番外編1 僕の嘘30(コンラート視点)
よろしくお願いします。
日に日に大きくなるユーリのお腹を見るたびに、僕はまだ大きくなるのかと不思議に思う。たまにユーリが動いた、と言うのが信じられなくてお腹に手を触れると、中から勢いよく押し返してくるので驚いた。
領地を回っていて、出産というのは命がけだと聞いた。ユーリは本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。だが、それと同じくらい僕自身の気持ちがついていかないことが不安だった。
僕は生まれてくる子に何ができるのだろうか。僕のような寂しい思いはさせたくない。愛してあげたい、そう思っても僕には愛し方がわからない。
こんな僕が父親になんてなれるのだろうかと悩んでいたが、ユーリにはバレていたようだ。ユーリに不安を吐露したものの、僕の不安がなくなるわけではない。不安というものは僕が作り出す形のないものなのだから。
そうしていつものように領地の視察に出かけた僕に子どもが産まれそうだという報せが届いたのだった。
◇
「ユーリは⁈」
息を切らして屋敷に駆け込んだ僕に気づいた父上が、慌てて駆け寄ってきた。
「いや、それが、痛みに苦しんでいるようなんだが、医者は問題ないと……」
「どこの部屋ですか?」
「客室の一室だが、今は入れないぞ」
「僕は夫です。入ってもいいはずだ!」
父上の制止も聞かずに僕は急いで客室に向かう。近づくにつれ、苦しそうな声が聞こえてきて、僕の背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
「ユーリ!」
「……コン、ラート……?」
客室に飛び込むと玉のような汗を流すユーリがベッドに横たわっていた。
駆け寄ろうとしたが、渋い顔の医者に止められる。
「申し訳ありませんが、退出願えますか?」
「僕は夫だ! 居てもいいだろう?」
「いえ。奥様の気が散るので退出をお願いします」
「頼むから傍に居させて欲しい」
「できません」
あくまでも邪魔者扱いをする医者に怒鳴ろうと息を吸い込むと、ユーリが小さな声で告げる。
「コンラート、お願い……お医者様の言う通りにして。私もみっともないところをあなたに見られたくはないの……」
「ユーリ……わかった。だけど、君も子どもも無事でいてくれ」
ユーリはもう話すことも辛いようで、顔を顰めながら頷いた。僕は後ろ髪を引かれる思いで客室を後にした。とはいえ、そこから離れる気にはならずに廊下で待機していたのだが。
唸り声や叫び声が聞こえるたびに、僕は本当にユーリは大丈夫なのかとハラハラした。女性というのはこんなに大変な思いをして子どもを産むのか。僕を産んだ母上もこんなに大変な思いをしたのだろうかと、ふと考える。
もし母上がまた以前のような状態に戻ったら聞いてみたい。僕を産んだことを後悔していないのかどうかを──。
しばらくして泣き声が聞こえてきた。猫のような泣き声。これが赤ん坊の泣き声だろうか。
ふと傍にいた父上を見ると笑って頷く。
僕とユーリの子どもが生まれたのだ。じわじわとくすぐったいような、どこか誇らしいような気持ちが湧いてきて、僕は客室の扉をノックする。
また間があって扉が開き、ようやく僕は客室へと入れた。扉を開いた医者が抱いているのが僕とユーリの子なのだ。そして医者は言う。
「奥様もお子さんもご無事です。お子さんは元気な男の子ですよ」
「男……」
性別はどちらでもよかった。ただ無事に生まれてきてくれたこと、ユーリも無事であることが僕にとっては大切だった。
後から入ってきた父上も、僕におめでとうとだけ告げて、母上のところに戻って行った。きっと母上にも生まれたことを言いに行ったのだと思う。
顔を覗き込んでも僕に似ているのか、ユーリに似ているのかはわからない。顔をくしゃくしゃにして泣くだけだ。そのまま子どもは産湯に浸かりに行き、僕はユーリに近づいた。
ぐったりと疲れきったユーリの姿に胸が痛む。だが同時にそれだけのことをやりきったユーリを尊敬する。
──産んでくれてありがとう。
目を閉じたままのユーリの傍で、気づかれないように僕は静かに涙を流した。
◇
そして子どもの名前はウィルフリードに決まった。本当はユーリと二人で決めたかったのだが、ユーリは僕に任せると言ってきかなかったのだ。
多分、僕に父親の実感がないから名付け親になることで実感して欲しいと思ったのではないかと僕は勝手に推測している。
平和な世界で幸せになって欲しいとの願いから考えたのだが、ユーリが家族の平和を繋ぐ存在と言ってくれて、ぴったりだと思った。子どもができたとわかったことで父上と腹を割って話すことができたのだ。願わくば母上にもいい影響を与えてくれればいいのだが。
だけど、まさかその願いが実現するとは夢にも思わなかった──。
◇
「ねえ、コンラート。私も大分体が楽になってきたから、そろそろお義母様とウィルフリードを会わせたいのだけど。あなたとお義父様も一緒に行かない?」
ウィルフリードが生まれてしばらく経った頃、ユーリがそう言って切り出した。これまで何回か、ウィルフリードを会わせてあげたいから僕に母上のところに連れて行ってくれとユーリは言っていた。だけど、僕は未だにウィルフリードを抱くことができずに、先延ばしになっていたのだ。
「そうだね……せっかくだからみんなで行こうか」
ウィルフリードは望まれて生まれた子だ。みんなで誕生を祝ってあげたい。僕はそんな思いで了承した。
そして父上も誘って母上を訪ねた。相変わらず反応はないが、それでも僕は母上にウィルフリードを会わせることができて満足だった。だが──。
「お義母様……?」
ユーリの怪訝な声に僕も母上を見て驚く。これまで茫洋として反応のなかった母上が静かに涙を流しているのだ。何が母上の琴線に触れたのだろうか。
母上に父上が呼びかける。そんな風に脅かしては母上がまた混乱すると止めようとすると、母上は悲鳴を上げた。
「……違う、違うの……! この子は違う!」
母上はウィルフリードを指差して混乱している。何が違うのかわからない。僕の子どもではないとでも言いたいのか、と僕の心がチリッと痛む。
「アイリーン! 落ち着け!」
「いや! わたくしの子じゃない……!」
拒絶する母上に、僕は嫌な予感がした。
──まさか、母上にも他に子どもがいるのか?
いや、でも女性の場合は出産に十月十日かかるはずだ。父上は何も言ってなかったから、そんなことがあるわけない。
「父上! 母上が怯えています! ひとまず離れてください!」
胸に巣食う嫌な予感に蓋をして、母上に追いすがる父上を止める。その時だった。
母上が満面の笑みを浮かべたのだ。それも僕に向けて。信じられない思いで僕は母上を凝視した。
「あ、ああ……来て、ちょうだ、い……」
誰に言ったのかわからず、僕は困惑して視線を彷徨わせた。父上やユーリと目が合ったが、二人はただ頷くだけだ。
訳がわからないながらも母上に近づくと、母上はゆっくりと両手を広げて僕を抱きしめた。初めて抱きしめられたことに、僕は泣きそうになる。
そして母上は言ったのだ。
「……コンラート、私の子……愛しているわ……」
母上はそこで力尽きたようで、僕にもたれかかって気を失ってしまった。
僕は母上を抱き返すこともできず、引き剥がすこともせず、ただ呆然と母上の言葉を頭の中で繰り返していた。
なんで、どうして、そんな困惑の中にも喜びの気持ちが溢れる。だけど、僕は期待は裏切られるものだと知っている。きっと母上は勘違いしているのだ。僕はそうやって期待する気持ちを打ち消そうとした。
そんなことを考えていたら、ユーリに話しかけられてはっとした。もしかしたら僕は白昼夢を見ていたのかもしれない。僕の願望が見せた幸せな夢。
そうして父上が医者を呼びに行くのをぼんやりと見送ったのだった。
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