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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘33(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 母上が気づいてからも、僕は忙しく領地を回る生活が続いている。それというのも、父上がまだ母上にかかりきりだからだ。母上は相変わらず父上を避けようとしているようだが、そんな母上を父上が追いかけるという不思議なことが起きている。


 これまで振り回されてきた分、父上も振り回されればいいと放っておいたのだが、その父上が何故か僕に助けを求めてきた。


「お前からアイリーンに何か言ってくれないか?」


 せっかくの休みだから、今日はウィルフリードやユーリと過ごそうと思って三人で自室にいると、母上に逃げられた父上が入ってきた。


 そんな僕の腕の中にはウィルフリードがいる。

 最初はおっかなびっくりだったが、ユーリに抱き方を教えてもらい、僕もこうして抱き上げるようになった。


 実際に抱くことで意外に重いことを知って、ユーリの大変さがわかった。いずれ大きくなって抱けなくなったとしても、ユーリとあんなこともあったねと話せることが増えるかもしれないと密かに楽しみにしている。


 母上も一月近く経ち、体力がだいぶ回復したからか、一人で散歩ができるようになった。そんな母上のお気に入りの場所はあの迷路のようだ。父上から隠れる時に使っているらしい。


 今日もきっとあそこにいるのだろう。今の母上はどこにも自分の居場所がないと思い込んでいる。僕には合わせる顔がないと落ち込んでいるし、父上に至っては信じるのが怖いのだと思う。


 隠し子がいたことで、父上にとってクライスラー男爵夫人がどんな存在だったのか薄々気づいているのかもしれない。


「僕にそんなことを言われても……」

「アイリーンにとってお前は特別だから、お前の言葉なら聞いてくれるだろう?」

「ですが、それは夫婦の問題でしょう? 僕が口を挟むのはおかしいと思うんですが」


 僕がウィルフリードを驚かせないように声を潜めて言うと、ユーリが首を振る。


「コンラート違うわ。これは家族の問題よ。だから、お二人のために私たちも手伝いましょう」

「ユーリがそう言うなら……」


 そうして僕らは母上を探しに庭へ向かった。


 ◇


「お義母様、いらっしゃいますか?」


 迷路の外からユーリが呼びかける。父上だと逃げられるし、僕だと口をきいてくれるかわからないからだ。そしてまだ赤ん坊のウィルフリードは寝室で寝かせて、メイドに見てもらっている。


「……ユーリ?」

「よかった。やっぱりこちらだったんですね。折角なのでお話しませんか?」


 やっぱりここにいた。母上は返事をすると、少しして入り口に顔を覗かせた。だが、僕と父上の姿を見つけると慌てて奥に引っ込もうとする。僕は母上を引き止めた。


「母上! たまには皆でお茶でもしませんか? 僕は母上と話したいんです」


 母上は止まるとゆっくり振り返る。僕の様子をうかがっているように見える。


「……だけど、あなたは、いいの?」


 きっと恨んでいないのか、憎んでいないのかということが言いたいのだろう。僕はそんなことはもういいと言ったつもりなのだが。だから敢えて気づかない振りで笑った。


「もちろんです。ただ、ウィルフリードを一人にしているので、一緒に中に入りましょう。家族全員の方が寂しくないと思うんです」


 母上の顔が泣きそうに歪んだ。これで母上も家族なのだと伝わってくれたのだろう。


 僕はもう母上も自分の幸せのために動いて欲しいと思っている。待っているだけでは幸せなんて手に入らない。父上を憎むなり、愛するなりすればいい。それは母上の自由だ。


「……ええ、そうね」


 母上は涙を堪えて笑う。母上の自然な笑顔に、僕は驚いた。ふと隣の父上を見ると、父上も目を見開いている。


 父上も同じように見たことがなかったのかと、胡乱な目つきになる。そんな僕の視線に気づいた父上は、気まずそうに言い訳をした。


「いや、まあ。仕事仲間という意識が強くて、あまり気にしてなかったから……」

「……本当にどうしようもないですね、父上。父上は放っておいて行きましょう、母上」

「え? ええ……」


 戸惑う母上の手を取ると、僕は屋敷に向かって歩き出す。後ろでユーリが笑う声と、父上が慌てて待ってくれと言う声が聞こえるが、頓着することなく僕らはウィルフリードの眠る寝室へ向かった。


 ◇


 よく眠っているウィルフリードを抱き上げると、食堂へと向かう。ウィルフリードを抱く僕に、母上が呟く。


「……今度はあなたが子どもを抱くなんて、子どもの成長って早いわね……」

「そうなんですか? 僕は覚えていないので何とも言えないのですが……」

「そうでしょうね……わたくしにとっては、ついこの間のような気がするのだけど」


 目を細めて僕とウィルフリードを見比べる母上に、面映ゆい気持ちになる。だから僕は母上に何気なく聞いてみた。


「……母上もこうして僕を抱いてくれたことがありますか?」

「ええ。意外に重くて、長い時間抱いていると大変だったわ。それに、あなたはよく泣く子だった。泣き止まないあなたと一緒に、わたくしもどうしていいかわからずに泣いていたわね」


 母上の言葉は重い。そんな時でも父上は母上を顧みず、母上は一人で僕と向き合わなければならなかったのだ。気づいた父上が母上の背後から謝る。


「気づかなくて本当にすまなかった……」

「……あなたのせいではありません。わたくしが弱かっただけの話です」


 突き放すような冷たい口調だった。母上はもう父上を見限っているのかもしれないと思う。父上はうなだれて僕らの後をついてくる。そうして食堂に着くと簡単なお菓子とお茶を用意してもらい、僕らは席に着いた。


 母上を挟んで左に僕とウィルフリード、右にユーリ、母上の向かいに父上という不思議な構図だ。父上には味方がいないというのがこれでわかるだろう。


「……それで何の話がしたいのか、そろそろ教えてくれないかしら?」


 母上が口火を切り、僕とユーリは父上を見る。そもそも父上がどうにかしたいと言ったことが発端なのだから、何かしら考えがあると思っていたのだが──。


 向かいの父上は、僕に何か言えと合図をしている。何も考えてなかったのかと僕は頭を押さえた。父上が僕に丸投げするのなら、僕は打ち返してやる。


「父上が母上と話したいそうですよ」

「コンラート!」

「父上が人任せにしようとするからでしょう。そんなことで母上にわかってもらおうなんて厚かましいにも程がありますよ」


 ただ、母上が逃げないように傍にいようとは思うが。母上は父上に冷たい視線を向ける。父上は息を呑んで話し始めた。


「……私のせいで君を追い詰めたことは本当に申し訳ないと思っている。だからもう一度やり直したいんだ。自分が都合のいいことを言っている自覚はある。許してもらえるとも思わない。コンラートのためにも償わせてもらえないだろうか?」


 母上は目を伏せて答える。


「……そのコンラートが言ったでしょう? やり直すも何も始まってもいなかったと。わたくしはコンラートとの関係はともかく、あなたとの関係を始める気はありません」

「だが、修道院に入るというのは……」

「ええ。男子禁制ですからコンラートとも会えなくなる。そんなことは覚悟の上です。この子はこの子の幸せを見つけ、そこにわたくしはいなくても大丈夫だと思っています。修道院から手紙を出すことは可能ですし」


 夫婦の話し合いだとわかっていたが、僕は母上の言葉に納得がいかず、思わず口を挟む。


「大丈夫って何ですか? 僕はまた母上を失うのですか? どうして僕が平気だと思うんですか?」


 怒りよりも悲しみの方が強かった。母上は自分の価値をわかっていない。僕にとっては一人しかいない母親だというのに。だから振り向いてくれないことが辛かったということが伝わっていなかったのだ。


 母上は戸惑いの声を上げる。


「……あなたにはユーリがいるでしょう?」

「ユーリはユーリ、母上は母上です。僕はこれからあなたとわかりあえると思っていたのに」


 ユーリも一緒に母上に言ってくれる。


「そうですよ。私とお義母様は違う人間です。比べることがおかしいんです」

「ほら、皆こう言っているんだ。お願いだから、考え直してはくれないか?」


 母上は沈痛な面持ちで俯いた。僕は母上の本心が知りたかった。どうしてここまで意固地になるのか。


「……ゆっくりでいいので、母上の気持ちを教えてくれませんか? 僕らは母上を追い詰めたいわけじゃないんです。母上と一緒に考えることができればと思っています」

「どうして……? わたくしはあなたを傷つけてきたのに」

「それはお互い様でしょう? 僕は親になることで少しはあなたの辛さが理解できました。僕自身がウィルフリードとどう接すればいいのかわかりませんでしたから。幸い僕にはユーリがいたから乗り越えることができましたが、母上は一人で考えなければならなかった。だから、もういいんです」


 これまでのことを考えると胸は痛むが、もう過ぎたことだ。取り戻せない過去を嘆いていては、また自分の殻に閉じこもって大切な人たちを蔑ろにしてしまう。今の母上と同じように。


 母上はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。それは悲しい言葉だった。


「……わたくしには何の価値もないの」

読んでいただき、ありがとうございました。

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