見えない心
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「コンラート様、少しお話をしたいのですが、お時間はございますか?」
いつものように兄と勉強をするために伯爵家にやってきたコンラートに、玄関ホールで待ち構えていた私は意を決して話しかけた。
婚約してからずっと、私から話しかけることなんてなかった。避けていた訳ではないけど、どんな話をしていいかわからなかったのだ。そんな私が話しかけてきて戸惑っているのだろう。コンラートは逡巡するように兄を見遣る。
兄も私たちの関係がギクシャクしているのに気づいているのかもしれない。普段なら私用を優先させると文句を言う兄がすんなりと了承してくれた。
「コンラート、俺のことなら気にするな。先にユーリの話を聞いてやってくれ」
「……エリオット様がそう仰るなら。ユーリ、ここで聞こうか?」
「いえ、少し込み入った話になりそうなので、人払いをお願いしたいのですが……」
私は周囲を見回した。出迎えの執事や少ないがメイドたちもいる。この中でニーナとのことを聞く気にはならない。
そこで兄が提案してくれた。
「それなら客室を使えばいい。俺はコンラートに出されていた課題についてもう一度一人で考えているから、二人でしっかり話をしてこい」
「ありがとうございます、お兄様。それではコンラート様こちらへ……」
「……ああ、わかった」
何故か顔を強張らせたコンラートが私の後を付いてくる。客室に入ると、扉を閉めた。ただ、婚約者といえども個室に二人きりは良くないと思い、私付きの侍女のサラに立ち会ってもらった。
彼女は優秀な上に、私が幼い頃から仕えてくれている。我が家が困窮して給金が下がっても、私に仕えると言ってくれた信頼のおける大切な人だ。彼女なら絶対に口外しないとわかっている。
不安でサラに視線をやると、サラは私の心情を察してくれたのか、柔らかな笑みを浮かべて頷いてくれた。それに私も頷き返し、コンラートと対峙する。
呼吸音さえ聞こえそうな静かな部屋の中に、私の緊張をして息を呑む音が響く。ただニーナとの関係を問い質すだけなのにこんなに緊張するのはおかしいとは思う。それでも返ってくる言葉が怖くて私は中々切り出せなかった。
結局口火を切ったのはコンラートだった。
「それで込み入った話って何だい? もしかして結婚式の準備のことかな。それだったら君ばかりに押し付けて申し訳ないと思ってるよ」
「いえ。そのことでしたらコンラート様がクライスラー男爵夫人を紹介してくださったお陰で、順調に進んでいます。そのことではなくて……」
私は躊躇して言い淀む。こちらを真っ直ぐに見返すコンラートと視線を合わせ続けられず、私は目を伏せた。それでも弱気になる心を叱咤して聞いた。
「……こんなことを聞くのは良くないことだとわかっています。ですが、あなたとニーナ様はどのような関係なのですか?」
「どのような関係って……」
コンラートの声音には困惑が混じっていた。最初の取っ掛かりを口にしたことで、私は次の言葉を躊躇することなく話せた。
「先日クライスラー男爵邸を訪ねた時に、男爵夫人からニーナ様とコンラート様は噂されているような関係ではないとうかがいました。そしてそれは子爵家に関わることだから男爵夫人の口からは話せないのだと。ニーナ様からも直接コンラート様に聞いてくださいと言われました。ですから教えていただけますか?」
一息に言い切った後、コンラートはすぐには答えてくれなかった。その沈黙がより私の不安を煽る。
やがてコンラートは重い口を開いた。
「……そうだね。噂は噂。くだらないから放置していたよ。どんな関係と言われても、僕はニーナを大切な友人だと思っているよ」
嘘つき。ただの友人をどうしてあんなに嬉しそうな顔で見るのか、それに友人関係ならどうして男爵夫人が隠すのか。私の胸にチリッと火花が散った。間違いなく嫉妬だ。
だけど、気持ちのない女に詰られても困るだけだろう。そう思った私は、納得していない癖に物分かりのいい振りをした。
「……そうですか、わかりました」
「だけど、そんなことを聞くってことは少しは嫉妬してくれたのかな?」
コンラートは笑って問いかけてきた。わかっていてやっているのなら残酷過ぎる。
好きだから許せない。そんな気持ちもあるのだと彼を好きになって初めて知った。
彼が困る顔が見たい。私をこんなに苦しめる彼にささやかな仕返しで自分の気持ちを伝えてしまいたい、とさえ思った。だけど、結局私は勇気を出せずにまた嘘を吐いた。
「……違います」
「そうだよね。君は僕のことなんて好きじゃないんだから。くだらないことを言ってごめん。忘れて欲しい」
コンラートは自嘲する。彼はニーナを愛しているはずなのに、どうしてそんな切ない顔をするのかわからなかった。もしかしたら私のことを少しは思ってくれているのだろうか。だけど、そんな期待はまた砕かれた。
「君が僕のことを好きでなくても構わない。結婚することはもう決まって手配も終わってるんだ。ただ、後継は産んで欲しい。それさえ果たしてくれれば、後は好きにしてくれていいから」
思いやるようで突き放す、棘を含んだその言葉に私は答えることができなかった。呆然と彼を見つめると、彼は悲しそうに笑った。
傷ついているのは私だとそう思ったのに、どうして言ったコンラートが傷ついているように見えるのだろう。そうして彼は話は終わったと、客室を出て行く。
彼がどんな思いでその言葉を口にしたのかわからず、私はやるせない気持ちで彼を見送った。
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