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悲しい嘘  作者: 海星
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番外編1 僕の嘘32(コンラート視点)

よろしくお願いします。

 僕はユーリとウィルフリードと三人で部屋に帰ってきた。


 僕の中に色々な気持ちが渦巻いていて、僕は何を話せばいいかわからず、椅子に腰掛けて俯く。ユーリはウィルフリードを寝かしつけると、僕の隣に座って口を開いた。


「……お義母様、よかったわね」

「……どうだろう。ひょっとしたら僕らは母上に残酷なことをしたのかもしれないよ。結果的に辛い現実に引き戻したのだから」


 僕は母上と対話をしたかったからよかったと思うが、母上にとっては幸せな夢から無理矢理目覚めさせられたようなものだ。それが母上の幸せなのかはわからない。


()()()()の間違いよ。もうお義母様が目を背けて耐えるだけの日々は終わったの。これからは私たちがいるんだから」


 ユーリはそう言って屈託無く笑う。


「……ユーリ、うちの事情に巻き込んでばかりでごめん」


 僕はユーリが大変な時に、自分のことばかりで支えることができなかったのに。ユーリはこうして僕たち家族に寄り添ってくれる。ありがたさと申し訳なさで頭が下がる思いだ。


「本当にごめん……」

「いえ、そんなに謝らなくても……」

「……君を幸せにしたかったから結婚を申し込んだのに面倒をかけるばかりで、自分が情けなくて……

 それに、みっともないところばかりみせていて恥ずかしいよ。この歳になっても親離れができていないようで……」


 僕はずっと両親は両親、僕は僕だと割り切っていたはずだった。だからどうでもいいと自分に嘘を吐いてきた。


 だけど、本当はずっと愛されたいと願っていた。自分が生まれてきた理由が欲しかった。そうでなければ自分という存在が足元から崩れていきそうだったのだ。


 必要とされるために、僕は皆が望む僕を演じて、次期子爵家当主に相応しくなろうと努力をしてきた。結局、ユーリにも偽りの自分しか見せていなかったのだと今ならわかる。


 今の情けない僕が本当の僕だと知って、ユーリに愛想を尽かされるのではないかと、それが怖かった。


「そんなこと思っていないわ。面倒をかけているのは私も同じよ。ロクスフォードのためにあなたがどれだけ尽くしてくれたかわかっているもの。それに、あなたは子どもの頃に受け取るはずの愛情を知らずに育っただけ。それを求めることが恥ずかしいとは思わないわ」

「ユーリ……」

「だけど、一つだけいい?」

「何だい……?」


 僕はユーリが何を言いたいのかわからず、のろのろと顔を上げた。ユーリは以前は表情が乏しかったが、最近は言葉よりも雄弁に表情が語ってくれる。


 ──怒っている。


 眉を寄せて口を結んだユーリから、僕はそれがわかった。これまでに多々怒らせるようなことをしてきた僕だ。神妙にユーリの言葉を待った。

 すると、ユーリは両手で僕の頬に触れ、僕と視線を合わせて言った。


「ちゃんと相談して欲しいの」

「え……」

「私はあなたに寄りかかりたいわけではないわ。自分でできることはやりたいし、困ったことがあればちゃんとあなたに相談するようにする。だから、私を幸せにしないといけないと、思い詰めないで。

 あなたが何を考えているのかわからなくて、私はそっちの方が寂しいわ。幸せって、してもらうのではなくて、なれるように頑張ることだと私は思うのよ」


 ユーリの言葉はもっともだった。僕はユーリを守るという名目でユーリの意思を無視してきたのだから。


 ユーリが何を望むかなんて、僕にはわからない。きっとこうだ、ああだと決めつけてユーリに与えようとしていた。だが、それは傲慢だ。結局僕はどこかで、ユーリが女性だから僕の庇護下にあると見下してしまっていたのかもしれない。


 幸せにしてやるのではなく、二人で幸せになれるように頑張る。対等な立場でいたいというユーリの気持ちが痛いほどわかった。それに、僕の弱さも知ったから僕を支えたいと思ってくれていることも。


「……その言葉、僕も同じことを父上に言ったね。幸せになる努力をしてきた僕が、そんな君の気持ちを踏みにじっていたのか……そうだね。一方的だと寂しいよ」

「そうよ。私はそんなに役立たずなのかと落ち込むんだから」

「そんなわけないだろう!」


 ユーリはどれだけ僕の心の支えになってくれたかわかっていない。思わず大声で叫んで二人で慌ててウィルフリードを見るとぐっすりと寝入っている。二人で笑って僕は声を潜めて今、心に溢れる気持ちをユーリに伝える。


「……君やウィルフリードのおかげなんだ。僕が両親と向き合えたのは。君と結婚した時は思いもしなかったよ。僕の自己満足で君に援助と引き換えに結婚を迫ってしまったから、軽蔑されても仕方ないと諦めていたんだ」

「それはちゃんと話したでしょう? 私はあなたが好きだったからよかったんだって」

「結果的にだろう? 僕は順番を間違えてしまったんだ。本来なら先に言う言葉があったのに」

「それもあなたの話を聞いたから、もういいのよ」


 ユーリは吹っ切れたように笑うが、僕は笑えない。今の僕にとって、ユーリが、ウィルフリードがどれだけ大切な存在なのかわかって欲しい。

 僕は頬に添えられたユーリの手を取って真っ直ぐユーリを見つめる。今の僕の決心が鈍らないように──。


「……だから、やり直させてくれないか?」

「何を……?」


 ──君を愛している。


 心の中で浮かんだ言葉を口にしようとしても、中々出てこない。代わりに出てくるのは、嫌な雑念ばかり。悔しさに僕は唇を噛みしめるとユーリが止める。


「あなたが何を言いたいのかはわからないけど、それってそんなに無理しないといけないことなの? 私のことなら気にしなくても……」

「……君のためでもあるけど、何より僕自身が乗り越えたいんだ。もう縛られたくないから」

「一体何を……」


 僕ではない誰かに愛を囁く母上が僕に冷たい視線を向ける。お前は誰にも愛されない、誰もお前を必要となどしていないと、母上の口が形取られる。


 違う。それは僕が作り出した幻だ。母上も父上も、ユーリも僕のことを思ってくれている。僕はいらない人間じゃない。僕は信じると決めた。

 だから──。


 目を瞑って深呼吸をしてうるさい雑念を払うと、ゆっくり目を開いてユーリを見つめる。目の前のユーリは大切な人だと僕の心が訴えかける。


「ユーリ、君を……愛しているよ」


 口にしてしまえば言葉を戻すことはできない。また僕は薄っぺらい言葉を吐いたと後悔するかと不安だったが、僕の心に温かいものが溢れてくる。


 ユーリへの感謝の気持ちや胸を締め付けられるような甘い痛み。これが愛というのかもしれないと、僕はようやく実感できた。その気持ちに後押しされるように再度言葉を紡ぐ。


「愛しているよ……って、聞こえてないのか?」

「え、いえ……聞こえて、いるわ……」


 どこか呆然としたユーリが震える声で答えてくれて、僕はちゃんと口にできたのだと思って嬉しかった。そしてユーリは泣き出してしまった。それだけ僕はユーリを不安にさせていたのだと、涙を拭いながら反省する。


「……いつか言うって約束しただろう? 待たせてしまってごめん。我ながら情けないよ」

「そんなことないわ。私こそ、ごめんなさい。あなたに嫌なことを強要してしまった……」


 嫌なこと? 全然そんなことはなかった。むしろ言葉にすることで、ユーリへの思いが溢れてくるようだ。これまで自分でこれ以上ユーリを愛さないように無意識に抑制してきたのだと思う。一方的な思いは虚しいと痛感していたせいで。言葉を封じたのもそういうことだと今気づいた。


「嫌なことではないよ。僕もどうやったら気持ちが伝わるのか悩んだんだ。前に君が言っただろう? その言葉以外に伝える言葉がないって。僕もそうだった。だから、何度も言おうとしたんだけど、どうしても母上が頭をよぎって……」

「そうね……」

「……だけどあの時、僕を見つけて笑った母上が、耳元で言ったんだ。コンラート、愛してるわ、って。ずっと僕を無視してきたくせに今更何をって腹も立ったけど、それ以上に、ようやく僕を見てくれたっていう喜びがあったんだ。

 僕の根本にあったのは、子どもの頃に愛されなかった、必要とされなかったという諦めだったんだと思う。それは君という大切な人を見つけても常にあったんだ。いつもどこか空虚で満たされない気持ちが」

「……それ、お義母様も言っていたわ。お義父様に愛されなかった虚しさを、別の男性で埋めようとしたけど、それでも満たされなかったって」


 今ならその母上の気持ちが理解できる。だけど、母上と僕の違いは代替品の愛では満たされないと僕は知っていたから、ひたすらユーリだけを求めたことかもしれない。


「そういうところは親子なのかな。だけど、僕は君とわかり合ううちに、その穴も少しずつ埋まってきてはいたんだけどね。そこに母上の言葉を聞いて、これじゃいけないって思ったから……」


 少しずつ僕はユーリに癒されていた。それでも踏み出す勇気が出なくて二の足を踏んでしまった。それがここまで拗れてしまった原因なのだと思う。


「ありがとう、コンラート……それにね」

「うん、何だい?」

「……あなたが生まれてきてくれてよかった。あなたに出会えてよかった……私も、あなたを愛しているわ」

「ユーリ……」


 それは僕の台詞だ。ユーリに出会えたことで、僕は生きる喜びを見出せたし、家族の温かさや愛を知った。君はきっと知らないだろう。僕がどれほど君に感謝して、君を愛しているかを。


 君に出会えたことが僕の奇跡で、一番の幸せだ。一生をかけて君にそれを伝えていこうと思う。


 僕はこの時を忘れないと心に刻んだ。また間違えそうになれば思い出せるように──。

読んでいただき、ありがとうございました。

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