番外編1 僕の嘘29(コンラート視点)
よろしくお願いします。
それからユーリと二人で義兄上に挨拶に行き、それが終われば子爵領へ帰りと、慌ただしい日が続いた。そんな中で少しずつ父上が変わってきたと思う。
以前ならこうしろ、ああしろと命令口調だったのが、こうしたいのだがいいだろうか、と意見を聞いてくれるようになったのだ。
最初に聞いた時は信じられなくて、思わず聞き返してしまった。そこで顔を真っ赤にしてもういいと顔を背ける父上を見て、つい笑ってしまった。
子爵家当主ではなく、人としての表情を覗かせる父上に、僕は勝手に親近感を感じている。
そして、子爵領に戻って、僕は本格的に父上の仕事を引き継ぎ始めた。
僕は領地の視察をしたり、商会に顔を出したりし、父上は屋敷に残って決済を行なったり、僕が領地の様子を報告して気になった事案について僕に指示を出すといった感じだ。
ユーリは子爵夫人として屋敷の采配を行いながら、商会の商品の目利きも偶に行なってくれている。ユーリの目は流石に名門ロクスフォードの娘とあって肥えている。同じような商品でも質の違いを見抜けることには驚いた。ユーリ本人はそれをすごいとは思っていないのだが。
こんな感じでそれぞれが仕事を抱えて忙しいので、母上の世話は交代で分担するようになった。だから会話が増え、家族もうまくいくようになって僕は安心していた。
そんな時にユーリの体調に異変が現れた。廊下で吐いている彼女を見た時に僕の顔から血の気が引いた。このままユーリも僕の前から消えてしまうのかと。
そんな嫌な想像が頭から離れず、その日は不安で眠れなかった。だが、翌日医者に告げられたのは、子どもができたということだった。
喜ぶユーリに僕も嬉しいと答えたものの、現実味がなくて自分の気持ちがわからなかった。だから僕は父上に話してみることにしたのだった。
◇
夕食後、僕は父上の寝室の扉をノックした。すぐに返事があり、僕は扉を開けた。
「こんな時間にすみません。少し話がしたいのですが……」
「いや、それは別にいいが。何の用だ?」
一方のベッドには母上が眠っている。二人で母上を気にしながら傍らの椅子に向かい合って座り、声を潜めて話す。
「……つまらないことです。父親になるということがどうも実感が湧かなくて。どういう気持ちなのか知りたいんです」
「……それは私に対する嫌味か?」
父上は僕を睨んで低い声で問う。僕は聞かれるまで気がつかなかった。ただ、今の父上なら聞いてくれそうだと思ったからだったのだが。僕は首を振る。
「違います。ただ、僕はあなたの気持ちを聞いてみたいと思っただけです。僕にはわからないので」
「そう、か……とはいえ、私にも正直言って実感はなかったよ。日に日にアイリーンの腹が大きくなるのが不思議だったくらいだな」
「僕もそんな感じです。まだユーリのお腹が膨らんでないので余計に実感が湧かないのですが。だから、ユーリに嬉しいとは言ったものの、嘘を吐いているような気がしてユーリに申し訳ないとも思うんです」
ユーリは既に母親の表情を浮かべている。そんなユーリとの温度差がまた僕らの間に軋轢を生んでしまうのではないかと、僕は勝手に不安を感じていた。
「……それなら尚更私の経験はあてにならないだろう。私は妊娠中の妻をそんな風に気遣うことすらしなかった。忙しいからと数日顔を合わせないのも当たり前だったからな」
自嘲する父上に僕は問いかける。
「父上は母上を嫌いだったのですか?」
「そんなことは考える必要がなかった。今思うと、お互いに義務を果たしているのだからと、割り切っていたんだろうな。私は当主として領地を領民を守る責任があるし、アイリーンは後継を産む責任があると。それが当たり前だと思っていたから、思いやる言葉もかけなかった」
「そうですか……」
僕にはそれしか言えなかった。それが政略結婚では普通なのかもしれない。だが、父上は言う。
「お前は私のようにはなるな」
「父上?」
「気づくのが遅過ぎたが、私は色々と間違えた。アイリーンだけでなく、クライスラー男爵夫人も、娘も、お前の人生も狂わせた。私がもっと強い人間だったらよかったと思うが……」
「ですが、そうだったらニーナは産まれてこなかったでしょう。後悔するのはいいですが、ニーナの存在を否定するのはやめてください」
ニーナは不義の子かもしれないが、父上とクライスラー男爵夫人が思い合ってできた娘だ。父上がそれを否定したら夫人もニーナも報われない。
ただ、母上の気持ちを考えるとやりきれない気持ちにはなる。そして、その母上との間にできた僕も。
「だが、お前は私を許せるのか? アイリーンを追い詰めた私を」
「……憎んではいました。ただ勘違いはしないでください。僕は母上も恨んでいましたから。僕は後継としか必要とされていない現実にうんざりしていました。自分が産まれてこなければよかったとも思っていましたよ。あなた方は自分たちのことばかりで、僕の気持ちなんて考えたことはなかったでしょう?」
僕が小さく笑うと父上は神妙な顔で僕に頭を下げる。
「本当にすまなかった……」
「ですが、僕も同じなんです。僕は自分のことばかりであなた方の気持ちなんて考えてなかった。そして、そんな僕の思い込みが母上を傷つけてしまった……僕も謝らなければいけません。申し訳ありませんでした」
「コンラート……」
「僕は今こうしてあなたの代わりを務めるようになって、あなたの大変さを知りました。一人で全てを守ることなんてできないと。それでもあなたは身を削ってやってきた。やり方は間違っていたかもしれませんが、僕はそんなあなたを軽蔑はしません。ですが、もう仕事のために愛人になるようなことはやめてください。母上のためにも」
ベッドで眠る母上に視線をやると、父上も同じように母上を見て頷く。
「ああ。最初は仕事だからとやっていたんだが、クライスラー男爵夫人とのことがあって私は自棄になっていた。全てがどうでもいいと、身売りすることに抵抗がなくなっていたんだな。とことんまで自分を貶めて夫人に償いたかった」
「それは結局自己満足です。夫人は償いなんて求めていませんし、幸せに暮らしているんです。あなたも自分の幸せを考えてもいいのではないですか? ニーナもあなたを許しているんだし」
「……お前はいいのか?」
「僕はそれでいいです。憎み続けるのも、恨み続けるのも疲れるんですよ。僕はそれよりもユーリとの幸せを考えたい。だからあなた方とのことも乗り越えたいんです」
これまでの経験が心的外傷になっているのなら、その心的外傷を植えつけた本人と対話する。それが今の僕にできることだった。
「……お前とこんな話ができるとは思わなかったな」
「それは僕の台詞です。ただ、ユーリが教えてくれたんですよ。人と向き合うことの大切さや、人を愛するということを。ユーリはこんな僕に全力でぶつかってきてくれましたから」
「そうか……よかったな」
父上は端的に答える。だが、どことなく嬉しそうで、羨ましそうに聞こえるのは気のせいではないはずだ。
「ええ。ただ僕は不甲斐ないので、父上にもまだまだ手伝っていただきたいんです。僕も父親になることですし」
「ああ。実感がないと言った割には自覚はあるのか?」
「自覚をすることで意識が変わるのかと思ったのですが。少しでもユーリの気持ちを理解したいですからね」
「その気持ちがあれば実感なんて後からついてくるものなんじゃないか? それが私とお前の違いなのかもしれないな」
こうして父上との話はしばらく続いた。こんな時だからこそ父上とも分かり合えてよかったと思う。まだまだ実感は湧かないが、男だろうか、女だろうか、僕似かユーリ似かなんてことを考えるのも楽しい。
だが、同時に僕は自分の心に巣食う不安に気づいて戸惑った。
僕には子ども時代に愛された記憶がないのだ。子どもが生まれた後、どう接すればいいのかわからず悩むようになったのだった──。
読んでいただき、ありがとうございました。




