺らす程の振動と共に、扉が壊れるほど乱暴に開け放たれる音がした。
「アリア…ッ!」
耳に届いた、少しだけ焦りの色が滲んだその低音に。
「…シ、オン……」
安心感から、一気に力が抜けていくのを感じる。
「…"アリア"?」
そうして男が聞き慣れないその名前に訝しげに眉を潜めたすぐ直後には。
シオンが室内へと旋風を巻き起こし、なにをしたのか一瞬でその場にいた男たちは全員気を失っていた。
「アリアッ」
ひゅ~っ!と、あまりの一瞬の出来事にギルバートが思わず口笛を鳴らす様子も気にすることなく、シオンはベッドの上で手首を拘束されて膝立ちになっているアリアを見つめて、一瞬だけなにかを迷うような雰囲気を醸し出す。
と。
「この男たちを縛り上げるくらいは私たちでしますから、貴方は彼女の元へ」
その迷いの中身を察したギルバートが紳士な態度でシオンへとそう促して、シオンはちらりとギルバートへと視線を投げた後、アリアの元へと足を運んでいた。
「…お前はまた、どうしてすぐに厄介事に巻き込まれるんだ」
それはアリアがまた自ら首を突っ込んだ結果に他ならないが、男たちの本来の目的はアリアではなかったことを察しているのか、シオンは大きく肩を落とす。
「…また随分と刺激的な格好をしているな」
「…シオ…、ン…」
ドレスこそ破られてはいないものの、仄かに赤く染め上げた身体と熱を帯びた潤んだ瞳で両手首を拘束されたアリアの姿は、それだけで男の劣情を誘う。
そうしてその言葉と同時にシオンの操る風の刃がアリアを拘束する縄を切断し、そのまま支えを失って崩れた華奢な身体をシオンの腕が抱き止める。
「…ぁ…っ、シオ…ッ」
極度の緊張感から解放されてしまえば、後に残るのは恐ろしいほどの甘美な熱だけだ。
頼もしいその腕に抱き止められた感覚と、自分を包み込んだ慣れた香りにさえ、敏感になった躰はびくりと反応を示してしまう。
「…アリア?」
「…ぁ…っ、シオ…ッ。たす、けて…」
大丈夫か?と覗き込んでくる、その吐息にさえ躰が震えて、アリアは潤んだ瞳でシオンの胸元へと縋りついていた。
「…今、楽にしてやる」
助けて、と、明確に口にされたその言葉に、シオンは僅かに驚いたように目を見張り、アリアへと異常回復の魔法を施していく。
アリアと出逢って以来、今まで一度も求められたことのない救いの手。
初めて乞われた助けを求める声がこんな状況かと思えば、なんとも表現しがたい複雑な想いが浮かぶ。
「…は…っ、ん……っ」
回復魔法をアリアへと展開するも、その躰から震えが止まる様子はない。
「…効かない、のか…?」
通常であれば正常に戻るはずの量の魔力を注ぎ込み、シオンはなにかを思案するかのように眉を寄せる。
「シオ、ン……」
胸元で漏れる熱い吐息。
縋るように向けられる瞳は熱で潤み、震える指先がシオンの胸元を掴んでいる。
そんなアリアの様子を冷静に見つめ、シオンは「…いや…」と呟くと、
「効きにくいのか……」
一つの結論を導き出していた。
「…辛いか?」
異常回復の魔法を紡ぎ出すことは止めぬまま、シオンは腕の中のアリアへと問いかける。
すると、完全に薬によって思考を溶かされているアリアは、今にも泣き出しそうな表現でコクコクと首を縦に振り、普段であれば考えられないほど素直なその反応に、シオンは舌打ちしたい気分にさせられていた。
これはあくまで推測だが、異常回復の魔法が全く効かないというわけではない。ただ、魔物から生み出される分泌液というわけではなく、媚薬として改良されたソレは、分類するならば「身体へと異常をもたらすもの」というよりは「薬」に近いものになってしまっているのではないかと考えられた。
「…アリア…」
すぐには治せそうにない、と己の見解を告げれば、アリアの瞳の中へ驚きと絶望にも似た色が浮かび、シオンはあまり刺激を与えないように少しだけアリアの身体を引き離す。
けれど。
「…ゃ…っ」
離れていく抱擁が寂しいのか、アリアはふるふると首を振り。
「…シオ…ッ、ン…。…たすっ、けて…っ」
「も…っ、や…ぁぁ…っ」
一際高く上がったその細い嬌声に。
縋るように潤んだその瞳に。
全身をほんのりと熱に染め上げて醸し出されるその壮絶な色香に。
大人と少女の狭間に在る危うさを滲み出して身を震わせるアリアのそんな姿に、その場にいた全員の背筋へと、ゾクリとした劣情が走ってしまったとしても、それは仕方のないことだろう。
思わずゾクリとした感覚に背筋を震わせて、ギルバートとシリルは目を奪われたかのように思わずアリアの姿を見つめてしまう。
そんな状況に、シオンは音にならない舌打ちを溢してシリルの方へと振り返る。
「…そこの」
冷たい空気の滲み出る低音で鋭い視線を向けられて、シリルは「…はい…っ」と怯えたように直立する。
「シリル・バーンですっ」
「そこにあった倉庫にコイツらを運んで閉じ込めておけ」
ここは敷地内にあった別棟だが、すぐ隣に倉庫らしきものを見かけたと、シオンはシリルに有無を言わさない指示を出す。
そしてそのままもう一人の方へと視線を移せば、ギルバートはすでに承知したかのように「仰せのままに」と腰を折っていた。
「一時間後にこの館の主の元へ行く」
ずるずると、気を失った大の男たちを運び出し始める二人の姿に、シオンは苛立たし気な声をかける。
「ウェントゥス家の名前を出して構わない」
苦しげに熱い吐息を吐き出し続けているアリアへと回復魔法を施す手は止めぬまま、拒否を許さない命を下す。
「席を用意しろと伝えろ」
下級貴族にとって、公爵家の意志は「絶対」だ。
「逃げても無駄だとな」
自己の敷地内で起こったことだ。恐らくは大金を握らされたというようなところだろうが、この館の主である今回のパーティーの主催者も一枚噛んでいるに決まっている。
「それまではココに誰も近づけるな」
R18版は明日更新予定です。