番外編1 僕の嘘26(コンラート視点)
よろしくお願いします。
それからユーリが仕切って、話し合いが始まった。これからのことを話すと思っていたら、ユーリは何故か父上の気持ちを聞いた。
父上も困惑を滲ませながらも正直に答える。その答えは僕の思っていた通りだった。
母上は父上の言う通り、貴族らしい女性だと思う。気位が高くて、政略結婚だと割り切って貴族社会で流行っているらしい恋愛遊戯を楽しむ女性という印象しか僕にもなかった。
だが、ユーリは否定する。
「お義母様はそんな方ではありません。私に自分のようになってはいけないと、色々なことを教えてくださいました。ただ、愛情の示し方が下手で、わかりにくいだけなんです。本当は優しくて愛情深い方なのだと思います。だから、私はお義父様がどういうつもりでお義母様を連れて帰ると仰ったのか、返答次第では反対します」
ユーリがここまで母上を庇うとは思わなかった。僕らよりも母上と過ごした時間は短いというのに。
父上は怒るかと思いきや、落ち着いている。それもまた僕には意外だった。
「……正直に言って彼女の気持ちを聞いたところで信じられない。そのくらい彼女はさばさばしていたからね。元々政略結婚だからこんなものだろうと、私は思っていたよ」
だが、父上は聞かれたことに答えていない。話をすり替えるつもりなのかと僕が問い正そうとしたらユーリがそれを手で制した。
そして始まったのは、僕が知らない当主としての父上の苦悩の話だった。
僕もニーナを、ユーリを助けたいと頑張ってきたつもりだった。だが、父上はそんな僕よりも大変だったことが伝わってきた。それは僕が子爵家の次期当主として家に関わってきたからだろう。
わかりたくなんてないのに、そうせざるを得なかった父上に同情してしまう。だが、同情してしまうと父上を許せない気持ちが消えてしまいそうで、僕は父上の話を聞きながらも内心で葛藤していた。
それに、母上は実家に見捨てられてしまった。僕は母上の両親を知らないが、今の母上を見ていたらどんな育ち方をしたのか想像はつく。結局母上も道具扱いだったのだろう。母上も被害者だったのだ。
そして父上が唯一愛したのがクライスラー男爵夫人だった。その言葉は僕を酷く傷つけた。
ニーナは隠し子だとしても、二人が本当に愛し合って生まれた子どもで、僕はやっぱり後継としか思われていなかったのだ。
──生まれてこなければよかった。
そんな気持ちが頭をもたげる。僕に生まれてきた意味があるのだろうか。僕という人間は所詮、子爵家の後継というものを取っ払ったら何も残らないのだ。
僕は僕自身を見失ってしまいそうだった。
そんな虚しさは次第に僕を生み出した父上への怒りへとすり替わっていった。怒りを押し殺して僕は父上に問うた。
「……それならどうして追い詰めるようなことをしたんですか」
父上は目を伏せて僕の問いに答える。
「……私は逃げたかったんだ。息の詰まりそうな現実から。だから家を捨てて彼女と一緒になる覚悟もしていたよ。だけど、できなかった。シュトラウスの歴史、アイリーン、コンラート、私を信じて残ってくれている領民たち。それらを全て切り捨てることができなかったんだ」
「……っ、あなたのその、中途半端な覚悟のせいで、今こうなっているのではないですか!」
父上は嘘吐きだ。切り捨てることができなかった?
切り捨てる代わりに捨て置いたではないか。結局、父上は全て見ない振りをして見捨てたのだ。母上や僕を。
「……ああ、全くだ。私は誰一人幸せにできなかった最低な男だよ。だからせめて、当主としての責任は果たそうと、今日まで我武者羅にやってきた。その結果、子爵家はここまで大きくなった。今こそ私はそのツケを払おうと思う」
父上の言葉に不穏なものを感じて、僕は怪訝に見返す。
「父上、一体何をお考えですか?」
「私は隠居するよ」
「父上! どうしてそうなるのですか!」
「私は間違えたんだ。愛する人を苦しめて、切り捨てられなかった妻もこうなった……
私にだって罪の意識はある。だからアイリーンと領地に帰って、彼女の面倒を見ることにするよ。それが彼女のためにできることだと思う。そのためには当主という座は邪魔だ。お前は私と仕事をしてきたんだから要領はわかっているだろう?」
「……そうやってまた逃げるのですか?」
僕に全て押し付けて、僕という存在から。
あなたが生み出したのでしょう?
僕はそんなにお二人にとって目を逸らしたくなるような存在ですか?
僕の中にそんな気持ちが渦巻いていた。だけどユーリは気づいていないようで、父上を擁護する。
「コンラート、そうじゃないと思うわ。これがお義父様なりのけじめの付け方なのよ」
「だからといって……今まで興味も持たなかったくせに、どういう風の吹きまわしなのかと思うよ。僕も母上のこんな姿を見て思うところはあるけど……」
本当はこんなことを言いたいんじゃない。父上は母上に贖罪はしても、僕のことは無視するのかと聞きたいのに、僕にはそれが言えなかった。
「……切り捨てられなかったくらいには情があるということだ。一緒に大変な時を乗り越えてきた同志のようなものだからな」
母上に情はあるらしい。それなら僕だけがこの家の中でいらない存在だった、そういうことだろうか。考えれば考えるほど、僕の心は凍りついていきそうだ。
そんな僕を余所にユーリと父上の話は進む。
「それで、お義父様。ニーナ様のことはどうするおつもりですか?」
「何もするつもりはないよ。確かに子どもがいると聞いて引き取るつもりだったが。それは別に男爵夫人から子どもを奪おうと思ったわけじゃない。父親として責任を果たしたかっただけだ。今の子爵家なら望んだ相手と縁を結ぶことも可能だろうから、それが罪滅ぼしになるかもしれないと思ったが……それも反対に傷つけることになるだろう。もしそのことを盾に男爵家が脅されるようなことがあれば、その時は守るように動くつもりだよ。私にはそれくらいしかできないからね……父親といっても不甲斐ないな」
僕は父上の言葉に引っかかるものを感じていた。
子どもがいると聞いて引き取るつもりだった、というが、僕は先程その話をしたばかりだ。そんな少しの間で決められるものだろうか、と。
──もしかしたら父上は知っていて静観していたのか? クライスラー男爵家のために。
きっとクライスラー家から父上に何か話があれば動くつもりだったが、言わないということはそっとしておいて欲しいということだと思って何もしなかったのかもしれない。
だが、いつ気づいたのだろうか。と考えて、僕がクライスラー家との縁談を断った時かもしれないと気づいた。
僕とニーナの噂、そして、かつて関係を持っていたクライスラー男爵夫人のこと。縁談を断ったことで何かあると気づいて調べたのかもしれない。
結局また、僕の知らないところで父上は勝手に結論を出していたのだ。本当に僕は何なのだろうか。
「……あなたはいつも僕には当主として相応しくなれと言っていましたよね。そのあなたがこのざまですか」
「……私には大切な人を守るだけの強さがなかった。自分が味わった後悔をお前には味わって欲しくなかった」
「だったらそう言えばよかったでしょう!? 僕がどんな思いでいたか、あなたにわかりますか? あなたは僕を後継としか見ていないし、母上は見ようともしなかった。その上、そんなあなたの尻拭いをする羽目にもなった。僕はあなた方の都合のいい道具じゃない!」
もう僕を無視するのはやめてくれ。僕はここにいるのに。僕の心はずっと悲鳴を上げていた。
「本当にすまなかった……」
「……っ」
ただ頭を下げる父上に、僕はもう何も言えなかった。たまらない気持ちになって、僕は応接室を飛び出した。
読んでいただき、ありがとうございました。




